三人と二人。
クレープを食べ終え、さらにはソフトクリームを三人で味見し合いながら食べ終え。
アヤメが大興奮に柔らか冷え冷えバニラソフトを食べたり、灯華が大興奮でやたら艶めかしくチョコレイトソフトを舐め食べたり、優理が無言で抹茶ソフトを食べたりとあったが、無事アヤメに食べさせてあげたい物の一つは消化した。灯華の流し目は色々アレがアレでアレだったが、アヤメの笑顔で浄化され煩悩を捨て去ることができた。やはり笑顔は素晴らしい。
十五時過ぎのおやつを終え、洋服買い回りツアーもそれなりに。
本日最後のショッピングセンターツーフロア占有という、チェーン店の中でも規模が大きめなウユニロにやってきた。
ここまでの買い物でアヤメの下着と冬用外出着は買い終えている。残りは部屋着だけだ。
ちなみに下着売り場に入る時、優理に羞恥心はなかった。由梨の下着を買うので手慣れに手慣れている女装童貞である。さすがに微妙な顔をしていた灯華だが、当たり前のように自分の下着も一緒に選んでひどく興奮していた。
「――とっても広いです……!」
「そだね。ここより広いウユニロは結構な都心まで行かなきゃないはずだから、今日は存分に見て回れるよ」
「全部見ましょう!」
「いいよ。手前から見ていこうか」
「わたくしもお供致します」
「灯華さん、聞いてなかったですけど時間は大丈夫なんですか?」
「うふふ、お気になさらず。只今の時間以上に大切な時はございませんので」
微笑みには頷きを返し、三人で服選びを続けていく。
ぱぱぱーっと試着を繰り返し、アヤメ&灯華のファッションショーが始まる。何故灯華も混じっているのか。深い意味はない。気づいたら勝手に着替えて勝手に感想を求めてきていた。押しの強い女だ。
「ユーリユーリ、このお洋服はどうですか?」
「可愛い。似合ってるよ。アヤメはなんでも似合うねー」
「えへ、えへへぇ」
「優理様。わたくしはどうでしょうか?」
「はいはい超ミニスカエッチ。超エッチ。やめた方がいいですよ。エッチ過ぎるので」
「う、うふふふ。過激な表現にございますね」
「顔めっちゃ赤いですね」
「お、おほほほほほ」
既に十着以上は着回しているだろうか。
灯華が選ぶものはどれもエッチ度が高くて困る。アヤメは何を着ても可愛いので褒めるところしかない。毎回なでなでを追加していたら隣から羨ましそうな視線が送られてきた。が、無視。まだそんな関係値はないし、優理とて大人の女性相手に軽く手を伸ばす勇気はない。相手が知り合いの灯華であっても、だ。
他人の買い物に付き合う機会はあまりなく、友人のモカや香理菜からも買い物で服の感想を求められることはなかった。もっぱら大学生のお出かけはだらだらゆるゆるとしたお食事ばかりである。
アヤメの選ぶ部屋着は灯華とエイラのアドバイスもあり、基本的に生地が柔らかくふわふわとしたものばかりだった。絨毯でごろごろしても埃が付きにくい布地で、見た目はシンプルながら猫耳フードだったり萌え袖だったり、上からすぽっと着脱容易な貫頭衣型だったりとワンポイント入ったものが多い。
結局購入点数はアヤメが五、灯華が七と思った以上の大量買いとなった。個人的にはアヤメ用の着る毛布を買えたのが一番良かったと思う優理だ。
"自分で持つからお気になさらず"と言う灯華へ、やれやれ風に無理やり荷物を奪ったのはほんの数分前のこと。
いくら相手がえっちなお姉さんで距離間計りかねているとはいえ、相手は自分より背の低く力も弱いであろう女性だ。
そう、灯華は優理よりも背が低かった。五センチ程度とはいえ、アヤメ以外の自分より低い目線は結構新鮮だった。地味に好ポイントが上がる。
ちなみに言うまでもないが、ちょっと強引な厚意の押し付けに灯華は桁違いの胸キュンを味わっていた。ようやく近距離にいなければドキドキもしなくなってきたというのに、急接近&手の接触に心拍もうなぎ上り。どうなっているのかしらこのお方っっっ!?!!!?!?と叫びたいくらいであった。というかちょっと口から漏れて咳払いで誤魔化した。
