慌ただしく穏やかな休日。

「……ふー」


 イヤホンを外す。椅子に深く座り、天を仰いで身体を楽にする。

 机の上の携帯を――。


「……アヤメー」

「はーい」


 後ろから声が聞こえる。

 配信疲れを無視して椅子を動かし、視線をベッドに向ける。

 パソコンとはちょうど反対側に位置する場所、お客様用布団は畳まれ、ベッドにうつ伏せで足をぱたぱたさせる少女がいた。――瞬間、優理の脳に実在しない記憶・・・・・・・が甦る。



 それは、優理が■■歳の春。

 既におじさんと呼ばれる年齢になった優理は、長期休みで実家へ帰ってきていた。自分の部屋はそのまま残され、持ち去ったもの以外変化なく置かれていた。掃除も行き届き、両親の気遣いが感じられる。


 一人息子の痕跡をそのままにしておきたかったのか。いつ帰ってきてもいいようにと思っていたのか。わからないが、両親と顔を合わせた時はずいぶんと年老いて見えた。記憶よりも少し……いや、幾らか皺が増えていたように思える。


 溜め息を吐き、優理は椅子に座った。机にパソコンはない。光充電の時計と、簡素な文房具が置かれているだけ。久しぶりの帰省に身を浸し、優理は目を閉じる……。


「――――」


 声が聞こえた。

 目を開ける。


「あぁ。君か。久しぶり」


 優理のベッドで、うつ伏せになり顎を枕に乗せ、足をぱたぱたさせている少女。

 豊かな黄金の髪に、澄んだ青の瞳が美しい優理の部屋に住み着く妖精だった。

 背中よりちょこんと生えた半透明の羽が淡く虹色に輝いている。


「うん。帰ってきたんだ。……悪いね。いろんなところを転々としていてさ。……うん。最後は帰ってくるよ。大丈夫大丈夫。ちゃんとここに帰るから。最悪君が僕のところに跳べばいいでしょ。……うん。魂の契りだから」


 むーっと不満そうな顔で、素早く手を伸ばしてくる少女に腕を差し出す。

 ぺしぺしと手の甲が叩かれる。苦笑し、ごめんごめんと平謝りした。


 こんな時間を、昔はよく過ごしていたなと思い出す。

 自分は年を取ったが、彼女は変わらない。ずっとずっと、綺麗で妖精のような――あぁいや、妖精そのものだった。


 椅子を少し動かし、そっと手を伸ばして少女の頭に乗せた。

 ぱちぱちと瞬きし、無言でこちらの手に委ねてくる。愛おしい時間だった。


 ――ーリ


 誰かの声が聞こえる。

 温かな時間に響く、鈴の音のような声。


 ――ユーリ


 知っている声だ。目の前の彼女と同じようで違う。妖精ではない、妖精のような容姿の少女。金色ではなく、銀色の――――。



「ユーリ!!」


 目と鼻の先にある人間離れした美貌。

 藍色の中に自分の顔が映っている。甘く爽やかな香りが鼻腔に届く。人間の体温が空気越しに伝わってくる。


「ユーリ?」

「うわああ!!」

「きゃああ!!な、なんでしょうか!?!?敵ですか!?」


 急接近に大声をあげる優理と、大声に驚いて騒ぐアヤメと。

 銀の髪を振り回して周囲を見渡すが、当然敵は存在しない。その間、優理は泡沫の記憶を整理しドキドキを抑える。


「……ふぅ」

「……?」


 びっくりして、警戒して、戸惑って。それから頬を膨らませてこちらを見てくる銀髪美少女。可愛い。


「何笑っているんですか?ユーリ、嘘をつきましたね」

「嘘はついてないよ。喋ってないから」

「むぅ……ずるです」


 むくれている。

 拗ねていて可愛いが……。


「ごめんね。アヤメの顔が近くて可愛くて驚いちゃったんだ」

「ん……えへへ、許してあげます」


 さわさわと頭を撫で、ツーンとした表情を笑顔に変えておく。

 やはりアヤメは、むくれているより笑顔の方が似合っている。


「ユーリユーリ」

「はいはい」

「さっきは何を考えていたのですか?」

「えっとねー、夢、かな」

「夢、ですか?」

「うん。遠い昔のね」


 アヤメを撫でながら懐かしむ。

 あれは夢だ。ただの夢。そうあったらいいな、そんな現実だったらいいな、そんな存在がいればいいな。

 現実じゃないから声は聞こえず、姿も朧げ。こじらせていた頃の……今もこじらせているか。こじらせている優理の妄想でしかない。


 儚き童貞の想像力の賜物だった。

 無論、細かい話はアヤメにはしない。できない。


「そうですか。……私、昔がありません」

「そうだね」

「ユーリ」

「うん」

「どうすれば昔は作れますか?」


 ほんの微かに不安が混じった瞳だ。無理と言ってもしょんぼりして頷くだけかもしれない。アヤメのことだから、すぐにでも切り替えて別の何かに興味を持つだろう。だけど、少しであってもこの少女を悲しませるのは嫌だった。


