お泊まり女子会とお買い物二人。

 昼食を終え、歯磨きを終え、家族揃っての雑談もほどほどで切り上げ、お泊まりらしくモカの部屋にやってきた優理と香理菜。


 これが女友達の部屋か……と、意外にも緊張はなく妙な感慨を持って部屋に踏み入る優理だ。


 モカの部屋は大人っぽい白色を基調としており、整理整頓され部屋全体に清掃が行き届いていた。

 可愛らしさよりも清潔さというか、花の女学生らしさはない。


 一部ミニぬいぐるみや可愛い絵柄のクッションがあったりもするので、モカの趣味はなんとなく伝わってくる。また、壁のボードの落書きや額縁入りの似顔絵にはほんわかする。わかりやすい妹愛だ。


「これがモカちゃんの部屋……ベッド飛び込んでいいかなっ?」

「だめに決まってるでしょ」

「えー」

「よい、っしょっと」

「ちょ、香理菜!?」

「ふー、ふかふかー」

「モカちゃん私も私も」

「……もう好きにしなさい。けどそのベッド一人用だから」

「わーい☆お邪魔しまーすっ」

「うえ、由梨邪魔なんだけど。ほんとにお邪魔」

「失礼な!」


 適当に置いてあった鞄は隅にまとめ、一人用のベッドに二人で寝転がる。

 布団に潜っていた香理菜を押しやり、掛け布団も奪って良い感じの体勢を探る。


 枕から甘い紅茶の香りがして落ち着く。よく眠れそうだ。


 布団でぬくぬくしていると、普通にこのまま眠ってしまいたくなってくる。香理菜は毛布にくるまっているのでお互い寒くない。半分こだ。


「はぁ、あんたたち、人のベッドにいるのはいいけどさ。今日何するかとか考えた?」

「えー、モカちゃんが考えると思ってたけど?」

「私はなんにも考えてないよ!二人とも、お泊まりで何するかって知ってる?ちなみに私は知ーらないっ」

「……」

「……」

「ふふ、知らないよねー☆」


 だと思ったが、やはりそうだった。揃って無言である。

 床に座ってクッションを抱きしめるモカと、ベッドでだらだらする香理菜と自分と。三人でああだこうだと話し合う。


「定番なのは恋バナだよね!」

「こ、恋とかそういうのはまだ早いわよ」

「わたしはどっちでも」

「でもでも、妹ちゃんの恋愛相談するんでしょ?」

「え、そうなの?」

「うん。モカちゃんから言われたもん。妹ちゃんの……あ、相談ってラテちゃん?マキちゃん?」

「ふーん。いいね、由梨なら最適じゃん。恋愛相談は……わたしはマキちゃんだと思うけどなー」

「私もマキちゃん予想だよっ!」

「はいはい大当たりよ。相談自体はマキから。……そうね、それもしなきゃいけないわ。後で呼びましょ」

「うん」


 恋バナは後として。


「んー、みんなでゲームでもする?」

「いいじゃん!……モカちゃんってゲーム機持ってるの?」

「あたしはないけど、ラテなら……」

「ラテちゃんかぁ。香理菜ちゃんにちょこっと似てるよね」

「えー。そう?……わたし、あそこまでやる気なさそう?」

「「……トントンくらい」」

「……もうちょっとオーラ出そうかな」


 ゲーム機はあるので後で二階に行くとして。


「お喋りはどうよ?大学じゃしてない話もあるでしょ」

「大学でしてない話ねー。なに?化粧品の話とか?」

「それは割としてない?」

「してるかもねー☆お肌綺麗だよっ、とか今日も私可愛い―☆とか」

「それは由梨だけ」

「あんまりしない話って言うと、家でのこととかかなー」

「あー、あれね。私生活ってやつ」

「ふふん、私生活なら由梨ちゃんにお任せっ☆」

「由梨の私生活って……あんた言えるの?」

「……う、うーん。秘密の多い美少女だから難しいかもねっ」

「香理菜は?」

「えー、あー……言えたり言えなかったり」

「……あたしが言えた義理じゃないけど、あんたたち秘密多すぎない?」

「面目ない……」

