お泊まり会の夜。
夜。モカ家、モカの部屋。
一人部屋に三つの布団。一つはベッドなので、つい昨日優理が体験した出来事を別視点で見ているかのようだ。今回は右から窓際ベッド(モカ)、床布団(香理菜)、床布団(由梨)という順で並んでいた。
部屋の入口に一番近いのは由梨だが、"踏まれそうで怖い"という香理菜の失礼な発言によりこうした並びとなった。本当に失礼だ。寝ぼけて踏みそうなのは香理菜ちゃんの方だよ。とは由梨の心の声である。
失礼なのはお互い様であった。
「――あ」
「?モカちゃんどしたのー?」
「あー……」
時刻は二十一時を過ぎたところ。
三人で布団にごろごろ転がりくるまり、現代人らしくだらだら携帯を弄っていた。
由梨はサボっていたSNSのアレコレを行い、香理菜は家族やサークル仲間への連絡を行い、モカはお泊まり会やりたいことリストを開いていた。
やりたいことリストを見て、そういえば色々書いていたなと思い出したモカが気まずそうに床の二人を見る。
「なんていうか……今日、色々話したでしょ?ほら、やりたいことーとか」
「うん。話したねー。結局お喋りして終わっちゃったけど……まーこんなものじゃないの?」
「うんうん。楽しかったから全然いいけどね☆」
「そうじゃなくてさ……」
決まりの悪いモカに、二人で顔を見合わせる。
「あたし、やりたいことあったから二人を呼んだのよ」
「ふむむ……?」
「へー……」
香理菜と目を合わせる。化粧が落ちて変わった……ようには見えない。最初からゆるだるっとしていて、薄メイクな香理菜だ。お風呂後も眠そうな目をしている。
由梨が聞いてよーと目で頼まれたので、頷いて声を出す。
「モカちゃん、やりたいことって家族の紹介じゃなかったの?」
主に父親の説明と、由梨には妹の恋愛相談も。
目的はしっかり達したような気もするが、違うのだろうか。
「それもしたかったけど、それ以外にもいっぱいあったのよ。お泊まり会なんて初めてなんだから、普通いっぱいあるでしょ?」
「「……」」
「……え、二人ともないの?」
「やー、由梨ある?」
「あははー、パジャマパーティーとか?」
「もうパジャマ着てるでしょー。パーティーって何するの?」
「知らない☆香理菜ちゃんは何かないの?」
「……来れただけで満足かも」
「省エネだね……」
「あんたら欲ないわね……」
ごめんモカちゃん。欲はあるよ、煩悩だらけだよ。
性欲に満ちたいつもの女装童貞だ。
「まあいいわ。やりたいこといっぱいあったから、今から挙げていくわね」
「うんっ」
「あーい」
こほんと咳払いし、わざわざ身体を起こして話し始めた。下から見上げる金の髪はお風呂上がりにドライヤーで乾かされ、ヘアミルクを纏ったことでしっとり滑らかだった。
「そのいち。人生相談」
「わっ、大学生っぽい」
「何言ってるのさ。わたしたち、ぽいじゃなくて大学生でしょ」
「まあそうだけど。雰囲気ね雰囲気☆」
ボロは即座に隠す。
モカと香理菜は確かに大学生だろうが、由梨の場合は特殊だった。大学生だが、大学生でない。だって一回死んで生まれ変わったし。実質社会人とも言える。
「人生相談するわよ」
「いいよー。じゃあまず、モカちゃん進路どうするの?」
「そうね……あたしはこのまま自然科学勉強して、環境調査の仕事したいかも。身体動かすの向いてるし、日本だけじゃなくて世界中行ってもいいかなーって」
「あー。だから英語勉強してるんだ」
「うん。香理菜は?」
「わたしはねー。演劇を仕事にするのはちょっとって思うから、できればゆるーくできる仕事がいいかなぁ。東京じゃなくて、北海道の科学館で館員にでもなれたらいいよねー。やー、来年の二月にインターンあるんだけど、わたし受かったから行ってくるね」
「……えっ」