「アヤメ」

「はい」

「これから作ろうか。昔って言うのは、思い出が積み重なって記憶になって、いつか過去を振り返った時に"昔"って思うようになるんだ」

「思い出……」

「毎日思い出を作ろう。手始めに……そうだなぁ。アヤメ、夢はある?」

「え」


 頭を撫でていた手を滑らせ、少女の頬に持っていく。すべすべで、もちもちの肌はいつまでも触っていられる。

 我ながら大胆なことをしているなと思うも、不思議とアヤメに対しては強い羞恥を覚えることがない。きっとそれは、彼女が妹のようであり、幼い子供のようであり、人間離れした可愛さを持っており、懐いてくる子犬のようでもあるからだ。


 まあそれでも女性は女性なので欲情するし性欲も出てくるしエッチなことはしたいと思うけどね、わはは……。

 自分のことながら変態性が高くて悲しい男である。


「夢は……わかりません」

「そっか。難しく考えなくていいんだよ。やりたいこと……それもすぐにはできなさそうだけど、やってみたいことは?」

「えと、えと……シャトーブリアンを食べてみたいです」

「おぉ……」


 おぉ……反応に困る。

 優理にシャトーブリアンの食事経験はなかった。


 きらきらした目に上手い返事は思いつかなかったので、素直にいつか食べようかと伝えておいた。


「他はどう?」

「飛行機に乗ってみたいです」

「いつか乗ろうね。他は?」

「白い砂浜に行ってみたいです」

「僕も行ってみたいなぁ。一緒に歩こうか。他には?」

「星空を見てみたいです。お空いっぱいきらきらな星空」

「どこだったか。星の見える街があったはずだから、いつか行こう。他は?」

「花火が見てみたいです。お祭りも行ってみたいです。浴衣も着てみたいですっ」

「春夏秋冬、全部お祭りあるから全部行こっか。まだある?」

「雪も見てみたいです。わーって飛び込んでみたいです。ユーリも一緒に」

「ふふ、いいよ。二人仲良く雪塗れになろうか。寒そうだけど。他には?」

「お花が見てみたいです。桜、梅、向日葵、紫陽花、牡丹、薔薇……あと、アイリスのお花も」

「うん。そこに金木犀とネモフィラも追加しておこう。僕の好きな花なんだ」

「えへへ、はいっ」

「他にもある?」

「いっぱいありますっ」


 元気に頷くアヤメを見て、優理は柔らかく微笑む。


「ふふ、アヤメ。それが夢だよ。アヤメはたくさんの夢を持ってるじゃないか」

「あっ……私、夢いっぱいだったんですね……」

「うん。夢いっぱいだ」


 しみじみ頷いて笑む少女の頭を撫でる。

 アヤメ当人から言われたわけではないが、配信で少し話して、今も少し話して、改めて思ってしまった。


 この子は、こんな風に天真爛漫に笑っているが、本当に世界を知らずに生きてきたのだ。

 優理が当たり前に知っている街の景色も、美しいと感じる季節の花々も、鬱陶しいと思う夏の暑さも、寒々しいが見ていて楽しい冬の雪も。何も知らず、ただパソコンの画面一つで手の届かないものに憧れて生きていた。


