第11話旅立ちは青空の下ではなく

 ゾゾ長老の館に行ってから5日経って、ついに明日が旅立ちの日になった。

 部屋がある2階の窓の外には、満月と星空がきらめく。タイトス観測所は、廃村になり真っ暗な土地の高台にポツンとある。


 何度も旅の計画を確かめる。

 まずアレイオスから船に乗って、隣のガルダ国の港街ヤゴナにいく。そのあと陸路で、その隣のソトム国にある大地の裂け目を目指す。

 アレイオスでは、3年ぶりにカリンに会う予定になっている。


 カリンの旅立ちの日が思い出される。

 3年前の秋晴れの下、調査団が5台の馬車に荷造りを終えて、王都シャーヒルに向けてもう出発し始めていた。


「カリン、もう行くよ!早くしな!」


 ポンチョさんが最後尾の馬車からカリンを呼んでいた。

 カリンが俺に出発の挨拶をしにきてくれた。


「エレム、あたし、あなたが不運だなんて思わない。

 だって、あたしに何度も生きるチャンスをくれたもの。

 もし、不運だとしても、それを乗り越えればいいのよ。

 運命は、変えられる。

 あたしは、変えてきたわ!

 あたしが手伝ってあげる。隕石だって、ぶっ壊してやるわ!」


「う、うん。隕石、壊せるかな」


「もう!そういう軟弱なところがエレムの悪いところね。

 できるかどうかじゃない!やるしかないじゃない!

 あたしは、先に王都シャーヒルで夢を掴んでくるわ。

 エレム、あなたにも必ずチャンスが来る。しっかり掴んで、自分の手で運命を変えるの。わかった?

 手紙を書くわ。ちゃんと返しなさいよ。絶対によ?誓って!」


「わ、分かった。手紙、必ず返す。

 こ、これ!俺作ったんだ。あんまり上手じゃないけど。。。ポッコロ様のお守り、2つ。1つはカリンが持ってて。見て、カリンに少し似てるでしょ?」


 パナニに作り方を教えてもらいながら作った手縫いのポッコロ様人形をカリンに贈った。ペンプス村を去ることになる村700人全員に、このポッコロ様人形を作ることにしていた。

 ペンプス村がなくなっても、故郷の記憶を少しでも繋げていけるように。


「似てるかな?可愛いから、まぁ、いいか。

 あははは!そっちは確かにエレムに似てる!あ、ありがとう。大切にする」


 カリンの頬が少し赤くなっていた。きっと俺もそうなっていた。


「もう行かなきゃ。じゃあね!」


 カリンは、目標に向かって、キラキラと輝いて人生を楽しんでいた。眩しかった。振り返りもせずに、自分の希望や願望に向かっていった。

 夢や目標に向かって、できるかどうかより、希望を手にした瞬間が、前の世界も含めて、俺にあっただろうか。


 なかったな。


 その時は、そう思った。たしかに実際そうだった。


 3年経って、やっと俺は希望を自分から掴んだ。遅かったかもしれない。

 でも、俺もその一歩を踏み出すんだ。自分の運命を変える。やるしかない。

 

 ザルムが身分証、パスポートのようなものを用意してくれた。マクルタ・エレムの名前は諸国に知れ渡っているので、ユウマ・エレムに変えてもらった。ユウマは、元の世界の名前だし、違和感がない。公的なものなので、マクルタ・エレムではないと言う嘘の証明にもなる。この身分証が今日やっと届いて、明日出発が決まった。

 草舟のブーツも足に馴染むようになってきた。

 明日は、晴れる。春の陽気で暖かいだろう。

 朝食に好物のクロックムッシュを作ってもらう約束をパナニがしてくれた。

 見送りはゲルムが、クヒカ、ゾゾ長老、召使いのパナニだけ。

 どんな言葉を伝えたらいいんだろう。言葉にできない感謝を。

 あぁ、ソワソワして眠れない。部屋をうろうろと歩く。


「よく考えたら、アレイオスに行くのも初めてだし、楽しみだ。。。なっ!あれ?!」


 地面がひっくり返るような強い揺れ!窓ガラスが割れて、本棚が倒れる!

 立つことも、何かを掴むこともできずに床に転がる。震度7?いやもっとか?


「ひっ!!」


 たまたま掴んだものが杖だった。なんの支えもない!


 ゴゴゴ!

 

 地鳴りと一緒にさらに強い揺れが!

 窓を突き破って、2階から家から飛び出す!


「うわぁぁ!!!」


 意外に地面が近い?館が崩れているんだ!

 月明かりの草むらに投げ出された。


「いててて」


 でも、怪我はしていない。

 暗くて周りがよくわからない。皆、無事だろうか?


