リアラとアヤメと優理in優理ハウス
翌日にお泊まり会を控えた金曜日の夜。
優理は大学で
時刻は十八時半を過ぎたところ。
日は完全に沈み、晴れ渡った空は深い紺色に覆われている。空を見上げ、科学の火に照らされて霞む星を眺める。薄い光は太陽と比べるまでもなく、それでも美しいと思うのはどうしてか。
日々を生きる中で、道端に咲く花や夜空に浮かぶ星を見て叙情的になるのはきっと大切なことだ。まだ心幼いアヤメにも、自分と同じように自然を感じてほしいと思う。そう思ってくれたら、また一つ生きることが楽しくなるだろうから。
「……また夕暮れ見せ忘れちゃったか」
気づいたら過ぎている美しい夕焼け空を思って呟く。
今日は学校だったので仕方ないが、空の美しさをできるだけ早く見せてあげたい。家の中からだけでなく、できれば大気を感じ、風を感じ、空を感じながら世界を浴びてほしい。そのためにも……。
「……」
帰ろう。踵を返し、優理はマンションに入る。
エントランスを抜け、エレベーターを抜け、家の鍵を開けて部屋に入る。
「ただい――」
「ユーリ!!」
「優理君!」
「――ま……」
帰宅、直後。
たたたと玄関に駆けてくる足音としとやかな足音、それと自分を呼ぶ声二つ。
靴を脱ぐより早く、目前に現れたのは銀の髪の少女だった。
瞳の藍色がぐんぐん近づいてくる。急ブレーキを掛けたからか、ふわりと風が吹いて優理の頬を撫でる。甘く爽やかな香りが出迎えてくれた。
「ユーリ、おかえりなさい!」
「うん、ただいま」
にこぱーと眩しい笑顔が可愛い銀髪美少女、アヤメだ。
頭を撫でようとして、外を歩いてきた故に汚い自分を思い出して手を引っ込める。不思議そうな顔をする少女に微笑み、どいたどいたーと緩く言う。声音は五感誤認アクセサリーをフル活用しているので完全に女子のそれだ。
「相変わらずユーリの声は不思議ですね。可愛いです」
「僕――こほん、私っていうか、アクセサリーのおかげなんだよね☆」
「ユーリ、女の子みたいです」
「ふふ、女の子だもん。可愛いでしょー。アヤメちゃんも可愛いよ!」
「えへへー、お揃いです」
「えへへー、お揃いだね!」
おふざけはある程度で止め、誤認機能をオフにしウィッグを外す。
洗面所のウィッグ専用籠に入れて服も脱ぎ捨てた。視線を感じる。
「……ていうかなんでアヤメ付いてきてるの?」
「?だめでしたか?」
「別にいいけどさ……」
耳の横を掻き、もう一つの視線に目を向ける。
「えっと……リアラさんは?」
「あ……すみません、つい付いてきてしまいました」
「構いませんけど……」
「ありがとうございます。……優理君、おかえりなさい」
「はは。はい、ただいまです」
律儀な人だなぁと、この短い間で少しばかり痩せたようにも見えるリアラと挨拶を交わす。
艶めく濡れ羽色の髪はいつも通り頭の横で結ばれ、完璧なお化粧は隙一つない。前回会った時はボロボロだったスーツも新品に輝き、無敵な仕事人感あふれている。ただ少し……全体的にお疲れ気味のようだ。痩せて見えるのも、もしかすれば本当に忙しくて体重が減ったのかもしれない。家爆発したんだし、そりゃ大変だよなぁ……。
リアラに優しくしようと思う優理である。
化粧を落として女装は完全にやめ、置いてある部屋着に着替えてリビングへ行く。
先に戻っていた二人は床に置かれた小さな机を挟んで座っていた。ただし、一方はPC操作用の椅子に膝を抱えて座り、もう一方は無表情で座卓に向かい正座していた。
「え、なにこの空気……」
ピリついた空気に声がこぼれる。
椅子の上のアヤメはむっつりとした顔でそっぽを向き、優理に気づいて顔を輝かせる。手を振るとぶんぶん振り返してきた。なんだ可愛い子犬か。警戒心たっぷりの小動物かと思って損した。ただの子犬だった。
クッションの上で正座するリアラは、無表情で背筋を伸ばしじっとしていた。
姿勢が綺麗過ぎて感心する。優理の気配に気づき、顔を傾けこちらを見てくる。ふわりとした微笑が絵になる。手を振ると頬を赤らめて目を逸らし、ほんの小さく手を振り返してくる。恋する乙女のような仕草はとんでもなく可愛かった。
「……」
しかし、なんだ。
さっきも思ったけど、アヤメとリアラさんとの間に一切会話がないのどうなっているんだ。視線一つ合わないって、喧嘩中?初対面だよ。これはまさか……俗に言う修羅場!?