「ごめんねっ☆……」

「二人で布団に縮こまらないで。ていうか、そこあたしの布団だから」


 私生活はちょっと言えるところだけ言おうね、ということで。


「女子会って言ったらタコ焼きとか焼きそばとかお好み焼きだよね!」

「お祭りじゃないんだから、モカちゃんの部屋じゃ無理でしょ」

「あるわよ」

「え……」

「え、ほんとっ?」

「プレートとタコ焼きセットあるわよ」

「あるんだ……」

「やったね☆」

「やらないけど。だってママたちが夕食も用意してくれるじゃない」

「……そうだったぁ。もったいないねっ」

「やらないのはいいんだけど、なんであるのさ」

「いつか役立つと思ったからよ。あとマキが結構好きなの……」

「マキちゃんが……意外」

「ああいう快活な子が夜食ばっかり食べてたりするんだよね☆」

「由梨の偏見がひどい」

「うちの妹を食いしん坊にしないでちょうだい。……事実だけど」


 ご飯系は今日は断念することに。


「音楽とか聞いたりする?おすすめのとかどーかな。大学じゃ聞いてる暇ないし、あんまり話さないよねー」

「言われてみれば?」

「うんうん。いいよ!ちなみに今パッと挙げるなら何が出てくる?」

「えー。"ヒロイン"かなー」

「……全然聞いたことない。なんの曲、それ」

「テレビシリーズ絶景探訪のエンディング曲」

「ごめん知らない。いつ放映されてるの?」

「シリーズは終わって、今はスペシャルでたまにお昼に流れるくらいかな」

「……またマニアックなの持ってきたわね」

「ふふ、ありがとー」

「褒めてないから」

「モカちゃんはどう?」

「あたしは……"乙女ドリーム"」

「……ごめんね、わたし聞いたことないんだ」

「べ、べつにいいわよ。詳しく聞かないで」

「へー。ちなみに何の番組?」

「聞かないでって言ったのに……。日曜朝の、ほら……子供向けのアニメの」

「あー、ふふ、あはっ、モカちゃん良いセンスしてるねー」

「あたしじゃないから!ラテとマキとココが見てるから!あたしも一緒に見てるだけなの!!それより由梨、あんたは!?」

「え?えっとねー……由梨ちゃん考えてたんだけど、家にテレビないんだよねぇ」

「?別にテレビ番組じゃなくてもいいよー?」

「あれ、そうだったっけ。じゃあ"いつまでだって恋をする"かな」

「あ、それ聞いたことある」

「……由梨ほんと、恋とか愛とか好きよね」

「えへへー、大好きですっ」


 音楽話は改めてしてもいいかなとなり。


 以降もとりとめのない話がぽんぽんだらだらと続いていく。

 話題が尽きることはなく、時には頭痛薬腹痛薬の話で数十分は費やす。途中香理菜が寝落ちし、無理やり布団から引きずり出して代わりにモカが収まったりと、場所の交換は適宜行われた。そもそも布団一つに二人の時点で間違っているという指摘は今さらだ。


 大学の話、授業の話、家族の話、やりたいこと、やってみたいこと、やりたくないこと。未来の話もあれば過去の話もあり、リビングからお茶とお菓子を持ってきたことで話はまた盛り上がる。


 由梨にとっても香理菜にとっても、モカにとっても。

 友達とだらだらなんでもない話を何時間と続けるのは新鮮で、気づけば時間を忘れて話し込んでいた。


 夕方が近づき、香理菜がこそっと上で注ぎ持ってきたお酒(両親よりモカに飲ませないならと許可は得た)により由梨は気が緩んでいた。


《font:96》「――えー、お家のことって言われてもなぁー由梨ちゃん困っちゃうかもっ」《/font》

「……由梨って酔っても全然変わらないのね」

「みたいだねー」

「香理菜も変わらないわね……。由梨、私生活で話せることって何かないの?あたしもちょっとは……ていうかパパ以上の隠し事ないんだけど、何か教えてよ。言えないならいいけど、言えるならね、言えるなら」