「――ん、んん。こほん。優理様、アヤメ様」
「はーい」
「はいっ」
「わたくし、今日は自動車で来ておりますの」
「はぁ。そうですか……」
「自動車!お車ですねっ!」
「うふふ、アヤメ様はお可愛いです。優理様は少々……いえ、それもまた良きことにございます」
「確かに冷たくしている自覚はありますけど、その反応はちょっと……激甘で接してほしいならそうしますよ?」
「――――それは後日、よろしくお願い致します」
「あ、はい。車ってことは、送ってくれるってお話で?」
「その通りにございます」
慇懃たおやかな仕草でゆったりと微笑んでくる。直前のマゾ発言と激甘よろ発言さえなければ見惚れていたところだ。
「ん?」
服の裾を引っ張られた。見ると、可愛くつまんでいる可愛い子がいる。可愛い。
「ユーリ」
「うん」
「お車乗ってみたいです」
「そっかー。うんうん」
なでなで。そうだよねー。初めてだもんねー。アヤメは可愛いなぁ。
照れ照れしている美少女を撫で、美女へと目を移す。
「優理様、お送り致しますので、わたくしも"なでなで"を頂戴したく存じます」
「さっきめっちゃ普通に送ってくれる感じだったのに……」
「女はしたたか、と、ご存知ありませんでしたか?」
「知ってますけど……知ってますけど、さすがに僕らの関係値でそれはちょっと……僕はまあいいとして、灯華さん嫌じゃないんですか?」
聞いてみて、あぁ、と思ってしまった。
この問い方は間違えた。ここは性欲逆転世界だ。相手はおそらく女性の中でも性欲が多い方のエッチなお姉さん。しかもそこそこは自分への好感度が高い。そうなると。
「――問題ございません。わたくし、優理様の"なでなで"であれば至極嬉しゅうございます。ぜひぜひお好きに撫でてくださいませ」
こうなる、と。
その返答は予想していた。
「……アヤメー。灯華さんなでなでしてほしいってさ。どうすればいいと思う?」
「?ユーリのなでなではとっても嬉しいので、トウカにもやってあげればいいと思います!」
「そっかぁー。じゃあいいかー」
「……けど」
「けど?」
「私もその分いっぱいなでなでしてほしいです」
「……うん。アヤメは良い子だねー」
「……えへへ」
可愛い妖精をたっぷり甘やかし、相変わらず微妙に距離を取っている灯華へ近づく。
「……なんで下がるんですか?」
「それはその、優理様がお近づきになられるから……」
「頑張って踏みとどまってください。はい時よ止まれー」
「はぅあっ、と、時止めプレイっっ」
「……」
何も言うまい。ボイスチャットとはいえ、あれだけ色々やってきた相手なら察してくれるかと思ったが……案の定であった。察しが良過ぎるのも困りものだ。
ぴくりと身を揺らし、紅潮させた頬で見つめてくる灯華に近づき、やはり自分より低い位置にある頭に手を置いた。
年上で、美人で、巨乳で、ゆるふわお姉さんで、グラマラスで、エッチなお姉さんで、スタイル良くて、胸が大きくて……だめだ。煩悩しか出てこない。全部灯華が悪い。エッチなのが悪い。
溜め息は飲み込み、煩悩も飲み下し、ちらとライトブラウンの目と目を合わせて頭を撫でた。
「んん~~っ」
変に色っぽい声をあげる美人に、変な気分になりそうな童貞だ。否、変な気分なら既になっていた。
しかし良い匂いがする。金木犀のチョイスは本当に最高だと思う。髪の毛さらっさらでキューティクルも抜群。さすがにアヤメのさらつや美髪とまではいかないが、お手入れレベルが違う。使用しているヘアケア用品にもお金持ちらしくたっぷりつぎ込んでいるのだろう。髪フェチには嬉しい美髪だった。
「良い髪してますね」
「ん、んん。優理様が以前、金木犀の香りを好んでいると伺いましたから……ええ。わたくし、オリジナルブレンドをご友人に作っていただきましたの」