「?ユーリ?どうかしましたか?」

「ううん。なんでもないよ」

「えぅ、えへへ、乱暴に撫でないでくださいー。えへへー」


 ニコニコと笑みを見せる少女に、優理は切なさを胸の奥深くに仕舞い込んで微笑む。

 例え押し付けだとしても、アヤメにはやはり多くを知って、楽しんで、味わってほしいと思う。


 そりゃ世の中汚いことは多いし醜いものだってある。それでも、そんな目に余るもの以上に綺麗なものはたくさんあるんだ。前世よりよっぽど、この世界は綺麗であふれている。

 綺麗な景色を見て、美味しいものを食べて、たくさんの夢を楽しみながら叶えてもらいたい。


 やりたいことはたくさんあって、夢もたくさんあって。


 アヤメは昔がない、思い出がないと気を落としはするけれど、何もない分、空っぽな分だけ新しいものをこれ以上ないほど注ぎ込んでいこう。


 人生は長い。優理は前世含めて四十年以上生きているのに、まだ平均寿命にすら届いていない。

 長い生を、たくさんの夢と共に生きられることは素晴らしいことだ。アヤメには……いつか、昔を振り返って叶えた夢の数を数えてほしいと思う。


「アヤメ、叶えたい夢をいつものメモ帳にメモしておく?」

「あ!します!」


 ヒューン、と風を置いて銀の少女はベッドに飛び乗った。

 体重の軽さからか、ベッドのスプリングはあまり音を立てなかった。


『感謝。優理様、ありがとうございます』

「ん?……え、ん?エイラ?」

『肯定。エイラです』


 PCのスピーカーから小さな声が漏れていた。画面を見ればエイラ――AIEraの文字が薄赤い洒落たデザインの丸アイコンで表示されている。


「……僕のパソコンに入れたんだ」

『肯定。ネットワークを通じて場所を借りています。セキュリティの強化も施しておきました』

「え。ありがとう」

『否定。礼は不要です。優理様はよくアヤメ様に寄り添ってくださっています。この程度当然のことです』

「うん……それでもありがとう。嬉しいことしてもらったら、感謝するのは普通だからね」

『理解。優理様。ありがとうございます』

「ふふ、それは何のお礼?」

『回答。アヤメ様の笑顔を守ってくださったことです』

「あはは。うん。そうだね。アヤメは笑顔が似合うから」

『肯定。アヤメ様には笑顔が似合います』


 銀色の少女を優しく見守る二人は和やかに時を過ごす。少女が舞い戻ってくるまで、ほんの一、二分。優理も味わったことのない、映画の中のような穏やかな朝の時間だった。



 夜。

 休日の時間はあっという間に過ぎていく。それもやることがたくさんあるなら尚更だ。

 配信者や学生として忙しい優理であるが、最近はそういった慣れたアレコレとは違う忙しさを味わっていた。


 今日もまた、朝起きて配信を終えてから多くのことを熟した。



「このソフトはね。一応マニュアルがあるのさ」

「ふんふん。……わかりません!」

「ははは……だと思いました。しょうがない。僕が手取り足取り腰取り教えてあげよう」

「腰取り……?」

「そこは聞き流していいから」


「お昼は生野菜食べようと言ったね。はいこれ、レタスとキャベツとキュウリ」

「緑色いっぱいです……!」

「ふふふ、洗って冷やしてあるから美味しい……いや美味しいか?ま、まあ美味しいから食べてみよう。まずはそのまま」

「はい!はむ…………ユーリ」

「なに?」

「……にがいです」

「ええ……」


「えー、これからお掃除をします!」

「はーい」

「アヤメって家で掃除とかしてた?」

「いいえ。しなくても綺麗なままでした」

「さすがにそれは……エイラ?どうなの?」

『回答。アヤメ様の自宅は一定間隔で空気清浄が行われ、浴室や洗面室では自動洗浄が行われていました』

「普通に羨ましいな……。まあいいや。この家は浄化機能なんてないので、お掃除します」

「はい。頑張りますっ」

「面倒くさいけど、二人になって埃も汚れも溜まるの増えるだろうからね。一緒にやっていこー」

「はーいっ」


「じゃーん。ここにアヤメの衣装棚を作りましたー。というか僕の服どけて空けました。今日からここ使ってね」

「わ、ありがとうございます。えへへー、ユーリ好きですっ」

「ふぉぉっ!?僕も好きだよ!だけど離れようね!というかいったんはな、れて!」

「ど、どうして押しやるんですかー!?」

「いいかいアヤメ。僕らの関係値はそこまで高くないんだ。嬉しくなった時はハグより手を繋ごう」

「――はっ!!そ、そうでした!私とユーリの関係値はまだお手を繋ぐところでした。お手を……手を……ユ、ユーリ!や、やっぱりお手を繋ぐのはまだ早いです!」