「わたしはお酒強いからね。……わたしも知りたいなー。一番軽いのでいいから何かない?教えてくれたらわたしも教えちゃうよー」


 そんなに酔ってはいないが(酔っている)、しょうがないなぁと由梨は頷く。


 親友だし、まあいいかなーと。隠し事にも色々ある。男とか、エッチなこととか、エッチなこととか、エッチなこととか。その辺言わなければいいかなと思ったのだ。


 普段酒を飲まないせいで、弱い酒(アルコール度数1%)でもしっかり思考力は鈍っている。


「えっとねー。二人ともChurichって知ってる?」

「知ってるよー。あんまり見ないけど、たまーにかな。たまーに」

「知らないわ。なに、見るってことは番組?」

「ううん、Churichは配信サイトだね。あんまりモカちゃんに縁はないかなー。ネットラジオとかってあるでしょ?」

「うん。それはわかる」

「ネットラジオのリアルタイム版かな。顏出ししてる人もいれば、声だけの人もいるの。そういう、インターネットで配信する人専門のサイトの一つがChurichだよ」

「へー。テレビの生放送のネット版みたいなもの?」

「あーうん。それそれ。そんな感じ。放送してる人は一般人ばかりだけどねー」

「えへへー、私、Churichで配信してるんだよねー☆」

「えっ」

「……ほー。由梨それほんとう?」

「うんっ、ふふー、なんと由梨ちゃん、登録者六十万人いるのだー!すごいでしょー」

「六十万!?!?!?」

「おお…………思ってたのの数百倍すごいの来たなぁ」


 ぽわぽわ笑う由梨の顔は赤く、さらっと秘密を暴露したにしては平然とし過ぎていた。どう見ても酔っている。


「由梨、それが一番軽い秘密なの?本当に?りありー?」

「えー?ふふっ、うん。当たり前でしょ☆お友達ならこれくらい言えないとねー!」

「……うーん、これは本当っぽい。モカちゃん――モカちゃん?」

「へ?な、なな何?」

「や、なんでそんな動揺してるのさ」

「逆になんで香理菜はそんな冷静なのよ!!ろ、六十万でしょ!?あたし六十万人分でしょ!?!?」

「ふ、ふふ。モカちゃん六十万人っ。ふふふっ」

「なに笑ってるのよ!由梨のことだからね!!」

「おーおー、モカちゃん落ち着いて。六十万人なんて……まあすごいかな」

「……ほんと、香理菜の意味わかんない冷静さおかしいわ」

「ありがとー」


 ゆるっと話しつつ、香理菜から水飲め飲めとがぶがぶ飲まされる。

 微妙に溺れそうになりながら飲み、トイレに行ったりまた水を飲んだりとして酔いが薄れていく。酒の量も少なかったため、すぐに頭は冴えた。

 配信のことを言ってしまったが……。


「ねえ由梨、本当に六十万人もいるの?」

「え?うん」


 考えてみて、別にいいかなと思った。他のアレコレを言ったら困るが、これくらいなら別になんでもない。友達だし。親友だし。


「……どうやってそんな人集めたのよ」

「どうやっても何も……んー、気づいたら?あはは、リスナーも物好きだよねー」

「……はぁ。もう、この子はほんと……由梨が忙しかったのって、それが理由?」

「そだね。暇さえあれば配信してたし、他にも色々あるけどメインは配信かなー。ふふふー、由梨ちゃん大金持ちだよ☆」

「おー、ちなみにおいくら?」

「えっと……これくらい」


 いつの間にかベッドに戻っていた香理菜に問われ、指を四本立てて見せる。

 ユツィラとしての収入は広告と案件だけなので、登録者に対しては少ない方だろう。グッズも出してないし投げ銭も制限してるからこんなものだ。それでも優理は充分だと思っている。


「……ねー由梨ー」


 香理菜が姿を消し、布団に潜ってこちらに近づいてきていた。ベッドの下の方から顔だけ出すのは猫っぽくて可愛い。斜め前に座るモカが「だからあたしのベッド……」と頭を押さえて呟いていた。学校でも家でも苦労人のモカである。


