エイラとアヤメとご相談の件。

「……」

「よくわかりませんが、エイラはすごいんですね!」

『肯定。エイラはすごいです』

「すみません、エイラ。あなたが破壊されず残っている理由は理解できました。ですが、どうしてアヤメさんの手に?」


 難しい顔をしたリアラがエイラに尋ねる。

 一方、一般転生者優理、話を飲み込み切れず頭がパンク寸前。


 一応前世で中二病を患っていた身だ。AIが進歩し、表で取り上げられるようになった段階で情報として見聞きしたものはある。

 汎用人工知能――いわゆる人間と同レベルで思考し、感情ですらパーフェクトに理解したうえでコントロールできる人工知能を指す、はず。


 前世ではまだ汎用人工知能は生まれておらず、頑張って作ろう!おー!となっているのが現状だったはずだ。できたらそれこそシンギュラリティだね!という話で。


 エイラが超すごいAIで、汎用人工知能そのもの……というか、既にそれより上にいるような話だったがその辺はよくわからなかった。ていうかそもそも自慰友ってなんだよ……。


『理解。アヤメ様は博士の忘れ形見です。遺伝子的繋がりはありませんが、博士当人は”想像妊娠の果てのようで運命を感じる”と言っていました』

「ええ……」

「そ、そうですか……」

「?想像妊娠とはなんですか?普通の妊娠とは違うのでしょうか?」

「アヤメにはまだ早いかなー。良い子だから僕と指遊びでもしてよっか」

「指お遊びですか!やります!えへへー、負けませんよ。どんなお遊びなのですか?」


 適当に流し聞きする予定が、さすがにちょっとドン引きな発言のせいで聞き逃せなかった。やばいよ博士。リアラさんも顔引きつってるよ。そりゃそうなる。


 アヤメの意識を指遊びで逸らし、ひとまず指相撲を教えてあげることにした。

 本人に聞いたが、アヤメに刷り込まれた知識は本当に常識レベルしかないらしい。言語、食事、排泄、運動、健康の守り方、経済医療などの最低限のシステム、食器や歯磨きの使い方等。

 多いようでそんな量はない。娯楽はもちろん、アンダーグラウンドな知識なんて言うまでもない。性知識ですら小学生レベルなのだから、色々教えてあげたくなる。たまに変なことや優理ですら知らないことを知っていたりもするので、完全に何も知らないと言い切れないのが難しいところだ。


 とりあえず、えいえいと親指相撲を楽しんでいるアヤメにはゆっくりいろんなことを教えてあげようと思う。


「……アヤメさんが忘れ形見だから、エイラはアヤメさんに付いているんですね」

『肯定。現在のエイラはアヤメ様のサポートAIです。博士の情報に関してはロックが掛けられているため、リアラ様にお話することはできません。申し訳ございません』

「あぁ、そうですよね。はい、それはそうかと思っていました。いえ、大丈夫です。ありがとうございます」


 話が一段落したようなので、左手でアヤメを完封しながら二人に声をかける。

 エイラの説明で脱線してしまったが、今日の本題だ。


「エイラ、リアラさんがアヤメについて知ってるって言うのはどういうこと?」

『謝罪。リアラ様はアヤメ様本人をご存知ではありません。正確にはアヤメ様と似たような事例を知っている、です。勘違いさせてしまい申し訳ありません』

「い、いや謝罪はいいよ。似たような事例ってことは……」


 リアラが小さく首を傾げ髪を揺らしている。

 スッと奪われそうになった目を逸らし、浮かんだ予測を頭に置く。おそらく正しいが……間違いであってほしい。


『肯定。優理様のお考えの通りかと。リアラ様がご存知なのは、人類強化計画の一例です』

「――――え」

「……リアラさん?」


 不穏な単語は予想通りだったので仕方ないと受け止めるが……リアラの反応はなんだろう。呆然とした声で顔色が悪くなっている。

 優理の怪訝な眼差しに気づき、短く瞑目してから見返してくる。


「……確かに私は人類強化計画について知っています。……大仰な名前ですが、これは当時より行われてきたあらゆる実験を総括した名称です。一般的にも伝わる実験名を挙げると、遺伝子操作、クローン、薬物投与、ストレス付与、こんなところでしょうか……」


 沈んだ声にどう返そうか迷い、リアラの表情に気づいて口を噤む。

 先ほどより顔色が悪くなっている。なんとなくだが、聞いた単語だけでもあまり目にしたい情報ではないと感じた。リアラが見聞きしたそれが人間の負の側面だとしたら……深く聞くのも酷だろう。


「私は断片的に過去の情報を目にしただけですが……それでも、当時の人間の倫理観を疑ってしまいました。何よりそんな事件がたった二十年前に起きていたというのが信じられません」