「ハグはよくても手を繋ぐのは恥ずかしいのか……」


「ユーリのお洋服はたくさんありますね」

「まあね。男物と女装用とで二人分買ってるから多いのさ」

「私、まだ優理の女性服姿は見ていないです」

「……え、なにその目。見たいの?」

「見たいです!」

「まあいいけど。――あ、ついでにお化粧もちょっと教えてあげようか」

「はいっ!えへへー、一緒にお化粧楽しみです」

「はいはい。まさか女の子と並んで化粧することになるとはなぁ。人生わからないもんだ」


「今日のお夕飯はどうするのですか?」

「これを作ろうと思います」

「それは……なんでしょうか?」

「アヤメが苦いと文句を言ったレタスを使った炒飯の素です」

「うっ……も、文句は言っていませんよ?」

「ふふ、はいはい。別に責めてないよ。レタスも美味しいってこと教えてあげる。ていうか、マヨネーズ付けたら美味しかったでしょ」

「……私はキャベツの方が好きでした」

「お、僕と同じ。仲間だ」

「そうだったのですか?嬉しいですっ」

「ちなみにエイラはキャベツとレタスどっちが好き?」

『困惑。エイラに好みは存在しません。強いて言うならば、アヤメ様の好みがエイラの好みになります』

「じゃあ僕ら三人とも仲間だね。いえーい」

「えへへ、仲間ですっ」

『肯定。仲間です』



 アヤメとの慌ただしくも楽しさに満ちた時間を過ごし、時計の短針は"7"の数字を過ぎて"8"とのちょうど中間地点に達していた。


「ユーリ……っ」

「うん。わかってる。リラックスしてね」

「はい……ぁ♡」

「っ、どう?大丈夫そう?」

「は、ぃ。前の時より、すごくきゅぅって……はぅ♡」

「そっか……じゃあ……えっと……」

「ユーリ、は、早く次をおしえてくださいっ」

「え、う、うん。そうだね。次は……痛くない程度に指を動かそうか」

「ふ、ぅうう♡ぁんんっ、ユーリぃ♡」

「っ……」


 二人が何をしているのか。

 別に変なことをしているわけではない。ただのマッサージである。


 ベッドルームとリビングルームの薄い引き戸を挟んだ先で、片や布団でもじもじとし、片や膝を立てて心頭滅却と胸中で唱える。


 おかしなことはしていない。

 人間的に、生きるうえで抱え過ぎればストレスとなってしまうものだ。言うなればこの行為はストレス発散。アヤメのストレス発散行為以外の何物でもない。

 優理にとっては少々……いやかなり精神力を必要とするものかもしれないが。


 以前のように言葉にキレはなく、訥々とした話し口で指示をしていく。

 顔を赤くして心臓の高鳴りを無視する優理とは対照的に、アヤメはやんやんと心のままにストレス解消行為を楽しんでいた。


 ざっと一時間ほどだろうか。

 言葉の応酬は続き、嬌声が途絶えた後は甘ったるいやり取りが部屋に響く。


「ユーリ。好きです」

「うん」

「好きですー」

「うんうん」

「ユーリもちゃんと好きって言ってください」

「アヤメ、好きだよ」

「えへへー。扉開けてもいいですか?」

「だめ」

「どうしてですかぁー」

「今アヤメの顔見たら僕が大変なことになるから」

「んふふー、えへへー。ユーリもえっちしたいんですね」

「……アヤメはずるい子だ」

「ふふふー、いつもはユーリがずるなので、今は私がずるです」

「……はぁ。僕の性欲はどうすればいいのさ」

「えー。私がお手伝いしますよ」

「それは関係値が低いのでだめ」

「むー。じゃあ私が指示してあげますっ」

「それも関係値が足りないのでだめ」

「むむぅ。じゃあどうするのですか?」

「そうなんだよねぇ……。どうしよう?」

「やっぱり私がお手伝いしますっ」

「だめ。……アヤメ、ちょっと僕適当に済ませるからエイラとお話してて?いい?」

「構いませんけど……そっちに行っちゃだめですか?」

「来たら今日はもう口利いてあげません」

「うぅー、ずるいですー……」

「すぐ済むから待っててよ」

「んぅ……ご褒美はありますか?」

「うーん……じゃあ肩車してあげる」

「えっ!嬉しいです!待ちます!!」


 ぱたっと音がして、アヤメが立ち上がった気配を感じる。さっきまでの行為を考えると、今のアヤメは全裸――――。


「――じゃあちょっと待っててね!!」

「はいっ!」


 さ、っと床から立ち上がり急いで椅子に座る。

 瞬間凍結用の精子保管容器を用意し、準備万端な自分を見下ろし服を脱ぐ。今日の友はアヤメの痴態――はさすがに後が気まずいので、世の中に溢れる圧倒的に再生数の少ない音声作品にする。


