第12話アレイオスとドラゴン
夜明け前の暗闇の中、ファイポの灯りもつけずにアレイオスの運河を草舟に布を被せて、身を隠して進んでいく。
幾何学模様に計画された運河で水先案内をしていくれているのは、カリンだ。
水の魔法を操って、舵を取っていく。どうやっているのか、かなり高度な魔法だ。
3年ぶりに会うカリンは、暗い色のローブのせいもあるけど、雰囲気がずいぶん大人になっている。あどけなさより、凛とした美しさが優っている。緊迫した空気の中、厳しい表情の横顔がフードの合間から見える。
俺とカリンは、再会を喜び合う余裕もなく、アレイオスの入り口で草舟に無言で同乗して、息を殺して静かにゾゾ派の秘密のアジトに向かう。
アレイオスにもエレム排除派の暗殺者が多数潜り込んでいるらしい。
今夜、俺がアレイオスに来るのを狙って、船を襲撃する動きがあって、囮の草舟が運河にいくつも流されている。
陽動も含めて、かなりの人数が街中で警備をしているらしい。
実際に、小さな戦闘も起こっているようで、物々しい雰囲気になっている。
グサッ
流れ矢が草舟の縁に突き刺さる。
「あぁ!エレム坊ちゃま、私、怖くて」
「パナニ、大丈夫。今は信じて進むしかない」
「ですが。。。」
カリンが口に指を当てて、こちらを覗き込む。
「静かに」
震えるパナニの背中をさする。
大丈夫。きっと大丈夫だ。
草舟の準備といい、ゾゾ長老が事前に事態を想定して周到な計画を立てているんだから。
上から被せた布の隙間から見えるアレイオスの街並みは、闇の中でも分かるくらいテーマパークのようにカラフルだ。陽が登れば、さぞ、楽しくて美しいに違いない。
草舟を操るカリンをじっと見つめる。草舟ではなく、水の流れを操るイメージ。曲がる時は、曲がりたい方の水の流れを遅くするみたいに。
カビ臭い暗い水路のトンネル中を行く。関所のように見張りの魔法使いがいる門を通る。通り過ぎると水路が石の扉で閉じられる。セキュリティがすごい。
トンネルを抜けると地下に大きなスペースが広がっていた。複数人が灯りを持って、船着場で草舟を待っている。
カリンもファイポでたいまつを点ける。
カリンがフードを外して、やっと安心したような顔をして、ふぅっと息をする。
白い肌に金色の髪が広がって、花が咲いたみたいに華やかだ。
「エレム、着いたわ。もう大丈夫よ。ようこそ、アレイオスに!
それにしてもエレム、背が伸びたわね。筋肉もついて、ゴツくなったわね。見違えるくらい逞しくなったわ」
ニカッと笑うカリンにドキドキする。
たいまつ灯りを映して、目がキラキラを輝いている。やっと向き合って話せた。張り詰めた緊張が緩んで、ホッと生きた心地がする。
10メートル以上はありそうな巨大な石柱がいくつもある。最近作ったというよりは、大昔からここにあるみたいに見える。
あちこちにある真っ暗な闇に続く洞窟への入り口には、木で柵がしてあり、立ち入り禁止と書いてある。
「あ、ありがとう。カリンも、すごく、す、素敵になったね」
「ふん!もっと褒めてもいいのよ?ま、まぁ、いいわ。背は抜かされちゃったわね。ちょっと悔しいな」
「そう?ほとんど背も同じくらいだよ。
カリンの船を動かす魔法、すごかった!どうやってやってるの?」
「ふっふっふ。すごいでしょ?あたしが考えた魔法なの。ボトラって名付けたわ。
ボトラで船を動かすのは、まだ、あたしと数人しかできないのよ」
「す、すごいね。かっこよかった。ここがアジトなの?」
