友達。
家族+客人(由梨&香理菜)を含めた全員の朝食は終わり、朝の支度も着々と進んでいく。
寝起きに見る友人やその家族は新鮮で、色々と発見があった。
香理菜は予想と異なり寝起き良く、ススっと目覚めては顔を洗っていた。じっと見ていたら"なに?"と問われ曖昧に笑って誤魔化した。朝のご機嫌はあまりよくないらしい。
モカは典型的な"あと五分"を言う人間で、普段のお姉ちゃんっぽさからはかけ離れていて笑ってしまった。目覚ましが鳴ったら焦って起きるのは前世の自分を思い出してお腹が痛くなった。
モカの妹たちだが、次女のラテは雰囲気通りに全然起きず、四女のココにダイブされて無理やり起こされていて面白かった。その四女のココは父親に優しく起こされて抱きついていた。可愛かった。
三女のマキは目覚めてふわふわした様子で動き始めていた。寝起きは悪くないが、色々隙だらけ過ぎて苦笑してしまった。
三者三様に朝から異なり、姉妹でもやっぱり違うなぁと実感する一幕であった。
さておき、現在。
歯磨きと軽いお化粧を終え、完璧美少女由梨ちゃん爆☆誕したところで、モカに許可を取り家を散策する。と言っても、昨日ある程度見たので向かうのは中庭だ。
廊下を抜け、電子ピアノや電子ドラム、音響機器の置かれた部屋を過ぎて広いベランダに出る。低いウッドデッキに緑の芝生と、空には流れる白雲が青の海に浮かんでいる。
十月中旬の朝、秋の風が髪を揺らす。
少しばかり冷たい風は半袖だと肌寒く感じるが、耐えられないほどではない。鍛え上げた筋肉さえあれば、秋の涼風程度、何するものぞ。まあそこまで鍛えてないけど。
一軒家にしては広すぎる中庭は、昨日モカに聞いたところによれば季節のパーティーを盛大にやるための場所だと言う。母親は完全に海外の人間なので、その辺りのイベント事は全力で臨みたいらしい。本来は人を呼んで……とするところを、モカパパ、夫を選んだことから家族だけで済ませている。
当たり前の話だが、男と結婚したからには幅広い人間関係は持たない方が良い。友達百人いたら九十人は結婚できない時代だ。どうしたって嫉妬はするし、心の奥底に淀みが積もる。周囲の人間すべてが善人であるなんて、性善説を信じていても信じ切れない。
結婚できてもできなくても、どんな形であれ生きていれば苦労はする。
自分のことで手一杯な優理ではあるが、そうした苦労の果てに幸せを掴み取っている人間の話を聞くと、みんなそれぞれ物語があるんだなと思ってしまった。
優理には優理のイチャラブライフを目指す物語があり、モカ家にはモカ家の幸福な"今"を過ごし、未来に繋ぐ物語があり。優理の母親にも、友人の香理菜にも。モカ個人にだって。
家で首を長くして待っている――かどうかはわからないが、待っているアヤメとリアラにもそれぞれの物語がある。
「……良い天気だ」
こうして優理が朝の空に想いを馳せ、人の生に想いを寄せている時もまた、世界中たくさんの人が一個の星に息づいている。
朝からお盛んな人もいれば、一晩中愛し合っている人もいて、寝起きの睦言を交わしている人も――――やめよう。清々しい朝に嫉妬や生々しい性の話は似合わない。
息を吐き、自分のことに立ち戻ってふと思った。
モカのことだ。厳密にはモカの父親に言われた言葉。
"モカを頼む"
「……」
いやこれは言われていないか。
"モカと友達でいてくれ"
こんな台詞だった。
軽く頷きはしたが、一人の大人にあそこまで言わせてしまってこのままでいいのかとも思ってしまう。
別に恋愛関係ではないので責任云々はないが、自身を信頼してくれた男への答えが"女装して誤魔化して娘さんのお友達やってますよ。げへへ"はいくらなんでもないだろう。
げへへは言い過ぎにしても、現状はそのままである。どうすればいいんだ。
「……はぁぁ」