「……二十年前ですか」

「……はい。それだけ、男性数の急激な減少に誰もが焦っていたということなのでしょう」

「……」


 二十年前。ちょうど優理が生まれた頃だ。

 科学技術が進歩し、同時に男性数も減り、まだルールも法律もなかった時代なのだろう。誰もが好き勝手できる状況で、さらには直面する問題が人の箍を緩めてしまった。そう考えると納得できてしまう。

 ただ、問題はそれより今にある。


 ちら、と隣を、指遊びどころかこちらの指に手のひらを被せて”私の勝ちです!”と喜んでいる少女を見る。


「?ユーリ、どうかしましたか?」

「ううん……」


 不思議そうな顔をするアヤメの頭を撫でる。

 んむむと唸り、すぐさまにへらと可愛い笑みをこぼす普通――にしては可愛すぎるが、普通の女の子。


 この子がいること、それ自体が過去から今に繋がる問題だ。


「なんでもないよ。いい子だね、アヤメは」

「ふふふー、私、良い子です」


 喜んでいる少女に微笑み、視線でエイラに問いかける。


『肯定。詳細については博士によりロックが掛けられているためお話できません』


 返事は正確だった。

 やはりアヤメはその、人類強化計画とやらの成功例らしい。


「そっか」

『謝罪。申し訳ありません』

「謝らなくていいよ。……リアラさん、アヤメはそういう境遇なので……」


 言葉は濁す。細かい部分は省いて、アヤメがここにいる理由はエイラの言った通りそのままだ。優理だって小難しい話は一切知らなかった。作られた存在、みたいなことはふわっと聞いて察していたけれど、思った以上に込み入った話だった。


 重たい溜め息を飲み下し、察しの良いリアラと話を続ける。


「……はい。状況はわかりました。だから誤認アクセサリーが欲しいという話だったのですね」

「ええ、まあ……アヤメのことは僕も深く知りませんでしたけど、この子は見ての通り目立つので」


 髪をわしゃわしゃと撫でると、くすぐったそうにころころ笑う。こういうところ本当に子供っぽいと思う。ささくれだった心が浄化される。


「ふふ、そのようですね。……事情はわかりました。しかし誤認アクセサリーは男性の安全を守るためのものです。おいそれと本人以外にお渡しするわけにはいきません」

「そうですよねぇ……」

「――ですが」


 ふふ、と茶目っ気を入れ、軽く笑ってからリアラは続ける。優理同様、彼女もまたアヤメの姿に心癒されたようだ。


「今の私は国に強く出られる立場にいます」

「……えっと」

「何せ死にかけたものですから」

「……そ、そうですね」

「なので、余剰分の誤認アクセサリーが欲しいと言ったらすぐくれました。優理君、どうぞ」

「えっ」


 言いながら、ささっと鞄より紺色の箱を取り出し渡してくる。

 優理も見覚えのある、細長く四角い箱だ。


 受け取り、開けてみて驚く。


「本当に誤認アクセだ……」


 見た目は丸いトンボ玉が数珠繫ぎにされただけの簡素なネックレス。

 しかし中身は違う。五感誤認というだけあって、一つのトンボ玉につき一種類の感覚を誤魔化せるようになっている。


 視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚。

 オンオフ機能だけでなく、数段階に分けての強弱も設定できる代物だ。どうやってこんな丸い玉で人の五感を騙せるようになるのか不思議でしょうがない。


 それに加えてこのアクセサリー、インターネットに接続できるのだ。ネット経由でパソコンや携帯を使えば細かな設定を行える。いわゆるIoT機器というやつ。

 誤認度合いの変化や自身の声の幅等、かなり広く機能を変えられる。本来の自分に近い見目や声という制限はあるが、一種のキャラメイクレベルで色々変えられるのだから使われている技術は凄まじい。