「え、オリジナルですか?」
「はい……うふふ、褒めていただけて嬉しゅう存じます」
まさか自分のためにそこまでしてくれるとは……。なんとも面映ゆい。
「あー……えっと、ありがとうございます。わざわざ。……はい、撫でるの終わりです!」
「あぁ……」
「そんな悲しい顔してもだめです。ていうか灯華さん」
「はい」
「一瞬で距離取るのちょっと……いやまあいいんですけど。灯華さん、僕に会えない可能性考えてなかったんですか?」
聞くと、キョトンとしてすぐ上品にくすりと笑って言った。
「うふふ、優理様。わたくし、名家出身にございますよ?」
「……」
「何とまでは申しませんが、そういうことにございます。おほほほ」
耳の横を掻き、聞かなかったことにする。
権力的なアレコレはあまり聞かない方が良い。
「アヤメー。うう、僕の癒しはアヤメだけだよぉ」
「わ、わわ。ユーリ?ユーリも撫でてほしいですか?」
「え?うんまあ……」
「えへへ、なら私がいっぱい撫でてあげますっ」
年下の美少女(三歳)に撫でられ甘やかされる成人男性の構図。
「……」
まあ、そういう世界もあるということで。お金払ってないだけマシだね!!
そろそろいろんな意味で悟りを開けそうな気がする優理であった。
撫でたり撫でられたりのスキンシップタイムを終え、外。
時刻は十六時半を過ぎ、そろそろ仕事帰りの人も増え始めた時刻。忘れてはいけないが本日は平日である。優理は大学生の全休日で休みなだけで、普通の大人は働いている。アヤメは高等遊民なので大体いつも暇だ。灯華も仕事はあるのだが、すべて後回しにしてわざわざ優理を追いかけてきていた。完全立派なストーカーだ。
幸いなのは灯華自身が充分以上の身分を持ち、見目も他者と比べ良く、さらに優理が話しかけるまでアピールだけで済ませて自分からアクションを起こさなかったことだろう。
一人駐車場へ向かった灯華を待つ間、ふと空を見上げる。
「――……」
空だ。
既に時刻は十六時半を過ぎ、あと三十分もすれば日は沈む。空の青は薄まり始め、青の絵の具を水に溶いて塗り伸ばしたような濃淡のある色が天蓋に広がっていた。
建物で遮られた先には白、橙、黄と太陽に近づくほど強い日の色を目にすることができるはずだ。もっと時間が経ち日が沈む直前直後になれば、橙や赤の強い夕焼け空を目にすることができる。
「アヤメ」
「はい」
「空、見てる?」
「見てますっ」
「どう?」
「きれいです……全然、青いお空とは違うのですね」
「うん。全然違うんだ。今と、今これからと。ほんの数十分で、空はすごく変わるんだよ」
「……ユーリ」
「うん」
「お手を……」
「うん」
「……あったかいです」
「アヤメも、あったかいね」
「ぽかぽかです」
「ぽかぽかだね」
繋いだ手の温もりは秋の肌寒さを忘れさせてくれる。
この瞬間だけで、今日一日買い物に出かけたかいがあったなと思う。食事とか買い物とか食事とか食事とか。食べてばかりな気もするけれど、まるまる一日かけてアヤメとお出かけをしてよかった。
大人びて見えることがあったり、色気を感じることがあったり、知識豊富に感じることがあったりと。近くで接して話していると、アヤメ一人でもたくさんの姿が見えてくる。ただ可愛いだけじゃない、ちゃんと生きて、日々を謳歌している一人の人間としての姿が優理の脳に焼き付いていく。
けれど。
それでも、やはりアヤメは幼い女の子だ。身体は大人で、考える力も立派な大人で、判断力なんて下手したら優理より上だ。頭脳レベルはきっと一般人類を超えているのだろう。そう在れと、そう設計された次世代人類がアヤメなのだから。
そこまでわかっていてなお、優理にとってアヤメは幼い女の子だった。
未知を既知に変えることが楽しく、毎日なんでもない日常に新しさを感じて生きている。知らないことを知れる今に喜び、優理と共にいられる今を大切にしている。
