第13話炎犬討伐は死の香り
夜明け前、アレイオスの入り口の門前に炎犬が10匹いる。
お、多いな。
こちらはゾゾ長老をはじめとして、フラザードさん、キーラさん、ガンダルさん、カリン、俺。他の魔法使いは地下研究所アゴラスに残してきた。炎犬に対して数でも負けている。
炎犬のおかげで辺りは明るく灯されている。地面が焦げる嫌な匂い。炎犬の匂いは、死の香りだ。3年前が頭によぎる。飛竜も他の魔獣の姿も見えない。
「ほーら、やっぱりエレムの水の魔法、炎犬に効かないじゃない。水の壁で炎犬の炎を防げたのが進歩ね。それくらいあたしにもできるけど」
くっ。カリンに何も言い返せない。悔しいけど炎犬を前にして、誰も有効な攻撃ができていない。フラザードさんとキーラさんでさえ、水の壁で皆を守るので精一杯だ。
時折、水弾や水の刃を当てるが、全く効かない。
炎犬がタイミングを変えて3匹ずつ炎の波状攻撃を仕掛けてくる。地獄だ。
フラザードさんが悲鳴を上げる。
「もう限界です!このままでは、全滅する!」
ゾゾ長老が鬼のように厳しく叱咤する。
「弱音を吐くんじゃない。
ほら、水の壁が足りないよ!頭を使って攻撃するんじゃ!
最弱の魔獣より、さらに弱いままでいいのか?!」
普通ならもう全滅している場面だ。まだ生きている分、3年前の炎犬との敗戦から少しは進歩している。でも、炎犬を倒すには、まだ圧倒的に力が足りない。
ゾゾ長老があくびをしながら、呆れている。
「だめじゃ、だめじゃ!
まったくだらしないったら、ないね!
そんなんじゃ、100年たっても炎犬など倒せんわい。
ほれ、死ぬこと以外はカスリ傷じゃ。
もっと粘らんかい!工夫するんじゃ!」
フラザードさんが水の壁の隙間から炎犬の炎を受けてしまった。左の肩が燃え上がる。かなりの火傷を負ったはずだ。
「くっ!まだまだ!」
また、水の壁作り直していくけど、もう限界だ。
「ヒッヒッヒ!では、わしの出番じゃな。
いいか。炎犬の骨は、鉄の強度に近いほど頑丈じゃ。
水の刃や水弾を当ててもびくともせんよ」
ゾゾ長老の言う通りだ。それに防戦一方では、こちらが不利だ。
「アクアウ様が傷一つつけずに、炎犬を倒したことを思い出すんじゃ!そのサンプルを研究したじゃろう?
炎犬を倒す方法は、3つ。
まずはこれじゃ。
最初だけ、詠唱付きで見せる。一回で覚えろよ?
水よ集まり、塊になれ!アクアーボ!」
炎犬の1匹が、あっという間に水に包まれて水球の中で一瞬もがいて、すぐに息絶える。
すごい!瞬殺!
水球がバシャンと弾けて、びしょびしょで横たわる炎犬。
あの時と一緒だ。そうか、溺死!
「そう。炎犬は泳げない。
水に囲まれるとすぐに溺れてしまうのじゃ。
驚くのはまだ早いぞ。
ついでに見せてやろう。それ!」
今度は、無詠唱どころか無言で3匹の炎犬をポンポンポンと一気に水球で包む。炎犬がなす術もなく簡単に溺死する。
無双だ。強すぎる。炎犬が雑魚に見える。
SSグレードは、魔力を扱うスピードや威力が桁違いだ。
しかも、この魔法、対人戦闘でも強すぎる。鼻と口に水を集めたら、人間なんかすぐに死んしでしまう。ゾゾ長老が味方というか身内でよかった。
「わしなら一気に何十匹か倒せるわい!ヒッヒッヒー!
あとは、水の刃の攻撃力を100倍くらいにした、わしの水の刃で関節を狙えば倒せんこともない。ほれ!」
炎犬が一瞬で多数の強力な水の刃でズタズタになって、5匹目の骨が横たわる。
「じゃが、これはSSグレードでやっとできるくらいじゃ。効率が悪い倒し方じゃな。
残りの炎犬は、お前たちに置いておいてやろう」
水の刃で倒すアイデアは悪くなかったということか。でも、全然スピードが足りないんだ。
「そして、もう一つの倒し方を教えてやろう。
試すのは初めてじゃが、多分いけるじゃろ。
ガンダル、水の鎧を出すんじゃ」
「は、はい!水の鎧!」
アクアウ様から水の魔法を授かった時、ソニレテ団長、ガンダルさん、ヤードルさんは、魔法が使いこなせるようにならなかった。
なんど練習しても、水を武器や防具に纏わせるくらいしかできない。
「貧弱、貧弱!まったく相変わらず貧相な水の鎧じゃ。ガンダル、進歩がないぞ。そんなんじゃ、一瞬でまた黒焦げになるわい。
エレム、お前はガンダルと組め。ガンダルの体に水の壁を着せるんじゃ。
ガンダルは、水の壁の水中で息を止めて炎犬に突撃。
水魔法をかけた斧槍で押し潰すのじゃ。
炎犬の関節を狙え。関節部分は、それほど強くない。斧槍でぶった斬れるはずじゃ。
ほれ、ガンダル、先に走れ!」
指示を終えると、ゾゾ長老がポムルスをポケットから出して、シャリっとかじる。
「エレム、命を預けるぞ!」
ガンダルさんが、迷いなく走り始める。
「はい!!!」
こっちは大変だ。
なんてめちゃくちゃな戦法なんだ。
早くしないと!