「はぁ!?」
急な発言に頭が追い付かなかった。またか。香理菜、またなのか。
布団でぬくぬくする友達を見て、自分の発言を一切気にしていない様子に疲れる。驚き損だ。
「香理菜……北海道行くの?」
「うん」
「二月に?」
「うん」
「お土産よろしく」
「ええー」
「じゃあ私には美味しい魚介よろしくね☆」
「えー……」
「お金二倍渡すから!」
「――任せて」
「……急に元気になってこっち見るのやめてよぉ」
友達が現金過ぎて悲しい。
「けど香理菜ちゃん、ほんとに北海道行くんだ」
「まあねー。学校通してだから面接とかあってさー。わたしのジョーネツを見せたらイチコロだったね」
「どう考えても演技で誤魔化したでしょ、あんた……」
「失礼だなー。本気だったよ。覚えるの得意だし、ドラマティックに全部説明紹介すれば気も引けるからね。うんうん、わたし、面接大得意なのですよー」
「こんななのにね☆」
「……ほんとに失礼だね、由梨」
ジト目で見られた。全然怖くない。きらっと全開スマイルを送ってあげた。目を逸らされた。由梨ちゃん大勝利☆
「はぁぁ……香理菜がそんな色々考えてたなんて……。あたしも動いた方がいいのかなぁ」
「あや、モカちゃんが弱気だ。香理菜ちゃん出番だよっ!」
「えー……んー、どっちでもいいんじゃない?モカちゃんならなんでもやれそうだし」
「超適当じゃない……。由梨はどう思う?」
ふむりと頷く。
人生相談っぽくなってきた。
モカが成りたいのは環境調査員だ。優理の知る職務では測量だったり生態調査だったり、気象調査だったりと多岐にわたる。建築前のなんやかんやに関わるものと、地球環境に関わる規模の大きなものと、大別して二つに分けられる。
モカがどちらになりたいか知らないが、知識は大学で学べる。なら必要なのは調査経験。大学でも環境の実地調査講義はあったが、それとは別にやって損はない。
以前、ネットで南極調査に関わる映像を見た。……アニメーションだが。
「香理菜ちゃんみたいにインターンしておいていいかもね。調査なら実際どんな仕事なのかもある程度わかると思うし、数日とかじゃなくて数週間とかできるなら、大学に申請してでも行った方がいいと思うな。ちなみに香理菜ちゃん、何日のインターン行くの?」
「え、えーっと、科学館の説明に一日で、展示員が三日で、物の管理とかで一日だったかなー」
「……色々ツッコミどころあるけど、大体一週間だね。ならモカちゃんもやっぱり最低限それくらいは行った方がいいかな。あんまり私最近の事情詳しくないけど、外に出て働く仕事は実地を学んでおいた方が後悔しなくて済むのは共通だからね。自分に合う合わないは、本当にやってみないとわからないから。転職できるにしても、最初の一歩を成功するか失敗するかで結構その後の人生変わるもん。だから……え、な、なに?」
就職失敗事情に精通している女(女装男)、由梨。前世の経験談を元に妙に深みのある話し方をしてしまう。
「やー……なんていうか、由梨、詳しいね」
「うっ……」
「うん。あたしあんまりまだ調べてないけど、由梨が変に詳しいのはわかる」
「うぐ……」
やばい。墓穴を掘った。
誤魔化しは――無理だ。なら決まっている。
「あ、あははー☆由梨ちゃん配信で視聴者のそーゆーお便りたくさん読んできたからねっ!わかっちゃうんだぁ☆」
「どんな配信してるのよ……」
「ちなみにその配信の視聴者数は?」
「え?えっとあの頃は……」
社会は辛いよ配信は割と前なので、登録者数は今の半分以下。つまり視聴者もざっくり半分くらい。
「三千人くらい?」
「おぉー、なかなかだね。わたしにも見せてよ」
「やだ☆」
「三千人も……」
見せて見せてとせがむ香理菜をやだ☆やだ☆だめ☆と拒否し続ける。