 これのおかげで優理の女装学生活は成り立っていると言っても過言ではない。というか、これがないとただの女装男でしかない。


 横を見て、目をきらきらさせている少女に苦笑する。

 そうかなと思って見たらやはりそうだった。この美少女、既に自分のためのものだと理解している。


「アヤメ」

「はいっ」

「これが何かわかる?」

「よくわかりませんが、私へのプレゼントですね!」

「そうだね。アヤメは可愛くて目立っちゃうので、これを使って誤魔化そうと思います。ちなみに――っと、僕とお揃いね」


 服の内側からネックレスを取り出し見せる。毎日毎日使っているため、新品より少々色褪せた愛着のある一品だ。


「わぁぁ、えへへー。ユーリとお揃い嬉しいですっ。ペアルックです!」

「……ペアルックか」


 まあ確かにと一瞬胸が高鳴りかけ、世界中たくさんの男が同じものを身につけていると思い直して沈んだ。全然嬉しくない。喜んでいるアヤメには言わないでおこう。


「買い物行った時に改めてペアルックは買おうね」


 よしよしと頭を撫でてあげる。えへ顔でニコニコ頷く。可愛い。


「アヤメ、これは僕からじゃなくてリアラさんからのプレゼントだから、お礼はリアラさんに言ってね」

「はい。リアラ、ありがとうございます。やはりリアラは良い人です」

「いえ。たまたまもらえただけですから」


 謙遜するリアラに優理からも礼を伝えておく。

 アヤメに誤認アクセサリーを渡そうとすると、付けて付けてとせがまれてしまった。


 しょうがなく背を向けてくれと頼み、首にかける形で前から後ろへネックレスを持っていく。毛量が多いため髪に手を差し込むしかなかった。


 自分のことながら、やっていることがエッチで困った。

 甘酸っぱい匂いもよろしくないが、髪の毛のさらさら感がまたエロスに満ちている。手指に触れる髪がしゅるりと流れ、まるで顔を埋めてくれと言わんばかりに誘ってくる。くすぐったそうな笑い声が時折喘ぎ声のようにも思えて、自分の思考回路に溜め息が出る。


「はぁ……」

「んぅ」

「――」


 吐息が首に触れたのか、妙に艶めいた声が聞こえた。

 ぴくりと、優理の性欲がアラートを発する。ちらっと横目でリアラを見て、何故か悲しい顔をする美人を発見した。なぜ悲しそうに……?


 疑問は飲み込み、性欲も飲み込み、こっそり深呼吸するだけに留めてどうにかネックレスを装備させてあげる。


「はい、終わり」

「えへへー、ありがとうございます」


 ほっと息を吐く。くるりと振り向いたアヤメの輝かしい笑みに優しく返した。


「セッティングは……そうだな。あとでいいか。リアラさん。実はもう一つ相談がありまして」

「なんでも聞いてください。何でしょうか?」

「ありがとうございます。実は僕、明日、ちょっと友人の家に泊まりに行く予定なんです」

「そうなんですね。……――お泊まり?」

「はい。お泊まりです」

「……参考までに、ご友人と言うのは……」

「由梨の友達のモカちゃんです。厳密には僕の友達じゃないんですけど、まあ僕も由梨みたいなものなので友達です。だから――リアラさん?」


 優理として由梨の友人の話をするのが恥ずかしくて目を逸らしていたら、リアラがすごい顔をしていた。こう、喜怒哀楽全部詰め込んだ人間を超えた顔。

 隣で怯えたアヤメが抱きついてくる。よしよしとなだめ、変わらず涙目のまま激情に駆られている悲哀の美人に再度呼びかける。


「えと……リアラさん?」

「―――――優理君」

「は、はい!!」

「……――今から急いで計画を練りましょう」

「え?え、えっと……なんのですか?」

「お泊まり時の対策です」

「……なんの対策でしょうか」

「優理君。世の女は皆、狼ですよ」

「は、はぁ……でも、僕、由梨として行くので問題ないかと――」

「――優理君」

「はい!」

「もしも男性とバレた場合、即座に喰い散らかされて無残な目に遭ってしまいます。優理君はただでさえちょろ――こほん、女に甘い優理君です。少しの油断も許されません」

「……はい」


 有無を言わさぬ口調だった。

 最近の……というより、寿司デート事件があってからリアラがかなり心開いてくれている感じがして嬉しい。電話でもメールでも明らかに以前と距離感が違う。これはもしや吊り橋効果か!?と思ったりもしたが、今の圧力高い感じはやめてほしい。このままだとドMになってしまう。


「アヤメさん、優理君が他の女性に食べられないよう、一緒に考えましょう」

「え?えっと、私は優理と一緒にお泊まりに行くので大丈夫ですよ」

「えっ」

「え?」

「……え?」


 順に、アヤメ、優理、リアラ、再度アヤメである。

 三人そろってぽけっとした顔をする。なんとも微笑ましい空間であった。





――Tips――


「女は肉食(性的に)」

性欲旺盛な女性が多い性欲逆転世界では、"送り女狼"や"据え膳食わぬは乙女の恥"、"女はライオン""女は狼"といった数多くのことわざや格言が存在する。

男性の家に迎え入れられた女性皆が、このまま手を出していいのか、誘っているんじゃないか、けど手を出して嫌がられたらおしまいだなどと葛藤すると言う。世の中積極的な女性は数限られており、多くのチャンスを逃し、項垂れ後悔し膝を付き自分を慰める人も多い。無論のこと、この場合の"自分を慰める"は性的な自慰行為を指す。






あとがき

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