宙空に吐息を流し、秋の空に手を伸ばす。
今にも掴めそうな雲は指の隙間からこぼれて漂っていく。手のひらに残ったのはちっぽけな自分だけ。
以前、ユツィラの配信で"終生の友"なんて言葉を使った。
モカとそれになろうと思うのなら……男であることを言うのは最低限の義理というものじゃないだろうか。
けれど、それを言うのは少し……とても怖い。拒絶される可能性も、友人で在れなくなる可能性も、今の関係が崩れてしまう可能性も。どれも同じ意味だが、親しい友を失うのは胸に来るものがある。
もう一度溜め息を吐き、どうにもならない現実を先延ばしにしようと力を抜いた。
何も掴めなかった手が空から落ちて――。
「――まったく、こんなところにいたのね」
「……モカちゃん?」
落ちていく手を掴み、支えたのは蜂蜜色の髪を靡かせる女性だった。
風に乗って甘い紅茶の香りが流れてくる。見慣れた金色と、嗅ぎ慣れた匂いの、胸の大きい美人な友達だ。
「そ。あたしよ。由梨、一階にも二階にもいないんだもの。探したわ」
「あはは。ごめんね、ありがとう」
微かに笑って、支えられた手のままに身体を起こす。
手は離し、そっと逆の手で撫でた。温もりの残滓がなんだか物寂しい。
「……由梨?」
「んー。なあに?」
「……はぁ。由梨、こっち見なさい」
「え、うん――ぷむむなにしゅるのー!」
呼ばれて横を見たら両頬を掴まれ潰された。いつぞやと同じだが、今はそんなことをされる理由がないはず。
モカの顔には、強い呆れが浮かんでいた。
「あんたばかでしょ。そんな顔とそんな声して、あたしが気づかないと思った?」
「むぎ……」
変な声で呻いた後、解放された頬を摩る。痛くはない。痛くはないが……。
「昨日さ、由梨言ってたじゃん?」
「え?何を?」
とんとん、と歩いてウッドデッキの縁に腰掛けたモカは、こちらを見ずに庭を眺めながら言う。
「配信してるって」
「う、うん。それは言ったけど……」
「由梨ってあたしにも香理菜にも相談とか全然しないじゃない。いろんな人から恋愛相談受けて、昨日だって将来のこととか話したけど……由梨自身の話は一切なかったわね」
「……まあ、うん。そうかもね」
「別に、そのこと自体はいいのよ。ちょっとくらい気にはしてたけど、配信って聞いちゃったら……あたし、そういうの全然わからないし。身バレとかもあるんでしょ?」
「あー、えっと……うん。あるにはあるね」
同業者の話はたまにネットで見る。
優理の場合、外で活動する時は女、家で活動する時は男と決めているので身バレの危険は低い。その分、別の意味で多くの身バレリスクは控えているが……。
「ね。そりゃ相談もできないわーって納得したのよ。けどね……今は違うでしょ?」
どういう意味だろうか。顔を傾け尋ねてきたモカに、無言で続きを促す。
「配信のことで悩んでたわけじゃないでしょ?」
「どうして?」
「だって由梨、難しい顔してるし」
「……そんなのでわかる?」
「うん。友達よ?いつも見てるのと違うことくらいわかるわ」
からりと言われ、座ったまま耳の横を掻く。
はぁ、とモカに聞こえない程度に溜め息を吐いた。そんなわかりやすい顔をしていたつもりはない――嘘だ。今はあったかもしれない。同性の先達者と会って話して気が抜けていた。
「モカちゃんはすごいね」
「すごくないわよ。それで?何に悩んでたの?」
「……」
口を噤む。
何も言えないのではなく、何を言えばいいのかわからなくて言葉が出なかった。空の青が目に眩しい。
「あぁ由梨。別に隠し事やめてって言ってるわけじゃないのよ。あんたが色々隠してるのは知ってるし、今さら問い質しなんてしないわ」
「それは、うん。わかってる。わかってるんだよ、モカちゃん……」
じっと、琥珀の目が由梨を見つめる。十秒ほどそのまま、誤魔化すのも無理かと思って口を開けた。ごめんなさいモカパパ。後でモカちゃんからなじられるかもしれません。