一分くらいじゃれて、考え込んでいるモカに話しかける。
「モカちゃん」
「う、うん。なに?」
「やりたいようにやってみればいいんだよ」
難しい顔をするモカが何かを言おうとするので、ぴっと手を伸ばし制す。
「大丈夫。だってモカちゃんだもん。最悪家族が養ってくれるよ!」
「あー、この家なら無職でも許してくれそう。わたしもニートになりたいよー」
「家族に養ってもらうって言うけど、そんなの迷惑でしょ」
「ふふっ、お母さんとお父さんならきっと何も言わないよ」
「う……それはそう、かも……」
「それに、考え過ぎはモカちゃんの性に合わないでしょ☆スパパー!って調べて動いてから考えよっ?」
「――ふふ、由梨のくせに生意気ー。……けど、ありがとね」
微笑むモカに、由梨もにっこり笑みを見せた。これにて一件落着である。
香理菜からの怪しい眼差しは見なかったことにする。前世のことなんて話せないからね☆
その後だらだらっと緩いトークをして、ふと思った。
「――あれ、私の将来聞かないの?」
「配信者でしょ?」
「や、六十万も登録者いてそっちの道選ばないわけないよね」
「……そうでしたねー」
そうでした。
返す言葉もありません。
気を取り直して、モカに次の話題を求める。
「次は、ええと……そ、その、こ、恋……バナ、とか……っ!」
「へ?ごめんモカちゃん。なに?鯉のぼり?」
「ばか!こ、恋バナよ!!」
「あぁ、あははー、恋バナね。りょーかい」
「――恋バナ!!!!」
「うわ、由梨興奮しすぎー……」
「ふっふっふ、由梨ちゃんの出番だね☆」
元気にぴょんっと跳ねて布団の上に座る。正座……はきついので、胡坐……は可愛くないので、女の子座り……も辛いので、足を伸ばして座る。
「由梨、足邪魔なんだけど……」
「上がだめならお布団の中に!」
「うわ!ちょ、入ってこないで」
「えへへー、あったかー」
「楽しそうね、あんたたち……」
呆れた目を向けられてしまった。
さすがの香理菜も恥ずかしくなったのか、縮こまって布団に潜った。結局由梨はその布団に足を突っ込んでいる。お泊まりは行動を大胆にさせるとは本当だったらしい。
「恋バナだね☆由梨ちゃんはね。恋してるよ!」
「へ、そそそ、そうなの?」
「うんっ。世界中の皆に恋してるっ☆」
「…………はぁ」
期待値たっぷりの目から、死んだ魚の目にアイチェンジ。ひどい。
香理菜は最初から興味無さそうだった。ひどい。
「そういうのどうでもいいから。……その、視聴者の人と会ったり、とか……ないの?」
「あはっ、あるわけないじゃん。怖いし」
本音である。会いたいけど会えない。さすがにリスキー過ぎる。だからこそのユツィラとお喋りだ。かなりの安全を掛けておかないと会ったりなんてできるわけがない。
相手の社会的地位、住所氏名年齢その他個人情報を握っていてこそなんでもできる。それでも危害加えられたら終わりなんだけどね。笑えないな。いや本当に。
「まーそうだろうね。第一相手が本当に異性かどうかわかったもんじゃないし。モカちゃんはどうなの?」
「ん?何が?」
「恋」
「こここ、恋!?!?」
「……ほんと、モカちゃんって恋に過剰反応するよね。可愛いけど☆」
「ねー。意味わかんないくらい顔赤くしてるし。可愛いけど」
「か、可愛い言うなっ!」
照れて顔を真っ赤にしているモカにほんわかする。今日もモカちゃんは可愛い。
「それで。モカちゃんどうなの?」
「ん……べつに、ないわよ。……そういうのわかんないし」
「そっか。それでもいいんじゃないかな。香理菜ちゃんは?」
「わたしもないかなー。出会いないし、学校とサークルと家業で結構忙しいんだよねぇ」
「だよねー☆私も配信ばっかりで忙しいんだぁ」
三人揃って恋に現を抜かす時間がないとは、本当に大学生か?