「なに?」

「わたしのこと養って」

「やだ☆」

「そこをなんとか」

「だめ☆」

「でも本当は?」

「だーめ☆」

「く、由梨のガードが硬い。モカちゃん」

「……あたし頼るのいいけど、まずあたしの布団めちゃくちゃにするのやめなさい」

「おっとわたしの味方はいなかったみたいだね」


 布団に潜り、再度枕へ頭を預けた。

 ベッドから出るんじゃなくて枕に戻るのか、そう思ったのは由梨とモカの両方だった。


「由梨さ。あたしたちにそんな大事なこと言ってよかったの?」

「うん。大事だけど、これはバレても問題ないもん」

「……いや、うん。あんたほんと、どんな隠し事してるのよ」

「えっと――」

「――言わないで。あたしのお腹が痛くなるから」

「ふふっ、またお腹痛いお話する?」

「しない!」

「や、わたしもね。何度か劇団のスカウト受けてお腹痛くなったよねー」

「「え」」

「ほんと、当時はお腹痛かったなー」


 のほほんと言う香理菜に、床の二人から声が飛ぶ。


「え、スカウトって、えっ?どういうこと??」

「秘密教えるって言ったでしょ?それだよ、それ」

「香理菜も急にほんと……どうなってるのよ、あんたたち」

「う、うーん。私も結構アレだけど、香理菜ちゃんもアレだよねアレ」

「アレって何さアレって」

「アレでもソレでもいいけど、香理菜もうちょっと詳しく」

「へーい」


 ということで、ベッドから引きずり出した香理菜に辛いお菓子を食べさせ目を覚ませる。香理菜、辛味に弱い系女子である。


「――うぅ、ひどい友達だよ。まだ舌がひりひりする」

「はいはい。さっさと話す」

「はい。えっと、まあそんな複雑な事情はないよ。演劇やっててさ、うちの家業が……なんていうか、接客する感じのやつなんだけどね。お客さんの一人が劇団にわたしをさらっと紹介したみたいでさ。そしたらオーディション受けない?って連絡来て」

「ふーん……受けてみたの?」

「うん。受けたよ。あと受かった」

「へー、やるじゃん」

「……や、軽いねモカちゃん」

「あははっ☆だってモカちゃんだもん。そりゃ軽い軽いぷむむむ」

「はい静かにしてなさいねー」


 頬を潰されてタコだか魚だかわからない表情にさせられる由梨だ。


「まー、それで受かったんだけどねー」

「けどってことは……入らなかったんだ?」

「うん」

「理由聞いてもいい?」

「いいよ。わたしって結構なんでも演じられるんだけど、それは知ってる?」

「知ってるわ」

「――知ってる知ってる!香理菜ちゃんすごいよね!」

「ふふふ、ありがとう。なんでもできちゃうわたしだけど、プロから見たら男役が一番上手かったらしいんだ」

「男役……」

「ほー。私だったら激カワ美少女役かな。ていうか由梨ちゃんの役なら完璧☆」

「わたしも美少女役なら良かったんだけどねー……。わたし、ずっと男役し続けるのは嫌だったんだ」


 ぽつっとした一言は、香理菜にしては珍しく真剣みを帯びていた。

 視線は机の上に置かれ、敢えて由梨やモカと合わせないようにしている。


「ならしょうがないわね。いいんじゃない、それならそれで」

「モカちゃん……」

「楽しくないことやったってしょうがないでしょ。遊びならまだしも、仕事になるかもしれないんでしょ?それなら尚更やりたくないことしたってしょうがないわよ」


 さらりと語るモカに、由梨は淡い微笑みを浮かべた。

 若いなぁと思いつつ、その通りとも思う。


 やりたくないことをやらなきゃいけないことはある。というかきっと、人生をやりたいこととやりたくないことで二つに分けたら、ほとんどがやりたくないことに振り分けられるだろう。


