恋愛相談with友達の妹。
女子(女装含む)三人でのお喋り会は、カーテンの外が暗くなったことで一時中断となった。
お喋り会とは言うが、途中で電話したりメールしたりもしたからずっと話し通しだったわけではない。お茶飲んでお菓子食べてお酒飲んで、ちょっとした暴露大会にもなっていた気がする。
優理としてはさらっと配信のことを伝えられて、かなり気が楽になった。香理菜の演劇絡みの話も聞けたし、友達レベルが跳ね上がったと思う。
会話のタイミングも良かったので休憩タイムとなった。モカは二階で両親と話し、香理菜は途中から眠そうだったのでモカのベッドで堂々と眠り、そして由梨は。
「――マキちゃんのお部屋、モカちゃんのお部屋に似てるね☆」
モカ家三女、マキの部屋で絨毯に座っている。
「それはその……あの、内緒にしてくれますか?」
「うんっ」
「うぅん、笑顔だけど……信じられない」
「信用薄くないかなっ!?」
「だ、だって傘宮さん……」
「由梨でいいよー。私とマキちゃんの仲でしょ?」
「どんな仲ですか……」
呆れ混じりの視線がピシピシとぶつけられる。お年頃中学生の不審な目は胸に痛い。
「ダイジョブダイジョブ。由梨ちゃんお口堅いから。歯磨きにフロスに、毎日マウスウォッシュもしてるんだよ!歯医者さんの定期検診も大事にね!!」
「歯医者と関係ありませんよね?いや歯磨きは大事ですけど」
「えへへー」
「今のどこに照れる要素があったんですか!」
「全部?」
「一切ありませんよね!?」
「ふふっ、やっぱりマキちゃん、モカちゃんに似てるね」
「えっ」
由梨と香理菜とモカと。
三人でいる時は八割香理菜がふざけて、由梨も五割はふざけている。真面目なのはモカくらいだ。今ならお姉ちゃん属性の強いモカの世話焼き体質も納得できる。いつもいつもツッコミのモカにはお世話になっている。ありがとう。
「えとえと、べべべつに、そんなえと、褒めても嬉しい、嬉しいけど嬉しくないですけど」
「思ったよりすっごく喜んでる……」
「喜んでないです!」
「あははっ、お姉ちゃん大好きなんだね☆」
「~~っ!も、文句ありますか!?」
「ううん。ぜんぜんっ、姉想いの良い子だね」
可愛らしい丸テーブルの向かいで正座する少女の頭を撫でる。
あの姉にして、この妹なのだろう。微笑ましい。
「ん……変な人ですね」
「んー、何が?」
「由梨さん。……モカ姉の言ってた通りです。いつも可愛くて子供みたいなのに、時々すっごく大人びて見えるって」
「……そっかぁ」
よく見てるなぁと。当人から似たようなことを軽く言われてはきたが、まさか妹にまで真面目に言っていたとは。適当に流していたが、思ったより本気で捉えられていそうだ。
それだけちゃんと友達でいてくれているとわかって嬉しくもあり、さすがはモカちゃんだと苦笑もする。
「まあまあ、これでも私お姉さんだからね!マキちゃんより……えっと、マキちゃんいくつ?」
身体を戻し、ふふんと胸を張った後に聞く。
「十三ですよ」
「わー……私より七つも年下なんだね」
「……見えないですね」
「おっと、それはどういう意味でかなっ?」
「ふ、深い意味はないですよ!本当ですからね!」
「あはっ、冗談だよ冗談」
礼儀正しく、怒ったり照れたり慌てたりと、モカから冷静さを奪って子供っぽさを足したらこんな感じか。十三歳。本当に子供だ。少々出来過ぎな気はするが、まだまだお子様である。
「――さってと、見知らぬお姉さんが年頃な女の子のお部屋に長々いるのも申し訳ないから、ちゃちゃっと本題入っちゃおうか?」
「え、あ……」
「聞きたかったんでしょ?なんでもいいよ。なんでもは答えられないけど、これでも結構色々相談乗ってきたからね。知ってること、わかることなら全部答えてあげる」
少し雰囲気を入れ替えて。
普段の明るく眩しい最カワ美少女由梨ではなく、恋愛相談士由梨としての受け答えに切り替えた。喋り方以外はほとんど普段の優理と同じだ。男をよく知る、前世の男も今世の男も、おそらくきっと世界中探しても一人しかいない……わからないけど、たぶん一人しかいない、男の生態に詳しい女子(女装男)である。
由梨の発言を聞き、急な変化に戸惑った様子を見せていたのもつかの間。
指先を擦り合わせ、もじもじっとしながらも口を開ける。君は女子かと思って、普通に女子だったと思い出した。自分が女装しているせいで考え方が変になっている。反省反省。
「その……き、気になる人がいるん、です」
「気になる人?」
「……はい」