疑問に思うも、恋愛以上にやりたいことがあるのだから仕方ない。香理菜はサークル、モカはヨガ・総合格闘技がメインだろう。あと妹と遊ぶのとバイトと。
「――あ」
「……なにー?モカちゃん、また何か思い出した?」
「う、うん。忙しいで思い出したんだけどさ。……あたし、ヨガ・総合格闘技のサークル入ってるでしょ?」
「入ってるね☆」
「ねー」
「それで、今度大会出ることになったのよ」
「ほー。いいじゃんいいじゃん☆応援するよー!」
「友達の応援ならわたしも重い腰を持ち上げて会場まで行っちゃうかなー」
「ありがと。いや、うん。全国大会なんだけど、十二月にあるのよ」
「え"」
「えぇ……」
変な声が出てしまった。けほんけほんと咳払いをし、身体を起こした香理菜と共にモカを見る。
「ぜ、全国って言ったっ?」
「言った」
「それ本当のお話っ?本当の本当のやつ?」
「うん。本当のやつ」
「本当かー……すごいねー。ちょっと本気で驚いちゃった」
「……モカちゃんが戦闘狂になっていっちゃう……」
「ちょっと由梨!変なこと言わないでよね!」
「はーいっ。……はー、全国かぁ。すごいね。全然大会のこと聞いてこなかったけど、今までも色々あったんだよね?」
「え、うん。……マイナーなスポーツだけど、地方予選、地方本大会、全国予選、全国大会ってあるから今最終ね」
「わたしの知らない世界だった……」
「由梨ちゃんも全然知らないよ……」
この話でもモカは一切照れた様子も気負った様子もなかった。さっきまでアレだけ恋バナで恥ずかしがっていたというのに。
女友達のメンタルがどうなっているのか不思議でしょうがない由梨である。
「まあまあ、そういうことだから。十二月の二日に予定してるから、空いてたら来てよって話。別に気が向いたらでいいわよ」
「香理菜ちゃん行くよね。私は行くよ☆」
「もちでわたしも行きますよー」
二人でピースをすると、可愛いお友達は嬉しそうに口元を緩ませていた。これは是が非でも行かねば。
人生相談が終わり、恋バナが終わり、途中で謎の暴露も挟んでモカちゃん全国格闘家成り上がり編も終わり。
モカのやりたいことリストにはまだ何か載っているのかと聞くと、欠伸混じりに首を振られ。
「――お昼から話してて、割と消化しちゃってたのよ」
「そっかー。わたしも同じかなー」
「由梨ちゃんも同意っ」
ということで、少々眠そうなモカと、いつも以上に眠そうで――というか目を閉じて布団にくるまっている香理菜と話し寝ることにした。
時刻は既に二十二時を過ぎている。良い子は寝る時間だ。
こっそりエイラに尋ねれば、ゲームしながら眠りそうだったアヤメをリアラがしっかり寝かしつけたとか。さすがはリアラだ。アヤメを頼んで正解だった。
安堵し、お手洗いだけ済ませて部屋の電気を消す。
おやすみと挨拶を交わし、静かに目を閉じる。
たっぷりのお喋り疲れと、友人の家と言う気疲れと、女装疲れと。いろんな疲労感のおかげで、睡魔はすぐに襲ってきた。
先に寝ていた香理菜を追うように、すぐ由梨も眠り込む。
モカは"お泊まりで電気を消した後にお喋りする"というシチュエーションにワクワクしていたが、当たり前のように即寝てしまった友達二人に落胆しながらも微笑んで意識を落とす。
女子友お泊まり会は、お泊まり会らしくないが由梨たちらしく夜を終えていく……。
――Tips――
「女子会(お泊まり会)」
性欲逆転世界では男が絡まなければ女性同士の仲は良好なことが多い。その分友人関係の深度も高く、俗にいうマブダチという関係性はよく見られる。
学生のみならず社会人でも女性同士の旅行やお泊まり会は多く行われ、観光・旅行業界は普遍世界と同等に盛んになっている。
男女のカップルや家族旅行が少ない代わりに、女性同士のグループ観光客は普遍世界と比でないほどに多い。日本の場合、その影響で多くの観光地が女性向けにサービスや施設を拡充している。例を挙げるなら、温泉の混浴化、男性用トレイの減少、地方化粧品の多様化、男性用衣服取り扱い店の減少等がある。
男は文句を言わないのかと思われるかもしれないが、そもそも声を上げるための総男性数が足りず、その男性もまた誤認アクセサリーで"男性専用"というものを必要とせず動くので、必然的にほとんどの文句は表出しなかった。
男に厳しい世界のようにも思えるが、当の男たちは五感誤認アクセサリーのおかげで快適な生活を送れている。まさに誤認アクセサリーこそ世の男の救世主ならぬ救世物である。
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