 仕事なんて"やりたくないこと"の最たるものだ。少なくとも、前世の優理はそうだった。


 けれど、やりたくないことの中にもまたいろんな段階がある。

 ちょっとやりたくない、割とやりたくない、結構やりたくない、すごいやりたくない、めちゃくちゃやりたくない、絶対やりたくない。


 そんな風に様々な段階の中で、自分が妥協できる"怠いけど、やらなきゃいけないからやるかー"と思える物を仕事にするしかないのだ。

 心底やりたいことを選べる人間など、世界では一握りしかいない。


 モカが簡単に言い切ったそれは、強者の言い分だった。モカは強い。やりたいことができる側の人間だし、大抵のやりたくないことでも、やっている最中に"やりたいこと"を見つけられるような、感覚型ポジティブ人間だ。


 優理は理論型ネガティブ人間なので、軽く"嫌ならやらなくていいじゃん"とは言えない。酸いも苦いも渋いも辛いも、人生の苦渋は充分に味わってきた。――だけど。


「――うん。私もそれでいいと思うよ」

「由梨……?」


 香理菜が驚いた顔をする。まさか簡単に肯定が返ってくるとは思っていなかった反応だ。口端だけで苦笑し、まあそうかもなと頷く。次いで。


「だって、人生一度切りだもん。誰が何を言っても、結局当人が決めるしかないんだから、本当にやりたくないならやめていいと思うよ」

「……」


 これが水道止められて!とかお金がなくて!とかだったら"働かなくていいよ"とは口が裂けても言えない。しかし、香理菜はまだ学生の身だ。未来は選べるし、仕事をすぐ決める必要なんてあるわけがない。なら自由に、やりたいように選んで吟味して、今のうちから真剣に自分探しをしておくといい。


 年を取って、それこそ三十代になってからとなるともう色々諦める必要が出てくる……三十までは生きてたのか。いや親を看取ってるし五十くらいまで……わからない。


 ドツボにハマりそうだったので、軽く首を振って考えるのをやめる。


「なんだか由梨って、時々大人びたこと言うよね」

「わかる。この子ほとんど頭空っぽなのに、たまーに疲れたおばさんみたいなこと言うのよ」

「し、失礼だよ!二人とも!!」


 くすくす笑う友達に、むん、っとあざとくお怒りポーズを作る由梨だった。




 一方、優理家――ではなく、優理の住むマンションより歩いて十分とかからない場所にあるスーパーマーケット。食品を主に扱っている一般的スーパーだ。


 "はじめてのおでかけ"とスーパーにやってきたアヤメは、今日の保護者であるリアラの手を引いて歩いていた。左手には黒い携帯がリストバンドのごとく巻かれている。


「――リアラ!!広いです!食べ物がいっぱいですね!!!」

「ふふ、そうですね。アヤメちゃん。カートを持っていきましょうか。食品だけとはいえ、冷蔵庫の中は残り少なかったので色々買いましょう」

「カート……あれですね!」


 ささっと銀の風を靡かせて走る少女に、ほんわかしつつ不思議な庇護欲を感じるリアラだ。

 これはもしかして母性……いやでもまだ優理君とエッチなこともしていないのに母性はちょっと……でも年齢的には母性でもおかしくない……いやしかしでもけど。


 表情を変えずに頭の中で思考をループさせる美人がいるとは露知らず、店内に向かう銀髪美少女アヤメは藍色の瞳を目一杯開いて頬を紅潮させていた。


 ウユニロで買い物はしたが、あの時は全然心の余裕がなかった。しかし今はリアラがいる。自分ではよくわかっていないが、認識を誤魔化す装飾品もある。胸を張って堂々と買い物ができる。自由に、気楽に、見たい物を見て買いたい物を買える。これで興奮するなと言う方が難しい。


 振り返ってリアラを急かし、二人で買い物を始める。



 ※買い物描写はダイジェストでお送りいたします※



「お、お野菜がこんなに……!!」

「アヤメちゃんは生野菜、あまり食べませんか?」

「う……苦いのはあんまり好きじゃないです」

「そうですか。……ふむ、それなら苦くない野菜を中心に買いましょう。熱を通すことを考えると定番の野菜も買って……と、アヤメちゃん。知らない野菜はありますか?私がお教えしますよ?」