頬を赤くして、目を逸らしながらマキは話し始める。
曰く、気になる人がいる。
それは中学校の同級生であり、未だ誤認アクセに頼っていない中学生男子である。
髪型は男にしては長く、前髪は目が隠れるほど。今の時代に見合った色素の薄い栗色の髪だと言う。由梨の髪色に近いため、甘めな茶髪だ。髪の隙間に見える鋭い目がチャームポイントらしい。
体型はマッチョ。優理より鍛えており、既に縦にも横にも優理より大きい。マキが成長期で身長160cmないアヤメより一回りは小さいと考えれば、身長差は20cm近くなるだろう。もしくはそれ以上か。
ガタイの割にシャイで、女との接触にトンと耐性がない。マキ含め、ほんの少し腕が触れ合っただけでも顔を赤くして逃げてしまうほどだそう。
大きな身体で包容力もありそうなのに、恥ずかしがり屋なところがキュンキュンくるとマキは照れながら言った。
「……」
無言だ。
目隠れ系男子で、体付き通り運動神経抜群。勉強もそこそこできて、普段は温厚なうえ女であっても気軽に話してくれる。スキンシップには不慣れで反応が可愛い。背は高く、胸板も厚く、年齢的に身体の頑強さは遺伝子由来だと思われる。
ちらと前を見て、期待の眼差しを向けてくる年下女子から自然に目を逸らした。努めて考えていますと表情を作っておく。
なんだ、その男子は。
どこの少女漫画の主人公だ。しかしまあ……アドバイスならできるか。女装男子の由梨ちゃんを舐めないでもらいたい。
自身が恋愛童貞であることを棚に上げ、ふふりと自信満々な笑みを浮かべる。
初心な中学生マキには、由梨の笑みが大人なお姉さんに見えて期待が高まる。まさか相手が女装男子だとは夢にも思っていない。
「――マキちゃん、まず大前提、その男の子……仮称ホスト君とするけど、ホスト君とどうなりたいの?」
「ほすと……?」
あ、と思う。
そういえばこの世界、ホストという職業存在しないんだった。男は減って性欲も失ったから、キャバクラもホストも仕事として成り立たなかった。
八方美人と言えばホストだろうと思って選んだ言葉だが、そもそもそんな言葉がなかった。なら童貞君……やめよう、自分へのダメージが大きすぎる。
「ホストはね、主催――中心人物って意味かな。今回の相談の中心にいるのはホスト君だからホスト君。本名とか言わないでいいからね。私、相談事に深入りはしないって決めてるの」
口から出任せだが、それっぽい理由にはできた。あと、深入り云々は嘘ではない。
男に纏わる相談なんて深入りしてもいいことなんかない。下手したら嫉妬されて喧嘩になる。オンナ、オトコ、関わると、怖い。
「そうなんですね……。わかりました。あたし……その、あんまりまだ恋ってわからなくて……」
そうだろうなと頷く。
淡い恋心、それを自覚しないまま年を重ねる者の多いこと多いこと。
初恋は実らないと言うが、恋を自覚していないから、気づけば初恋が終わっていたなんてことが多いのが現実だ。誰かに告白してフラレてとするのは漫画の世界だけ。現実はいつだって非情だ。そう、それこそ優理の前世のように。
「……うん。そうだよね。じゃあ恋についてだけちょこっと教えてあげるね」
さらさらつらつらと、長年培い醸成し熟成させ、半ば発酵してドロドロになっていそうな恋愛観を希釈しマイルドにして話す。
言わば、恋はシチュエーション、と。
「――恋はね。気づけばその人のことばかり考えているの。自分に向けられた笑顔が好きで、誰かに向ける笑顔も好きで、でもその笑顔を自分にだけ向けてくれないかなとどこかで思っちゃったりもして。単純に楽しいとか嬉しいとか、好きで幸せ!とかにはならないものなんだ。自分の心が思い通りにならないから苦しいし、相手の心が見えないから切ないの。気持ちを伝えたくても声にならなくて、気持ちを知りたくても言葉が出せなくて……。その様子だと、当たってるかな」
目を見開き、さっきまでの照れなんてなかったかのような顔をしている。わかりやすい女の子だ。
「もやもやしてたの、由梨さんの言った通りのことです……」
「んー、そっかぁ。なら恋だね。マキちゃん、おめでとー。ちゃんと恋してるよ」
微笑み、動揺と納得に固まっている少女へ続ける。
「さてさて。マキちゃんが恋してるって自覚持てたのは良いことなんだけど……ホスト君の周りってさ、どうかな?女の子多かったりする?」
「え?えと…………はい」
「溜めたね。うん、わかった。ホスト君、モテモテだねモテモテ」
「い、言わないでくださいっ。……うぅ、確かに女の子多いけど、けどぉ……」