「暗いわね。ファイポ!」


 クヒカが無詠唱で灯りをつける。大きめの灯りがついて、月明かりしかない辺りを照らす。


「エレム?!大丈夫?ゲルムは、どこ?」


「旦那様!エレム坊ちゃん!あぁ!なんてことでしょう!」


「俺は、大丈夫だ。大地震だな。皆、怪我はないか?」


 良かった。クヒカもゲルムもパナニも無事で。


 タイトス観測所の館が倒壊して、一階がぺしゃんこだ。全員無事は、奇跡と言ってもいい。

 ランプの火から燃え広がったのか、館が炎上して、バチバチと音を立てる。


「ゾゾ長老はご無事でしょうか?死の森が燃えています!」


 パナニがおろおろとしている。ゲルムがたいまつを手にして、先導する。


「様子を見に行こう!みんな一緒に行動するんだ!」


 バリンッ、ガガガッ!!


 体長20メートルを超える蜘蛛が巨大な足で燃える館を踏み潰して現れた。


 バリバリバリ!!


 でかい!なんて大きさだ!一目で敵わないことが分かる。ザルムが迷わず判断を下す。


「な。なんだあれは!見たことがない魔獣だ!なぜここに?運が悪すぎる!もう、逃げるしかない!」


 ダメだ。大蜘蛛がこっちに気づいている。背中を向けたら、やられる。


「父さん、みんなを連れて先にゾゾ長老の館に!

 ここは俺が食い止める!」


 クヒカがパニックになっている。


「ダメよ!エレム!あんな巨大な魔獣に敵うわけない!」


「時間稼ぎだけでもしないと、全滅だって!俺に任せて!」


「く、エレム!分かった!必ず来い!」


「ゾゾ長老の館に向かう時、空にファイガスを1回打つから」


「エレム!生きて合流しよう!空を見ておく!」


「絶対無理はしないで!」


 無理をしなきゃいけない時がある。それが今だ。

 ゲルムとクヒカとパナニが、丘を駆け降りていく。



「やってやる。もう、逃げてばかりの俺じゃないんだ」


 俺は、大蜘蛛に対峙する。杖を握り締める。1日1回の大技だ。なによりも、初めて使う。ぶっつけ本番だ。


「ファイガス!」


 無詠唱で、充分な火力を出せた。これなら大熊だって焼き殺せたはず!上出来!

 でも、目の前にいるのは大熊より桁違いに巨大だ。直撃した炎の攻撃が全く効いている気配がない。燃える館を踏みつけるくらいだ、炎は効かないってことか。


「もう少し効いてもいいのに!」


 そんな不満を言っても仕方がないことくらい、分かってる。

 大蜘蛛がひょいひょいと大岩を投げてきた。


「おっとと!なんて力だ!」


 草舟のブーツのおかげで素早く避けれる。というか草舟のブーツが無ければ直撃していた。

 大蜘蛛が地面を突き刺し、巨大な体を使って襲っくる。当たれば即死の攻撃をなんとか避けるしかない。


「これはどうだ!水の刃!!」


 火も通らないし、水魔法も通らない。この大蜘蛛、相当硬い。水の刃が大蜘蛛にぶつかって、ただ砕け散る。

 この大蜘蛛、大きいだけじゃなく、魔獣としても炎犬よりかなり上位に違いない。

 でも、これで大蜘蛛を倒せないことが分かった。


 あ、やばい、身体に白い糸が絡みつく。こいつ、糸まで吐くのか。気がつくと、地面が蜘蛛の糸でびっしりになっている。しかも、水を弾く。

 まずい。このままじゃ、やられる。間に合うか。裏手の魔草畑にファイが5株あったはず!

 蜘蛛の糸が足に絡みついて、うまく歩けない。館の瓦礫に隠れながら慎重に進む。

 よかった。裏手には、火が燃え広がっていない。


 大蜘蛛の巨体が近づいてくる。

なんとか館の裏にある魔草畑にいくと、ファイ3株が無事だった。2株はダメだ。瓦礫に埋もれて取り出せない。


「た、助かった!これでまずは。。。

ファイポ!」


 身体に巻き付いた糸をファイポで燃やしていく。


「よかった。この糸、燃えやすいぞ」


 やっぱり、ファイポの灯りで居場所がバレた。


 大蜘蛛は口から大量から糸を放ってきた。

 ファイポならファイ1株でかなりの回数出せる。

 撒き散らされる糸を燃やしながら、なんとかくぐり抜ける。


「これじゃ、ファイもいずれ切れる。でも、もう時間は稼げたな」


 大蜘蛛が、足で地面やタイトス観測所の瓦礫を突き刺してくる。


 ガラガラッ!


 タイトス観測所の瓦礫が飛び散って危険すぎる。足も危ないが、瓦礫が頭に当たったら、終わってしまう。

 まず、タイトス観測所から離れよう。


 大蜘蛛がゆっくりとこっちに迫ってくる。動きは早くないけど、巨大な分、一気に迫ってくる。

 試しに足を絡め取ってみるか!草舟の腕輪に魔力を込める。


「こうだ!ウイプナ!」


 草木の魔法を使って大蜘蛛の足を絡め取る。辛うじて作戦が効いたみたいだ!

 大蜘蛛の足に太いツルが巻き付いて、大蜘蛛の動きを止めた。

 4年前、死の森で、ポッコロ様が炎犬の足止めをするときに使った魔法!