「そう。ここがアジト。ゾゾ派の地下研究所アゴラスよ」
「なんで地下なの?」
「マジポケ魔法院は、伝統学派が牛耳ってるの。王族や貴族に媚を売って、腐っているわ。特に、ガナシェ伯は最悪だった。あの変態エロ親父。
ゾゾ派を目の敵にしてくるの。研究を盗んだり、ひどいことばかり。
ゾゾ派専用の秘密の研究施設が必要だったのよ」
「秘密の研究施設。すごいな。
それに、なにかの神殿みたいだ。こんな場所があるなんて」
「この地下の部分は元々あった古代遺跡を利用しているの」
こ、古代の地下遺跡?壁に書いてある文字のような模様は。。。読めない。人類の知らない歴史が関係しているのかな。コウモリが何匹も天井に逆さにつかまっている。
「夜は、お化けがでるって話よ?」
「え?お、お化け?!そ、そうなんだね。精霊に関係してるのかな」
「お化けは、ただの噂よ。ビビった?」
「ち、ちょっとね。船着場にいるのは?」
「船着場にいるのは、ゾゾ派の魔法使いたち。上にはポンチョさんもいるわ。地上の建物は、アレイオスの総督府になっているの」
「総督府の地下に、秘密の研究施設があるなんて。。。」
カリンが急に耳元で小声で話す。
「朝日が昇ったら、分からないように扮装して、こっそり街に行きましょ。朝市に美味しいものがたくさんあるわ。すごい人出と活気なのよ」
耳元にカリンの温かい息がかかって、くすぐったい。つい恥ずかしくて赤面してしまった。
「ありがとう。そうだね。安心したらお腹空いたよ」
カリンが優しく微笑む。
「そうよね。みんなお腹空いているでしょう。何か食べれたらいいんだけど」
草舟がゆっくりたいまつが灯る船着場に停まる。
赤い髪の魔法使いがゾゾ長老の手を取って、船から桟橋に案内する。
「お帰りなさいませ。ゾゾ長老。皆様、お怪我もありませんか?」
「メルロ、出迎えありがとう。なんとか全員無事じゃ。
主要なメンバーは、揃っておるかな?」
「ゾゾ長老、もちろんです。
少し休まれますか?」
「ヒッヒッヒ!休む?何を言っておる!ワクワクして、居ても立っても居られんわ!状況を報告したい!広間に皆を集めるんじゃ!」
「かしこまりました。
あと、ソトム国の使者の方も来られています。使者はキーラと名乗っておりますが。
どう致しましょうか?」
「ソトム国からの使者も通せ。あのキーラか。先手を打ってきたな。流石は、賢王パピペコじゃわい。そうは言っても、動きが早すぎる気もするが」
「承知しました。
お水と何か軽食をお持ちしましょうか?」
「そうじゃな。メルロ、砂糖漬けポムルス入りのパンを5つ持ってきておくれ。
草舟の皆にも食べさせてやろう」
酸っぱすぎるポムルスだけど、砂糖漬けなら美味しそうだ。それに、めちゃくちゃ元気が出る。ウヒヒヒ。
それにしても、ゾゾ長老、元気すぎる。石造の螺旋階段を上にさくさく上がっていく。なんて足腰の強さだ。
あっという間に地上3階くらいまでやってきた。
そこには500人は入れそうな大理石の真新しい大広間があった。かなり豪華な造りだ。
メルロさんがポムルスのパンを持ってきてくれた。10人は座れそうな大きな丸いテーブルでパンを食べることになった。
「こちらをどうぞ。焼きたてではないんですが。
このパン、日持ちもするし、ロールパン1つで人夫が1日中モリモリ働ける奇跡のパンなんですよ」
一口かじってみる。
「お、美味しい!これは、毎日食べても飽きない味!」
「カッカッカ!いけるじゃろう?