「!!」

「ふふっ、はい。そう目をきらきらさせなくても、しっかりすべてお伝えしますよ」


「うむむ、飲み物はこんなに種類があるのですね……」

「アヤメちゃんは知りませんでしたか?」

「はい。お茶とジュースとお水と、種別は知っていますがこんなにたくさんあるとは知りませんでした」

「それならいくつか買ってみましょうか」

「い、いいのですか!?」

「はい。あ、でも、一種類に二本までですからね?」

「はいっ!」

「ふふ、好きなように選んで――ってそこはお酒コーナーなのでだめですよ!」


「お漬物は知っていますが食べたことはないです」

「一つ買ってみましょうか。優理君はあまり買わないようですが、日持ちもするので傷むことはないでしょう。広告の品ですし」

「広告?」

「はい。ここにシールが貼られていますよね?」

「そうですね。あります」

「このシールは別の紙……チラシに書かれた商品を示しているものなんです。言うなればその日おすすめの品ですね。優理君の家に……そうですね。チラシはありませんでしたか」

「はい、なかったです」

「時代が時代なので知らずとも不便はしないでしょうが、知って損はありません。あとで店内のチラシを一緒に見ましょう」

「はいっ」


「リアラ、これはなんでしょうか」

「それは……え、何ですかそれ」

「えと、調味料コーナーで見つけました!」

「私がシチューで悩んでいる間に……どこの棚ですか?」

「――ここです!」

「あぁ、スパイス……それにしても不思議です。液体スパイスミックスですか……」

「買ってもいいですか?」

「ふふ、構いませんよ」

「やりました!えへへ、宝物一個ゲットです!」

「ふふ、魔法道具ですね」

「はい!」


「お、お肉がこんなに……」

「鶏肉、豚肉、牛肉、今日はオーソドックスなものだけ買いましょう。量を買っても優理君の冷蔵庫には入り切りません。ある程度多種類買っていきましょうか」

「はい。リアラはどのお肉が一番好きなのですか?」

「私は鴨肉です。優理君は鶏肉と聞きましたがアヤメちゃんは――」

「!」

「――鴨肉、買いましょうか」

「!!リアラ!えへへー!」

「だ、抱きつかれてもその……もう、仕様のない子ですね」


「あ!リアラリアラ、パスタソースですよ!」

「あぁ、ふふ、優理君がよく使うようですね。自宅にも常備されていました」

「はい。優理は好きみたいです。私も好きです!おいしいです!」

「それなら……そうですね。食べたことのないもの一つ程度なら買ってもいいかもしれませんね。アヤメちゃん、好きなものを選んでください」

「わかりました!」


「レトルト……私もいっぱい食べてきましたが、私の知るものとは全然違うのですね」

「アヤメちゃんはどんなものを食べていたのですか?」

「えと……これと、あとこれが近いです」

「ご飯と、上からかける系ですか。なら麺類は触れていなさそうですね。それと缶詰も」

「食べたことないです。おいしいのですか?」

「美味しいですよ。いくつか買っておきましょう」


「リアラリアラ!お魚がいっぱいです!!」

「魚を見るのは初めてですか?」

「はい!ネットで見て以来です!」

「売り物ですから触ってはいけませんよ。生魚は……どうせなら新鮮なものをどこかで食べた方がいいかもしれませんね。それなら、切り身を買って家で食べましょう。お昼か夜か、今日中に食べますか?」

「食べたいです!」

「ふふ、なら買いましょう」



 これら以外に、菓子、乳製品、惣菜、パン、弁当、他いくつかと店内を隅から隅まで回って買い物袋にたっぷりと詰めて外に出る。

 アヤメは両手に大きな袋を持ち、リアラも片手しか空いていない。これなら距離は近いが車でよかったかもと少々反省する美人だ。


 ルンルンと歩くアヤメは今からの食事が楽しみで仕方ない様子だ。

 帰ったら何を食べよう。リアラはたくさん買ってくれた。買い過ぎてどれから手を付ければいいかわからない。どうしよう。こんな幸せなことで迷えるなんて、今日はなんて良い日だろうか。優理にもこのことを…………。


「アヤメちゃん?」


 歩幅を緩め、わかりやすく意気消沈する少女に声が飛ぶ。


 家を出た時刻から二時間ほどが経過し、日はずいぶんと傾いた。それでもまだ夕方には少しばかり早く、そよ風に揺れる銀の髪がきらめいている。心なしか、光を浴びる白銀がくすんで見える。