炎犬が容赦なく炎を吐く。
「水の壁よ、ガンダルさんを守れ!」
鬼の形相で突撃するガンダルさんを水の壁が包む。
さらに炎犬が炎を吐いて、水の壁が目減りしていく。
「水の壁よ、もっと!!!」
水の壁がガンダルさんを守る。
でも、水の中ではガンダルさんが上手く動けない。
「ヒッヒッヒ!いいぞ。
エレム、水の中のガンダルを動かすイメージじゃ!」
どう言う感じ??こんな感じか?
カリンが船を動かしていたみたいな感じかな。カリンにボトラを教えてもらえばよかった。
いや、少なくとも一度この目で見た。ゾゾ長老の口癖を思い出す。見たら、一回で覚えろ、だ。
水中で自由自在に動くガンダルさんをイメージする。頭中でイメージができては、崩れる。目の前の現実と一致しない。
いや、まだまだ!
水の中をぎこちなくガンダルさんが動きはじめる。下手くそな操り人形みたいにしか動かせないけど、動かせた!
こんな感じか!行け!
ガンダルさんの斧槍が水を纏ったまま、炎犬を押し潰す。
ガキィィン!!!
斧槍が炎犬の骨に当たる。
それでも炎犬が、よろめいて倒れる。それからゆっくり起き上がって、もう一度、炎を吐こうとする。
俺に剣術の経験があれば、ガンダルさんをもっと上手く動かせるのに!
ガンダルさんが斧槍を炎犬の口に突っ込む。
めちゃくちゃだ。だけど、炎犬のアゴが外れたみたいだ。このままじゃ、水の壁もガンダルさんの息も持たない!
ガンダルさんが水を纏った斧槍でもう一撃振り下ろす!
ガンダルさんは、諦めていないんだ!俺だって!
水よ!斧に速さを与えろ!!!
ゴキン!!!!
さっきより鈍い音がして炎犬の胴体が2つに分かれる。
「み、水よ、離れろ!」
魔法というか、願いをそのまま口にした。ガンダルさんを包んでいた水がバシャバシャと地面に落ちる。
酸欠でガンダルさんがゼーゼー言いながら、ひざまづく。
「はぁ、はぁはぁ。ゲホッゲホッ!」
「ガンダルさん、大丈夫!?」
「グフッ。。。ガハハハッ!
勝ったぞ!ついに炎犬をぶった斬った!!!」
びしゃびしゃに濡れたガンダルさんが俺の頭に大きな手を置く。
「エレム。成長したな。
お前のおかげで炎犬を倒せた。
だけど、もう少し上手く水中で俺を動かしてくれよ。
身体がちぎれるかと思ったぜ」
「ガンダルさん、ご、ごめんなさい。
俺、実は剣術はやったことなくて」
「だろうな。
まったく基本がなってないぞ。
よし!これからは俺が剣術を教えてやる。
もっと俺を上手く動かせるように。
俺たちは、いいコンビになれる。
炎犬を狩まくろう。
エレム、お前を認めるよ。3年前とは違う。これからは、命を預ける戦友だ」
ガンダルさんの分厚くてゴツイ手と握手をする。めちゃくちゃ力が強い。負けずに握り返す。
「よろしくお願いします!剣術の師匠としてもよろしくお願いします!」
「師匠か、悪くないが、俺のことは、ガンダルと呼べ。さん付けも、敬語も気持ち悪い」
「ガ、ガンダル、よろしく」
「よし。それでいい。
ところで、エレム。お前、手だけはしっかりしているな。握力もあるし、手指の皮も分厚い。手のひらもタコができてるぞ。
これは、長年鍛えられた手だ」
「いや、これは毎日畑を耕してこうなっただけで。。。」
「なるほどな。いいぞ。足腰が鍛錬できていそうだしな。お前の体に合った剣を探そう」
ガンダルを上手く動かすには、剣術を学ぶ必要がある。
考えたこともなかった。俺が剣を持つなんて。
周りではフラザードさん、キーラさん、カリンがアクアーボで炎犬を窒息死させようとしている。誰もSSグレードのゾゾ長老ほど簡単にはいかない。同じアクアーボでも、魔法を当てるスピードが遅い。なかなか水球の中に閉じ込められない。
「なかなかゾゾ長老のようにはいきませんね!」
Sグレードのフラザードさんさえ苦戦している。キーラさんもあともう一歩で炎犬を水で包めないでいる。でも、攻撃が全くできないのとは、景色が違う!