「……モカパパにね、モカちゃんとずっと友達でいてねって頼まれたんだ」
「……あの親ばかっ」
むっと眉間に皺を寄せ苦い顔をする。
やはりそうなってしまったか。ごめんなさいモカパパ。でもこんな悩まされたのはモカパパのせいでもあるから甘んじて報いは受けてね。
深く息を吐いたモカが顔を上げ、静かに由梨を見つめる。
「それで?由梨はどうするの?」
「えっと、別に全然友達でいるのは当然ですよぉって答えたんだけどね」
「ふ、ふーん……」
髪の毛先をくるくる弄っている。わかりやすい友達だ。
「モカちゃん照れてる?」
「べ、べつに照れてないしっ」
「ふふっ。うん。まあ、モカパパに言われなくてもモカちゃんとはずっと友達でいるつもりだったんだよね、私」
「そ。……あたしもよ」
「ふふ、ありがとー」
くすりと微笑む。照れ屋で優しい、友達想いの良い子だ。
「そ、それよりっ。それで何に悩んでいたのよ」
「……えと、私、このままでモカちゃんと香理菜ちゃんのお友達でいいのかなぁって考えちゃって」
「はぁ?なにそれ」
「そのままの意味だけど……」
自分でも持て余している感情なのだから、他人に説明するのは難しい。言葉通り、そのままだ。
訝しげに目を細め、何やら考えて思いついたのか、ふむふむと頷く。全然伝わってこない。
「――うん。わかった。由梨、自分があたしの友達にふさわしいのかどうかで悩んでいたのね」
「いや、え。違……違わないのかな」
「知らないわよ。けどそれなら答えは簡単ね。――そんなの気にするだけ無駄よ」
「……むぅ」
「ふふ、ふさわしいとかふさわしくないとかであんたの友達やってるわけじゃないし、そんなの考えるのもう今さらでしょ?」
「けど……私、嘘ついてるもん」
「嘘?……――あ。もしかして
「それ?」
ずっと振り向いたままなのは体勢的にきつかったのか、芝生に立って全身でこちらに向き直った。
疑問符を浮かべる由梨に、モカは軽く笑って告げる。
「あんたのその下手くそな仮面の話」
「――――」
目を見開く。動揺で言葉が出なかった。
まさか、そんな。冗談だろう?
「由梨は気づいてないのかもしれないけど、あたしは気づいてたわよ。今だっていつもと喋り方違うじゃない。大人っぽくて、落ち着いていて、表情も普段より緩いわよ。や、怠いの方が正しいかも。ちょっと香理菜っぽい」
「……」
「普通は気づかないかもね。香理菜は……どうかな。あの子なら気づいてて何も言わないのかも。あたしたちで居る時、それも他に人がいなくて由梨が気抜いてる時くらいしか見せないから最初はわからなかったけど……あんた、仲良くなってから隙見せすぎ」
「うぐ……」
胸に痛い台詞だった。確かにその節は自覚している。
だって仲良くなってしまったらリラックスしてしまうし。しょうがないじゃないか。バレているとは思っていなかったけど。全然、本当に。……本当にバレていたのか。ショックだ。
「まあでも、それを責めるつもりはないわよ。香理菜もたぶん、この話聞いたってあたしと同じこと言うと思うわ」
言葉を区切り、親しい者に見せる綺麗な笑みを浮かべてモカは続けた。
「――あんたが何考えて"由梨"やってるのか知らないけど、あたしはそれでもいいと思ってるのよ。そういうのひっくるめて、あたしは由梨のこと好きだし、友達だと思ってるから」
「――――」
再びの衝撃だった。
今度は動揺よりも、単純な驚きが勝る。驚愕に安堵に喜びが混ざって、さらにはもっと大きな感情で胸の内が満たされる。
「――すごい、ね。モカちゃん」
どうにか絞り出した言葉は単純な称賛だった。
本当にすごい。純粋に、本気でモカがすごいと思った。感心以上に尊敬が湧く。