草舟の素材を使って、ポムルスを大量生産する計画なのじゃ。アレイオスの名物にしようと思ってな」
夢中でパンを食べて、最後の一口を味わった。小さなパンなのに、不思議と満足するし、幸せな気分だ。
ポンチョさんと40歳位の女性魔法使いがやってきて、ゾゾ長老にお辞儀をしている。
「フラザード、ポンチョ、よく来てくれた。
ソニレテは、どこじゃ?」
おお!この人が天才魔法使いフラザード!カリンの手紙に書いてあった通り、かなり目力のある美人だ。
「ご無事で何よりです、ゾゾ尊師。騎士団長ソニレテ、副団長ガンダル、ここにおります」
ソニレテ団長の後ろにはガンダルさんまでいる。というか、ゾゾ長老のボス感が凄すぎる。いや、実際にボスなんだけど。
「よし。面子は揃ったな。
円卓に座るんじゃ。状況を説明する。各国の動きも教えてくれ」
それからドラゴンの目覚めや新種の魔獣について話し合われた。ファラム国は大混乱だ。
飛竜が上空に何頭も群れをなして飛んでいるのを何人もが目撃している。
王都シャーヒルでは、人々が不安のあまりパニックになっているらしい。そりゃそうだ。
対照的にアレイオスは落ち着いている。想定した事態がいよいよ発生したという雰囲気だ。
ソニレテ団長が説明を続ける。
「混乱に乗じて、エレム排除派の戦闘員がアレイオスに入っております。
ガンダルとヤードルが何人かと交戦、捕獲しています。
この事態に備えて、エレム保護派で忠誠心が厚いものだけを私の騎士団配下に100人集めております。
他の騎士団長4人と騎士400人は王族、貴族と関係してるので、王都に残ったまま。
率直に申し上げて、王都は混乱を治める能力を欠いています。国王は、王族、貴族の顔色をうかがってばかり。騎士団を含めた5000人の正規軍は、統率が取れていません。
すでに住民5万人の王都シャーヒルから数千人がアレイオスに避難してきております。おそらくファラム国全土から数万人規模になろうかと」
ザルムが腕を組む。
「そんなに大勢の避難民の食糧なんて。備蓄が足りないぞ」
ゾゾ長老がニヤリと笑う。
「ポムルスのパンの出番じゃな。
生産工場を急がせるのじゃ。クヒカ、よろしく頼むぞ」
「草舟を無事回収できて、本当によかったわ。
魔法使い100人でポムルスを1日5000個を生産できる予定よ。
工場が完成すれば、ポムルスのパン1日50000個は作れる。
今年は、小麦が豊作だったから、充分冬を越せるはずよ」
「ヒッヒッヒ!さすがクヒカじゃ。
タイトスについてはどうじゃ?」
ポンチョさんが地図を円卓に広げる。
「ドラゴンの進路はガルダ国よりもソトム国に向いている様に見えます。まっすぐ進めばですが。
これを見て、ガルダ国の蛮勇王ガラガラがどう出るか」
「それを伝えにきたのじゃろう?Sグレードの魔法使い、魔法大臣キーラよ」
「ゾゾ長老、ご推察の通りです。私のこともよくご存知のようで?」
「カッカッカ!ゾゾ派の情報網を甘く見るんじゃない。ソトム国で初めて水の魔法を成功させた男を知らぬわけあるまいよ。最近は、行方不明になっていたと聞くが?」
「実は、ガルダ国に潜伏して、タイトスについての情報収集と蛮勇王ガラガラの動向を把握しておりました。
我が王パピペコ様は、有事の際は私の考えで動けと指示されました。
私の独断でゾゾ長老を頼ってまいりました」
「ふむ。賢王パピペコは、よほどお前さんを信頼しているようじゃな。
王都シャーヒルを素通りして、アレイオスのわしを訪ねてきたのには、考えがあるのだろう。
聞かせてみよ」
「はい。それでは。
蛮勇王ガラガラは、一気に、ファラム国に侵攻して、王都シャーヒルを陥落させるつもりです。
そうなった場合、ガラガラの次の狙いは、アレイオスになるでしょう。むしろ、本当の狙いと言ってもいいかもしれません」
ええ?こんな時に戦争を仕掛けるなんて!