「リアラ……」

「アヤメちゃん、どうかしましたか?」


 先ほどとは一転して沈む少女の声に、リアラの声も小さくなる。良くも悪くも天真爛漫なアヤメは周囲に影響を与えている。


「私……ユーリとお話したいです」

「――」


 儚げな少女の言葉を聞いたリアラの胸中に、ほんの一瞬で様々な想いが巡る。


 自分は"心配だからたまに電話かけてくれませんか?"の一言さえ口にできなかったのに、こうもあっさり心を形にできるのかと……ひどく羨ましく、またそう思う自分が浅ましくも思えてしまう。


 素直に気持ちを言葉にできることへの羨望、簡単に優理と話したいと言えることへの嫉妬、少女のいじらしさに対する慈愛、少女にこんな顔をさせる優理への怒気、少女からこれほど想われる優理への愛情、私も同じくらい優理を想っているという対抗心。


 そうしたいろんな感情がまとまって、一番大きなものは。


「――電話しましょうか。出なかったら、メールして時間作ってもらいましょう」


 どこまで行っても、リアラに残ったのはアヤメへの慈しみだった。

 境遇を知ってしまった故に、自身が多くの情報を知れる立場にいるが故に。


「あっ、はい!!お電話してみます!!」

「あぁアヤメちゃん、家に帰ってからにしましょう。落としたら割れてしまう卵もありますからね」

「そ、そうでした。えへへ、リアラ、帰りましょう!」

「ふふ、はい」


 ぱぁっと明るい笑みを浮かべ歩き出すアヤメを追う。


「……優理君のこと、言えませんね」


 呟き、どうしようもない自分の性根に苦笑する。


 優理に言われたからとか、境遇を知っているからとか、多くの人生を読んできたからとか。どれも後付けの理由でしかない。


 結局のところ、リアラがアヤメを気にかけて、心配して、笑顔でいさせてあげたいと思ってしまったのは彼女の性格故だ。

 恋敵……かどうかはわからないが、幸せなイチャラブエッチライフを優理と送るためにはアヤメの存在は邪魔になる。確実に二人きりの時間は奪われる。同居している時点で、既にわかっていることだ。


 それなのに目前の可愛らしい少女を邪険にせず、むしろ積極的に甘やかしてしまうのはリアラが優しいからだ。


 優理に"優しい人です"とか言ったが、リアラも負けていない。

 自分の感情以上に別の人間を優先してしまう。しょうがない。昔からそうだったのだからしょうがない。


「はぁぁー……」


 深く息を吐いて、諦め思考を外に押し出す。


「――リアラ―!遅いですよ!」

「ふふ、ええはい。すぐ行きますよ!」


 少し先を歩いていたアヤメに苦笑しつつも表情を柔らかくする。

 早足になりながら、我慢しないで遠慮しないで全部好きなように言えたらなぁと、アヤメが優理に言われていたことを思い出す。

 そうできたらどんなに気が楽かと思って、即座に"優理君、今日はどんなエッチをしますか?"と言っている自分が思い浮かんで思考を止めた。


 やっぱり慎重に、今まで通りいこう。石橋は叩いて叩き割って架け直してから行けと言うのだから。

 艶めく黒と銀が、二つ並んで揺れている……。





――Tips――


「優しさ」

持っていて当たり前、それを前提とする。そう言われ続けること幾星霜。

しかしその当たり前の"優しさ"を持っていない人ばかりなのが現実であり、真の意味での優しさは"自身よりも他者を優先できる心"である。

己の心を制御し、負の感傷を受け止めた上で他者へ思いやりを向ける。それすなわち、奉仕の心。とはいえ、そこで自身を一切省みないのは"優しさ"ではなくただの"自己犠牲"であり、他人も自分も大切に生きられてこそ"優しさ"は形を得る。

揺れ動く自身の心と葛藤しながらも不器用に優しさを見せようとする在り方が、人間らしく美しいものだ。――――成人向けPCゲーム『優しさと温もりの狭間で』より引用。





あとがき

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