「えっと、二人とも自己紹介とかって済ませました?」
ちらちら座った二人に目を向けながら問いかける。
答えたのはリアラだった。
「はい。……ですがその、アヤメさんはあまり私が好ましくないようでして」
「ふむん?」
「む、ユーリ!だってこの人、ユーリをたくさん待たせた人です!ずるい人です!悪い服も着た悪い人です!」
「あー……」
頬を掻く。
困惑と謝罪の表情を見せるリアラに首を振り、ゆっくりアヤメに近づく。
むくれてお怒りですの感情をそのまま伝えてくる少女の頭を撫で。
「アヤメ。確かにリアラさんはずるい人だ」
「うっ」
「やっぱりそうなのですね」
「リアラさんはだめな女の人だ」
「ううぅ」
「そうなのですか?」
「うん。だけどね、リアラさんは悪い人じゃないよ。アヤメが良い子なのと同じで、リアラさんも良い人なんだ」
「……そうなのですか?」
「うん。リアラさんとお話してみる?」
「……悪いオバサンたちとは違うのですか?」
「うん。似たような服かもしれないけど、良い人だよ」
「わかりました。……ユーリを信じます」
椅子を降り、とてとてとリアラの正面に座る。
優理はアヤメの横に座――ろうとして、クッションがなかったので立ったままでいた。
「ユーリ。座らないのですか?」
「いやクッションないし」
「なら私のお膝の上に座りますか?」
「膝!?」
「えー。それなら立場逆じゃない?アヤメの方がちっちゃいし」
「逆!?!?」
「私はちっちゃくないです。立派なれでぃーですよ?」
「あはは。はいはい。レディね。どこで覚えたの?その単語」
「ふふん、電子書籍ですっ」
「知ってた」
「――あの、お二人とも、クッションなら椅子の上の物を使えばよろしいかと」
「あ!そうでした!取ってきます!」
「僕が――さすが早いな」
「――取ってきました!」
「ありがとう」
「えへへー」
さらりとアヤメの頭を撫で、二人並んで座る。前にいるリアラの顔がすごく複雑そうでちょっと面白い。あんまり見ない表情なので新鮮だ。
「リアラさん?」
「――いえ。……仲がよろしいんですね」
「あぁ、それははい。アヤメは……ねえ、アヤメって僕の何なの?」
「愛人です」
「あい!?!?」
「いや違うから」
「なら家族です」
「それに近いか。親戚の子みたいな」
「ふふふー、ユーリと親戚です。ユーリ、私とユーリの関係値は今おいくつかですか?」
「えー……五くらい?」
「五……二も増えたんですね。嬉しいです」
「それはよかった」
さっきからリアラが百面相していて、横目でしか見ていないがかなり楽しい。
優理は別に鈍感でも無知でもないので、リアラが多少なりとも好意を寄せてくれているとわかっている。曲がりなりにも家デートを熟した仲だ。優理だって少なからずリアラに好意を寄せている。
もしも優理がちょっと気になっている異性の家に行って、別の男と幼馴染み的に親しく会話をしているのを目の当たりにしたら驚き嫉妬し、そんな自分に落胆もするだろう。焦りもするか。心境的にリアラはそんな状態なのだろうと推測する。
実際、優理の推測は当たっていた。さすがは似た者同士である。ただし、予想を外れたのはリアラが優理の想像以上に高い乙女度を持ち、さらには自らを律せる大人だったこと。
「優理君。関係値とはどういったお話でしょうか?」
「ふふふー、それは私がお答えしましょうっ」
「アヤメ、その前に自己紹介しよう?」
「そうでした!えと……あなたはリアラでしたね!私はアヤメです。今日からよろしくお願いします」
「はい。ご丁寧にありがとうございます。アヤメさんですね。私は朔瀬・
元気いっぱいに頭を下げる少女と、微笑みながら頭を下げる女性と。
美麗な銀髪と艶めく黒髪が揺れて優理は嬉しかった。髪フェチには嬉しい光景だ。
「じゃあお伝えします。関係値とは、です。私とユーリの仲の良さを示したものです!――ですよね、ユーリ?」
「そうだよー」
「いっぱいお出かけして、いっぱいいろんなものを見て、いっぱいおいしいものを見て、一緒に思い出を作っていくと関係値は上がるのです。――ですよね、ユーリ?」
「そうだよー」
「関係値が上がったら私はユーリとお手を繋いだりちゅーしてもらえたりするようになるのです。――ですよね、ユーリ?」