「蛮勇王ガラガラは、ただでさえ、ファラム国への侵攻の準備を整えていたからのぅ。ガラガラの真の目的は、このアレイオスか。強欲なやつじゃ。
しかし、これはわしらにとってもチャンスじゃ。新しい時代が始まったのじゃ」
「その通りです。
我が王パピペコ様は、私に、ソトム国だけではなく人類の
存亡を第一に考えよと、おっしゃいました。
人類同士で争っている時ではないのです。
アレイオスは人類の希望でもあります。そして、精霊と話ができるエレム殿も」
お、俺も。そうだ。俺もできることがあるはずだ。
ゾゾ長老の目がギロリと光る。
「そして、キーラ、お前は、エレムを連れて大地の割れ目に行きたい、というわけか。
北の魔獣の森を越えて?」
キーラさんは年齢も性別も良く分からない。ただ、美形なのは間違いない。
「ゾゾ長老には、何もかもお見通しでごすね」
「カッカッカ!他にも秘密の任務を沢山抱えておるくせに。ま、今のところ味方かどうかはともかく、敵ではないんじゃろう」
「立場上全てを話せないことをお許しください。
今は、できるだけ早く大地の裂け目で土の精霊アスチの助言を聞くべきかと」
クヒカが驚く。
「そんな無茶な。
魔獣の森にはまだまだ、未知の強力な魔獣が潜んでいます。
危険すぎます!」
ソニレテ団長が慎重に話す。
「しかし、ガルダ国を避けていくには、北の魔獣の森を抜けるしかない。
誰も北の魔獣の森を抜けると思っていないなら、チャンスになりえるな。
無事抜けることができたら、の話だが」
ポンチョさんもかなり後ろ向きな表情だ。
「残念ながら、無謀な計画としか。。。
最弱と言われる炎犬の討伐もまだ成功していません。魔獣に対抗するための力が、あと一歩まだ成熟していない。。。」
俺は勇気を振り絞る。俺は、もう3年前とは違うんだ。
「俺は、炎犬を倒せる。炎犬ならだけど」
全員が一斉に俺を見る。
カリンが真っ先に口を開いた。
「それで炎犬はもう倒したの?」
「まだだけど。。。できるんだ!」
「ふん!話にならないわ。ゾゾ派の魔法使いが何度か水魔法を炎犬に試しているわ。あたしだって。
まだ、誰も成功していないのよ?」
ゾゾ長老がひょうひょうと、あっさりと言った。
「わしは、もう何匹か倒したぞ。川の対岸からの水魔法じゃったから、骨は拾いにいけなかったが。
エレムならいけるじゃろ。それに、皆もできるはずじゃ」
ポンチョさんが慌てている。
「え?!ゾゾ長老!本当ですか?そういう大事なことは先に言ってください!」
「すまんすまん、言い忘れておった。そう言えば、クヒカにしか言ってなかったな。
魔法使いを集めよ。
炎犬を倒した水魔法を教える。
キーラ、お前さんにも見せてやろう。
一度見れば、できるはずじゃ」
メルロさんが小走りでゾゾ長老に近寄って、ゾゾ長老に耳打ちする。
「なに?海上に正体不明のドラゴン?
しかも、アレイオスの入り口に炎犬、上空に飛竜が?
なんてことじゃ、もう世界は、止まらない大きな潮流に飲み込まれておる!」
ザルムが重い口を開ける。
「すでにアレイオスの総督としての任命を受けている。
叙任式はまだだが、有事の際は形式にこだわらない決まりだ。
総督府として、避難民、ドラゴンと魔獣に対処する。
ソニレテ団長、ゾゾ長老、お力添えください」
もう世界は大きく変化している。やっぱり目覚めたのはタイトスだけじゃないんだ!
俺はもう、逃げるのは嫌だ。戦って、現状を変える。それしかない。
炎犬も倒せるはずだ。
「俺も行きます。炎犬を倒しに!」
ソニレテ団長が少し興奮気味に剣の柄に手をかける。
「騎士団100人、暗殺者の排除と避難民の保護の任にあたります」
キーラさんも不敵な笑みを浮かべている。この人、相当な強さなんだろう。
「私も炎犬討伐にお力添えしましょう」
クヒカも楽しそうだ。
「工場でパンを大量の焼くには、炎犬の骨が必要なの。
炎犬を倒したら、必ず骨の回収を」
ゾゾ長老が立ち上がる。
現役復帰していると言っていい。100を超える年齢など誰も気にしていない。名実ともに人類最強の魔法使いミョシル・ゾゾ。
ゾゾ長老が両手をバンッとテーブルに打ちつけて、目をまんまるに見開いて、全員の顔を見渡す。
「カッカッカ!
ザルムがいれば、アレイオスは安泰じゃ。
わしは、好きに動かせてもらうぞ。
ガンダルはこっちにおいで。
腕に覚えのある魔法使いは、わしについてこい!実戦で見せてやる。魔獣どもに人類の底力を見せてやるわい!」
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