優理の言葉と眼差しを受け、モカは頬を染めてそっぽを向く。あまり褒められるのに慣れていないお姉ちゃんだ。
「ま、まあ、ね。あたし由梨のことも香理菜のことも見てるから。友達だし。だからまあ……えと、別に由梨が"由梨"を演じていたって、あたしは気にしてないから。知ってるし、馬鹿みたいに明るい時の由梨も、馬鹿みたいに面倒くさい由梨も、どっちの由梨もちゃんと友達だと思ってるわよ」
「ば、ばか……面倒……」
ダメージが大きい。由梨モードが馬鹿みたいに明るいと思われていたなんて……それに何より、今の素の優理に近い状態が面倒くさいと思われていたなんて……ダブルダメージだ。
自分でも由梨はやたら明るいし、今の優理は面倒だと思っているが……誰かから言われるとグサグサ刺さる。クリティカルだ。
「あたしの気持ちはそんなところよ」
からりとした口調で言い、"それに"ともう一つ付け足す。
胸を押さえながら顔を上げ、青に映える黄金色の友人を見る。
「由梨、ちゃんと楽しんで"由梨"やってるでしょ?」
「――」
目を見開く。
「――――そう、だね」
そうだ。確かにそう。
由梨でいることは楽しんでいる。優理ではないし、本当本物の自分ではないと自覚している。けれど、それが楽しいか楽しくないかとなると話は別だった。
由梨でいるのは楽しい。友達と話すのも、ふざけ合うのも、授業を受けるのだって懐かしくも新鮮で楽しかった。
今まで由梨でいて、一度足りとも本気で"由梨なんてやらなければよかった"と思うことはなかった。
微笑むモカを見て、見透かしたような――事実見透かされていたか。視線に脱力し、両手を脇に付いて息を吐く。
「モカちゃんには敵わないなぁ」
「ふふっ、とーぜんでしょ?あたしがどれだけ妹の面倒見てきたと思ってるのよ」
胸を張る美人に短く首を振って、ずいぶんと軽くなった胸と肩を思って頬を緩める。
「あはは。モカちゃんの年には敵わないなぁ」
「ん?由梨?ちょっと今変な単語付け加えなかった?」
「モカちゃん、ありがとうね」
「え、あ、う、うん……どういたしまして」
髪の毛くるくるいじいじと。照れた時の仕草がありがちだけどすごく可愛いモカちゃんだった。
「はぁ。まさかバレていたとは……ちなみに、モカちゃんいつから気づいてたの?」
「え?三人で行動するようになって割とすぐだけど」
「……」
天を仰ぐ。太陽が昇り、青い空が一段と美しく思えた。
やっぱり、モカちゃんには敵わないなぁ。
――Tips――
「男暴露」
女装の有無を問わず、男の多くは"男暴露"について悩まされる。
同じ学校、同じ職場にいればある程度信頼度も上がるし、時には友人と言える関係性も出来上がるだろう。親しくなればなるほど、その相手を騙していることを後ろめたくなってくる。善性の人間が多い世界だ。純粋な友情に申し訳なさを感じ、自分が男であると言った方が良いのかと思うようになってくる。しかし、女の性欲は底知れないため男暴露=友達から恋人へのステップアップを覚悟する必要が出てくる。どんなに"大丈夫、恋愛とかそういうのじゃないから"と思って言っても、そもそも女には男との接触体験がなく異性からの友情を感じたこともなく、何より持て余した性欲の本質を女たち自身ですら知らない。性欲とは生存本能であり、エッチなことをして最終的に子供を作るための欲求だ。人間の理性である程度制御できても、異性が傍にいて一切意識しないなんてことはできない。それこそ人間生体的に制御機能を持たされていなければ不可能である。
そのため、大体の場合はどうあがいても男暴露=友人からの異性認識は免れない。
あとがき
お泊まり編で書きたかったのはこのワンシーン。
このページを下地に他色々が生まれました。
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