性欲逆転世界の女子の宿命その一、男の取り合い。
「まあまあ、それだけ初心ならまだ恋人も彼女もいないと思うよ。だから今がチャンス。――けど焦りは禁物」
チャンスで顔を上げ、禁物で俯きがちになる。恋する乙女に微笑ましくなる由梨だ。
「あたし、どうすればいいんですか?」
「うーん……ホスト君、スキンシップ苦手なんだよね?」
「はい……」
「じゃあたっぷりのスキンシップ――と思うでしょ?」
「え?ええと……ちょっとは」
人差し指を立て、緩く左右に振る。
ここからは男心の話だ。散々性欲逆転世界の男とは話してきた。優理は”たははー”と愛想笑いで流してきたが、女への愚痴は腐るほど耳にしている。やれ距離が近い、やれ目がいやらしい、やれ視線を感じる、やれすぐ勘違いする。
定期的に前世の自分を思い出して辛くなった。けどでも、だからこそわかる。この世界でどの女よりも男のことがよくわかっている。なぜなら女装男子だから。
「男の子はね。スキンシップなんて求めてないの。女と違って触りたいとか触ってほしいとか思ってないし、手を繋いだり腕を絡めたりもしたくない。じゃあ何を求めているのかって……それはね、ただ純粋に楽しい時間を求めているの」
男だって恋はしたい。性欲だって薄いが確かにある。最終的に手を繋いだりキスしたりエッチしたりと、そういう欲は出てくるだろう。しかしそれは”最終的”に、だ。
男の求める恋は、優理にとって前世で性欲の薄かった女の求めるものと同じだ。それすなわち、時間の共有、思い出の蓄積、そして互いを想い合う心。
要するにプラトニック・ラブである。やはり純愛こそ至高だよ。でも性欲に溺れる日があってもいいよね。柔軟に生きよう柔軟に。
「少女漫画とか読むかな?それも王子様みたいな男の子と恋をする系のお話」
「読みますけど……」
「男の子が求めてるのはアレと同じなの。あんまり露骨なスキンシップとかないでしょ?あっても距離が近いくらいかな。一緒にいられるだけで幸せ。それが男の子の求める恋愛の形なんだよね」
「……そんなの、寂しいです」
「ふふ、そうだよね。わかるよ。手を繋ぎたいし、ずっとくっついていたいし、スキンシップならいくらでも取りたいよね」
「はい」
「してもいいよ」
「……でも、嫌われるのはもっと嫌です」
「うん。だからスキンシップは最後だよ。それまでは全部全部我慢して、ぐっと堪えて耐えて、身体の距離は維持したまま心の距離をぐっと縮めていこう。これが男の子攻略の基礎だね」
「ま、まだ基礎ですか!?」
疲れた顔の少女に、軽やかに微笑む。
「ふふ、基礎だよー。だって今のが男の子に自分を好きになってもらうために、最低限必要なことだもん」
「うぅ……恋愛って、難しいんですね」
「そうだよー。難しいから……難しいから、みんな憧れて、夢を見て、恋をしたいって思うんだ」
目を丸くして、マキが由梨をじっと見つめる。瞳に含む感情は様々で、数秒経った後にぽつりと。
「……由梨さん、初めて年上っぽく思えました」
「えー!?なんでよー!さっきからたくさんアドバイスしてあげてたのにっ!」
失礼な呟きに抗議し、あわあわ言い訳してくる少女とわいわい恋愛相談を続ける。
スキンシップを避け、ホスト君の友達も使って情報集めから始めようと。上手く自分との関連性を見つけて相談事という体で誘い出せれば吉。そうでなくても、一緒にいる時間を積み重ねられるだけで今は充分だ。
世界が変わっても男は頼られると嬉しくなる生き物であり、性欲が薄くとも恋はしたいので恋のキューピット的な役割ができるとなれば喜ぶ男も多い。
周囲から応援してもらえる状況を作るのは恋の定石だ。
基礎編から個人応用編に進み、友人の妹から受けた恋愛相談は恙無く進んでいった。
――Tips――
「キャバクラ・ホスト」
性欲逆転世界にはキャバクラ及びホストが存在しない。さらには男性用風俗店も存在しない。何故なら男が少ないから。そして男の性欲が薄いから。
それなら女性用風俗店はあるのかと思うかもしれないが、あるにはある。しかしそこに男はいない。男装した女が男を演じるため、行為自体は客が受動的になるものばかりとなっている。
男女問わず客をちやほやする店は存在するが、その多くは常連客を得られず気づけば店自体が自然消滅することになる。一度訪れた女性のほとんどが、帰宅後、圧倒的な虚無感に包まれ現実逃避にストレス解消行為を行うと言う。
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