水の壁で守りながら、アクアーボを使って水で包む。炎犬が飛び跳ねて逃す。また包むの繰り返し。
カリンもだんだんコツを掴んできた。
あぁ、そうか。俺のCグレードの魔法のスピードじゃ、素早く動く炎犬を包めないんだ。だから、ゾゾ長老は、俺とガンダルを組ませた。
フラザードさんが渾身のアクアーボを炎犬にかける。
カリンも必死だ。
全員で悪戦苦闘しながら、なんとか炎犬を全滅させた。全員、ヘロヘロだ。
気がつくと、空が白んで朝が始まろうとしている。
ゾゾ長老が楽しそうに笑う。
「カッカッカ!まぁ、下手くそじゃが、こんなもんじゃろ。
今日から毎日炎犬を狩れ!修行じゃ!慣れればもう少しましになるじゃろう。
スピードを上げろ!遅すぎて、あくびが出るわい」
最後に炎犬を倒したカリンが大喜びしている。
「やったーーーー!!あたし、やっと炎犬を倒したわ!これで炎犬なんか余裕よ!ふっふっふ!!あれ?」
地震だ!グラグラと地面が揺れていると言うより、なんだこれは?
ゾゾ長老が叫んでいる。
「何をしとる!早くこっちににげろーーー!!」
アレイオスの入り口の門に全員逃げる。
地面から電車くらいの太さをした青い蛇が飛び出してきた!そして、アレイオスの城門を積木を壊すように破壊する。
うわぁーーー!!
土煙で誰が無事かもわからない。キーラさんが崩れた石の下敷きに!何人か巻き込まれているかもしれない。カリンは大丈夫?!
青蛇がトグロを巻いて空を見上げている。なんて大きさだ。体育館のような大きさ。
街に入られたら、終わりだ。でも防ぐこともできない。
全員固まって動けない。死の危機が簡単に目の前にやってきた。
「なによ、あんなの。絶望しかないわ」
カリンが土埃を払いながら不満そうにつぶやく。
空を見上げると、上空に飛竜の群れが見える。一体どんな大きさなんだろう。空港の近くを低空飛行する航空機を見上げているみたいだ。海に向かって飛んでいく。
青蛇も空を見上げている。
それから、アレイオスにも俺たちにも見向きもせずにザザゲム川にスルスルと入って、海の方に泳いで行った。
なんだったんだ?
「ヒッヒッヒー!あの蛇は、無理じゃ。ゾゾファイガスでも効かないじゃろう。
キーラならなんとかできたかもしれんがのう?
炎犬では弱すぎて、手を抜いているのを隠す演技も難しかろう」
ゾゾ長老がギロリとキーラさんを見る。
キーラさんが顔色を変えずに答える。
「あまり買い被らないでください。あんなのは無理です」
なんだろう。なんとなく不自然な感じがした。キーラさんが実力を隠していると、ゾゾ長老は言いたいんだろうか?
そういえば、キーラさんが石の下敷きなったように見えたのは、見間違いだったのかな。
ゾゾ長老がニヤリとしている。
「流石にあれは、無理か。カッカッカ」
ゾゾ長老が楽しそうに笑う。
他に笑う余裕がある者は、誰もいない。
炎犬には勝ったが、命があるのはただの偶然だ。みんな無事でよかった。
飛竜が飛んで行った先の海上が揺れ、巨大な水しぶきが上がる。海から水がドラゴンの形をして盛り上がっていく。タイトスと同じように山が動いているような大きさだ。
周りに飛竜が集まっているのが見える。
魔獣がドラゴンに集まるのだろうか?
あの青蛇もドラゴンに向かったのかもしれない。
海から朝日が昇る。
太陽が巨大なドラゴンをきらめかせている。
訳がわからないことばかりだけど、この光景はすごい。
たとえ、ドラゴンが人類に災厄をも与えるとしても、今は、恐怖だけじゃなくて素晴らしさを感じる。
「寒気がするくらい綺麗。エレム、見て!」
カリンが朝日に照らされるドラゴンを指差している。
「そうだね、あんなにキラキラ輝いて。
アレイオスも無事でよかった。朝市やってるかな。魔法使ったらお腹空いたよ」
「あたしもお腹ペコペコだわ。朝市、やってるわよ。アレイオスの人々は、たくましいの!エレム、アゴラスに帰りましょ。
それから、アレイオスを案内するわ!」
朝日が色とりどりのアレイオスの街を照らしていく。
俺の旅は、まだまだ始まったばかりだ。
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