「グァァァ!!」


 大蜘蛛が咆哮すると激しく動き回り、太いツルを引きちぎる。

 あ、素早い動きもできるんだ。もう手がない。デタラメな強さだ。

 最後に、もうひとあがきするか!


「最後にこれはどうだ!ファイガス!」


 一旦距離を取りつつ、ファイガスを大蜘蛛ではなく、地面に敷き詰められた糸に向ける。


 よし、うまくいった!


 辺り一面が火の海になった。おかげで大蜘蛛が俺を見失っているらしい。


「今しかない!」


 使いかけのファイを使って、空に向かってファイガスを放つ。ザルムが無事なら、この合図が見えるはず。

 よし、時間稼ぎは充分だ。これ以上対峙したら、やられる。早くゾゾ長老の館に向かおう。


 転がるように丘を下っていく。チラッと後ろを見ると、大蜘蛛はまだ火の海の中から動いていない。いいぞ。一目散に駆ける。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 元の世界でも、この世界でも、1番走った。草舟のブーツの効果で速度が増してるとは言え、持久力は、自分の身体しかない。


「おーい!早く来い!遅いぞ!間に合って良かった。こっちだ」


 ゾゾ長老の館に着くと、たいまつを持ったゲルムが大きな声で呼んでいる。


「はぁ、はぁ」


 ダメだ、もう走れないし、喋れない。でも、ゲルムが川べりに向かって遠のいていく。ゴールが遠ざかる持久走だ。


ゴゴゴ!!


 大蜘蛛がゾゾ長老の館を破壊して出てきた!


ダダダーーン!!


 さっきと同じやつか?また違うやつか?わからない!それに大熊くらいの大きさの蜘蛛が、うじゃうじゃいる。


「わわわわ!!」


 死ぬ気で走る。

 川べりにみんなを乗せた船が止まっている。4年前ポッコロ様にもらった草舟だ。

 ザルムが草舟に飛び乗る背中が見える。


 あと少し!ランナーズハイだ。身体が勝手に走っていく。


 目の前からすごいスピードで火の玉が飛んでくる。詠唱なしどころか無言での魔法、そしてこの速度。これがゾゾ長老のファイガス!


 俺を殺す気か!?


 ギリギリ俺を外れた火の玉が後ろの蜘蛛をまとめて焼く。俺のファイガスの何倍もの威力。。。

 なんとか草舟に飛び乗る。そのまま倒れ込む。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 酸欠で肺が破けそうだ。喉が焼けるように痛い。


 ギョョェェ!!


 鼓膜が破れそうな鳴き声が聞こえた。

 後ろを振り返ると、いきなり現れた大きな飛竜が大蜘蛛を踏み潰している。


 初めてみる魔獣だ。でも、大蜘蛛を圧倒する強さ、やばすぎる。


「飛竜なんて、街を壊滅させるくらいの化け物じゃ!

 なんてこったい!」


 ゾゾ長老が倒れている俺から3株目のファイを乱暴にもぎ取る。


「新しい時代が始まった。

 タイトスが目覚めたのじゃ!今は、逃げるしかない」


 ゾゾ長老が無言で草舟の後ろから強烈なファイガスを出す。ウイプナで身体を草舟に固定している。気がつくと、みんなの身体にも、太いツルが巻き付いている。

 それにしても、このファイガス、もはや別ものの威力だ。


「わしのファイガスは、ゾゾファイガスと呼ばれておる。エレム、お前も鍛錬して、いずれ使いこなせよ?ヒッヒッヒ!」


 ゾゾ長老が得意そうに笑う。いつか使えるようになりたい!まだ、無理だけど。

 ゾゾファイガスの勢いで、ロケットのような加速で草舟が急加速する。川面を跳ねて走る草舟に、みんな必死でしがみつく。ウイプナのツルが身体に巻き付いているお陰で振り落とされずに済んだ。


 ゾゾ長老も草舟に腰を下ろして、落ち着いてきた。

 ザザゲム川の流れに乗って、ゆっくりと川を下る。

 満月の下、山が動いている。

 いや、山ではなく、ドラゴン!

 タイトスは、山と同じほど巨大な姿を現している。龍というか、特撮映画の怪獣と言った方がいい。

 いや、それよりもっと大きいか。腰のあたりに雲がかかっている。


 おいおい、あんなのが12体もいるのかよ!


 それでも宇宙から見たら、点でしかないということか。ドラゴンとは、そういう地球規模のスケールなんだ。

 それは、ドラゴンが対決する隕石の強大さもまた桁違いということを意味する。


 タイトスは、悠然とゆっくりと北東に向かって移動しているように見える。どこか目的地があるのだろうか。

 タイトスの周りには飛竜が何頭も飛んでいる。

 もしかしたら他のドラゴンも目覚めたりしているんだろうか?この星のどこかで。


 ドラゴンにとって人類は、目に見えないほどの大きさだろう。人類にとってのダニくらいの大きさ、いや、それ以下かもしれない。

 初めて見るこの世界のドラゴンの桁違いの大きさに、俺は唖然とするしかなかった。


 対話するなんて次元の大きさじゃない。


 でも、何か方法があるはず。きっと。

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