「そうだねー」
「関係値が最大になったら、私はユーリとえっちなこともできるのです。――ですよね、ユーリ?」
「予定だけどねー」
目を見開くリアラ、何故か自慢げなアヤメ、いちいち聞かなくてもいいのになぁと苦笑する優理と、三者三様な顔を見せている。
アヤメの発言に深い意味はない。優理と話して自分なりに解釈したことを言葉にしただけで、不確かだから優理に確認を取っていた。途中から毎回顔を見て確認するのが楽しくなったのもある。
とはいえ、リアラがそれを読み取れるかというとそんなことはなく。
「……」
難しい顔をして黙り込む美人が一人。
彼女の内心は意外にも凪いでいた。優理からはアヤメの素性について特別とだけしか聞いておらず、どういうこと?とは思っていた。が、それはさておき。
重要なのはどうすれば目前の妖精染みた銀髪美少女に対抗できるかである。
「――優理君」
「はい」
「私との関係値はいくつでしょうか?」
「ええ……」
困惑必至の優理である。
思わずリアラの目を見つめるが、堂々と見返されて怯む。一切含むものを持たず、真っ直ぐと綺麗な眼差しだった。その想いはすべて対抗心で埋められているが、優理にわかるわけなどなく。
「……そうですね」
静かに頷く。
真っ当な質問には真っ当に答えようと思う律儀な童貞だ。隣に座るアヤメもリアラとの関係値がどうなのか気になって仕方ない様子だった。
「――あ、そうでした。リアラ」
「え?は、はい。なんでしょうか?」
突然名前を呼ばれ――それも呼び捨て――距離の詰め方に驚く。
リアラの交友関係は"さん"か"ちゃん"付けするものばかりなので、こんな風に躊躇いなく踏み込んで来る相手は新鮮だった。少し気が引けている。
「リアラは悪い人じゃありませんでした。さっきはごめんなさい」
「はぁ……。いえ、気にしないでください。他人に警戒するのは当然でしょう」
「そうですか。……ふむふむ、やっぱりユーリは正しいですね。リアラは良い人みたいです」
「え、はい……。ありがとうございます」
戸惑いを含んだ会話が交わされる中、優理は考え込んでいた。見つめる先はリアラだ。当然彼女は視線に気づいていたが、見つめ返すと恥ずかしいので気づかないフリをしていた。それでも微妙に頬は赤らんでいる。
リアラとの関係値とは。
そもそもの話、優理とリアラの関係はどう言い表せばいい。
収精官と提供者、知り合い、友人、デート相手、公務員と庶民、女性と男性。
あまり的確な言葉はなく、敢えて型にはめ込むなら友人だろう。少なくとも優理はリアラのことを信頼に足る友人だと思っていた。
とはいえ、それはスタートラインに過ぎない。
アヤメの場合出会いからして特殊であり、その素性故スタートラインは"親戚の子供"、"妹"、"従妹"にある。そりゃあ親しみもある。すべて好意全開な行動言動とあの雪妖精的な容姿のせいだ。そりゃあ下心――ではなく、親しみも持ってしまう。
リアラは最近になって優理と関係値を深め始めたところだ。
とすると、関係値は……。
「リアラさん」
「は、はい」
まだまだ優理からの名前呼びに慣れない処女乙女(二十七歳)である。
「僕とリアラさんの関係値は十くらいですね」
「え、それはえっと……」
「えええ!!!?なんでですかーー!?!?」
「ちょ、声大きい。トーンダウントーンダウン」
「むううう!!」
「はいはい落ち着く。説明するからさ」
「……うー」
微かに涙目なアヤメに心痛む。しかし、これは仕方のないことだ。さすがにアヤメとリアラでは過ごしてきた月日に差があり過ぎる。
「あの、優理君。……嬉しいことですが、どうして私との関係値は十に?アヤメさんは十より低い値ですよね?」
「あぁはい。アヤメは五です」
唸って膨れるアヤメを撫でておく。適当な撫ででも、すぐにへらと笑顔になる。可愛い。膨れ顔に戻ろうとして戻れないのか笑顔のまま抗議の眼差しを向けてくる。やはり可愛い。ほんわかする。こちらもにっこりしてしまった。
「ふふ、ええ。アヤメの方が関係値は低いですね。リアラさんは……リアラさん?」
「――はい、なんでしょうか?」
「え、いや。なんでもないですが……」