 この世界、エッチ動画もエッチ音声も性欲の強い女性が多いせいで数え切れないほどある。その手のネタは前世と比較にならないレベルで豊富だ。デメリットとしてはほぼ全員本物の男との経験がないため、自慰行為以外の作品は限りなく少ないこと。あっても微妙に優理の知っているソレコレと違って、これは嘘だ!と見抜けて萎えてしまう。


「――――……はぁぁ」


 疲労感。

 だらりと力を抜いて椅子に背を預ける。


 ぼんやりだらっとしていると、色々考えていたことがくだらなく思えてくる。

 心が凪いでいる。今ならあらゆるものをフラットな目で見られそうだ。もう夜だ。あとはシャワーを浴びて寝るだけ。明日はまた大学、明後日も。その次はモカの家に行く日か。アヤメにはそれとなくしか言っていないが……まあ大丈夫だろう。


 アヤメに肩車すると言ってしまったが、あの体重を支えられるか不安だ。というか、天井に頭が届いてしまわないか。ぶつかったら可哀相だ。それなら外に出てもいいか。しかしでも、アヤメは外出できるのだろうか。エイラに聞いてみよう。


 他にやることはあったか。なかったような気もするし、あったような気もする。

 あぁそうだ。リアラさんに五感誤認アクセサリー頼んだんだ。アヤメ用で頼んだが……どうだろう。追加でもらえるのだろうか。説明は必要か。なら明日……明後日か。あの人も色々忙しいからなぁ。家とか見つかったのかな。新居。家財も全部燃えたら……自分がそうなったら結構きつい。


 というか家燃えたら、カードとかも作り直しか。携帯も手続き必要だし、火災保険とか?賃貸なら色々あるだろう。それにアレか。火事って確か警察に行ったりもしないといけないのか。知らないけど。

 本当……前世も今世も災害には縁なくてよかった。死因ってなんだったけ。


「……」


 どうやって死んだんだっけ。いやまあどうでもいいか。両親は看取った気もするし、わからないけどたぶん看取った。


 あー。でも……。


「……冷凍しとくかぁ」


 とりあえず冷凍庫に入れよう。いやその前にアヤメに声かけておいた方がいいか。


「アヤメー」

「はいっ!」

「もういいよ」

「はい」


 かららと戸が開かれ、アヤメがリビングにやってくる。


「――――」

「ん、アヤメ?」


 入ってきたアヤメは無言で優理を見つめている。視線が固定され、目はまん丸に見開かれている。頬が紅潮しているのはさっきまでの出来事……にしては時間が経っているような気もする。


「ゆ、ユ、ユーリ!!」

「え、はい」

「それが男性生殖器ですか!?!?」

「――あ」


 微睡んでいた意識が急速に覚醒していく。

 安らぎ賢者タイムが終わり、ぶわりと身体が熱くなる。冷や汗の気配を感じる。


「アヤメストォォォップ!!!はい振り向いて!!」

「わ、は、はいっ!!」

「……おーけー。そのままだ。僕は後処理するから、そのまま待っててね。ベッドルーム戻ってもいいよ」

「えと……ここにいます」

「そ、そう……うん」

「ユーリっ」

「なんだい」

「このお部屋、不思議な匂いがしますね!」

「うわああ!?もう言わなくていいよ!!!」


 小走りで冷や汗を流し後始末を済ませる優理と、顔を赤くしながらもニコニコ笑うアヤメと。

 二人の同居生活は、まだ始まったばかりだ。





――Tips――


「ストレス解消行為」

性欲逆転世界において、女性の多くは過大な性欲に悩まされ生きている。

日々溜まる性欲は上手く処理しないと集中力が阻害され、隙あらば思考が煩悩に汚染されてしまう。

性欲を別の欲(食欲他)や行為(筋トレや運動)に転化することでストレス解消を行う者も多いが、それだけではどうしても限界がある。

そんな時に行われるのがストレス解消行為(変な意味はない)である。主に性的悦楽を得ることで性欲沈下を狙う行為を指し、基本的には自身の胸部、及び下腹部に手指を当てて行う。

得られる快楽は少々の依存性もあるため、過度な解消行為は逆にストレスを増す要因ともなる。

また、異性とのストレス解消行為は単純なストレス解消以上に、精神の安定と圧倒的な多幸感、心身の充足を齎すとされ、多くの医師が推奨している。

しかし性欲逆転世界の男女比は1:10なので、誰もが嬉し恥ずかし幸せエッチを享受できるわけではない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る