明るく、眩しく、見た目の儚さを有り余る元気で吹き飛ばしている元気いっぱいの女の子だ。
まだまだ知らないことばかりの世界を心の底から前向きに生きようとしている、年下の女の子。
この子のためにできることは、なんでもしてあげたいと思う。守ってあげたい、甘やかしてあげたい。重荷も労苦も背負わず、ただただ世界は美しいと、多くの人が当たり前と思う景色に美しさを見出して感じ取ってほしいと思う。
これはエゴだ。以前エイラに言われたことそのもの。
境遇に同情し、見目の美しさと儚さに庇護欲を持ち、眩しいほどの心の在り様に強い保護欲、父性か母性のような淡い感情を抱いた。
最初はそれを酷い憐憫だと自己否定していた。
けれど今は違う。エイラに言われ、アヤメと話し、自分で考え納得した。
同情でも、憐憫でも、自己承認のための欲求でもいい。
どんな感情が底にあったとしても、目の前にいる少女が優理を求め、優理がそれに応えてあげたいと思っていることは否定しようのない絶対の事実なのだから。
「アヤメ」
「はいっ?」
「僕、アヤメと出会えてよかったよ」
「……」
「アヤメ?」
返事がなく、見上げていた目を隣に向ける。手の先、繋いだ温もりの先には。
「――ぐすっ」
「え、あ、アヤメ?え。大丈夫?」
はらりと涙をこぼす少女がいて。
「ううぅ、ユーリぃ……私、ずず……お鼻からおみずが、ぅう」
「あぁもう。ティッシュね……はいかんで?」
「ちー」
「はいはい。ゴミは鞄にね」
「ユーリっ!!」
「っと」
鼻をかみ、ぱっと目尻の滴を飛ばして抱きついてくる。
ぎゅぅ、っと痛いくらいに抱きしめてくる少女に抱擁を返し、揺れる銀糸を見ながら耳を寄せる。
「ユーリ、私、ユーリのこと大好きです」
「うん」
「恋も愛もよくわかっていないですけど、ユーリのことは大好きです」
「ふふ、うん」
ちょっと背伸びし、頬を頬に合わせ擦り付けてくる。温かく、くすぐったく。いつもならドキドキと高鳴るはずの胸は、今は不思議と凪いでいた。
「私、ユーリとお会いできてよかったです」
「うん。同じだね」
「おんなじです!ユーリ、今日は楽しかったです」
「僕もだよ。すごい楽しかった」
「えへへ。お約束、いっぱい果たしてくれて嬉しかったです」
「約束だからね」
「まだまだたくさんお約束ありますっ」
「そうだね。たくさんたくさんあるね」
「全部叶えるまで、ユーリは私から逃げられませんっ」
「あははっ、じゃあアヤメ、僕のことちゃんと捕まえておかないとね」
「えへへー、ぎゅーって捕まえておきます」
「僕もアヤメのこと、捕まえておこうかな」
「わわ、えへへ、捕まっちゃいましたっ」
「……ありがとうね、アヤメ」
「ん……私こそです。ありがとうございます、ユーリ」
そうしてほんの少しの間、泣きそうなくらい温かな抱擁を交わし続けた。
運転手と共にやってきた灯華が二人を見つけ"わたくしもわたくしも!!"と目で訴えてくるまで数分。二人の目に映る薄い青の空は、ずっと変わらずに美しいままだった。
――Tips――
「時止めプレイ」
特にメジャーなものではなく、性癖としてはマイナーな部類に属する。
灯華の場合、優理(隣の旦那様)を相手にあらゆる性癖を満たす行為に励んでいたため様々なプレイを知っている。癖の幅には目を瞠るものがある。
時止めプレイの基本は「男性もしくは女性の片方が時を止められたように静止する」ことになる。止まった身体に悪戯をするも良し、何もせず放置するも良し。時間が動き始めた段階で我慢していた声や悦楽を存分に享受できる点が灯華の推しポイントであり、一種の我慢プレイとも言える。無論現実に時を止める道具など作られていないので、あくまでフィクション、プレイの一環として存在するだけの代物である。
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