リアラがむくれて羨ましそうな顔をしていたような気もしたが、気のせいか。平常通りのリアラだ。
軽く頭を振って話を続ける。
「リアラさんとはアヤメより長い付き合いですから。先日のこともありますし、これくらいの関係値はあっていいかなと」
「そう、でしたか――ふふ」
はにかんで、柔らかな笑みを見せる。
優理に精神ダメージ。やはり男を釣るには笑顔だよ、笑顔。
「むぅ……ユーリー」
「はいはい、なに?」
「私とはお手も繋いだのに関係値は低いままなのですか?」
「て!?!?」
「繋いだけど、関係値五も十も同じようなものだよ。最大値は千だし」
「んぅ?百じゃありませんでしたか?」
「よく考えたら百じゃ足りないから千にしておいたんだ」
「……意地悪ですか?」
「あははっ。意地悪なわけないじゃん。それだけ僕とたくさんたくさん、たーくさん思い出作ろうってことだよ」
「……えへへ、ユーリ、好きです」
「ん。ありがとう。僕も好きだよー」
「優理君」
「え、はい」
「私も好きです」
「ふふ、僕もリアラさん好きですよ――――ん?」
「――は、ぅぅ」
気づいたらリアラさんが真っ赤になっていた。いったいどういうことだ……。ついでに余計なことを口走ってしまった気がする。自分の頬も熱い。
何も聞かなかった。何も言わなかった。そういうことにしておこう。どうせ恋だ愛だなんてわからないんだから、深く考えるだけ無駄だ。……アヤメのこと言えないなぁ。
「ユーリ?」
優理の苦笑に気づいたアヤメが不思議そうに見てくる。なんでもないと首を振り、赤くなっているリアラには目線だけで忘れようと伝える。
「……はぁぁ」
目線が合うどころか、リアラは溜め息を吐いていた。これこそどういうことだ……。
謎が謎を呼ぶ。当然のことだが、リアラが恋欲を抑えきれなかった故の自己嫌悪に沈んでいるなぞ優理に気づく余地はない。
「えっと……そうだな。アヤメ、君のことってリアラさんに伝えてもいい。……いや、これはエイラに聞いた方がいいか。その辺どう?」
『回答。朔瀬・C・リアラ様ならば問題はありません。最低限の知識は既に保持している方です』
「えっ」
「……え?」
「?エイラ、二人は何に驚いているのですか?
『回答。互いの認識不足による疑問でしょう』
「そうなんですね……」
優理はリアラを見て、リアラは声の発信源――アヤメの腕に巻かれた携帯を見て。アヤメは物知り顔で携帯を見る。もちろん何もわかっていない。
今のところすべてを知っているのは、現状の人類最高傑作人工知能であるエイラだけであった。
――Tips――
「修羅場」
性欲逆転世界において、多くの女性は男性に対する独占欲を抱えている。それは傘宮優理の前世――普遍世界との比ではなく、この独占欲のせいで一夫多妻制の議論が即否決されたほどだ。
男性数の減少に伴う一夫多妻制、つまるところの男性共有化システムは理想論に過ぎず、現実は女性同士の性生活・イチャラブ生活の奪い合いに発展する未来しか存在しなかった。
また、問題は男性の性機能低下にもあった。性欲の減少は性生活の不具合を齎し、女性一人ならまだしも二人三人を日替わりで相手にできるような豪の者は世界中数えるほどしかいなくなっている。女性が夫を独占したくなるのも仕方のないことである。
無論のこと例外はあり、とりわけ男女共に日々の意思疎通、性交、愛の交換を続け、傘宮優理の言う"関係値"を上げ続け、互いの理解度を高めることで上記諸問題は解決することもあると思われる。
複数の女性と接する男性は常に女性同士の諍い危機、俗に言う修羅場を迎える可能性があるが、それを避ける術もまた用意されている。
必要なのは性欲、深い愛情、恋欲、愛欲、さらには男女の関係値と女性同士の関係値それぞれを上げる努力である。
性欲逆転世界において高い性欲を保持している男性は総人口1億人で1万人以下であり、そこに恋や愛へ深い情熱を捧げられる等、他条件を加えると、当てはまる男性の数は指で足りる程度になる。
あとがき
フォロー感想☆等ありがとうございます。
まだの方は☆たくさん入れていただけるととても喜びます。よろしくお願いします。
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