第8話太古の歴史とドラゴン、始まりと終わり

「そうだな。これからの作戦をどうすべきか、エレムとカリンに聞いてみようかな」


 焚き火を囲んで座りながら、ソニレテ団長が、俺とカリンに話を振った。

 調査団3人の視線が俺とカリンに集まる。

 え?試されている。というか、実践を経験値にさせようとしてくれている。そんな雰囲気。どうしよう。なんにも考えてなかった。


「はい!ソニレテ団長!あたしから作戦案があります!」


 カリンが手を上げて、飛び上がるように立った。

 え?カリンが?また変なことを言い出すんじゃないかな。大丈夫かな。

 ソニレテ団長がカリンの発言を促した。


「よし。カリン、話してごらん」


 カリンが考えを整理しながら、慎重に話し始めた。こんなに大人っぽいカリンを初めて見た。なんだか、ドキドキする。


「結論は、昼食後、すぐにペンプス村に退却がよいかと。

 ムレクマがここまで降りてきているということは、これより先はすでに魔獣が侵入している可能性が高いと考えます。

 熊の毛が一部焦げていたのも気になります。

 もし炎犬が1匹でもいれば、人類には太刀打ちできません。

 他のムレクマの村がペンプス村を襲うことも考えられます。

 会えるかどうかも分からない精霊を目指して、全滅の危険を犯すより、ペンプス村に戻って、村の護衛と全村人の移住を含めた計画を立て直す必要があります」


 え?退却?!ペンプス全村人の移住?!どういうこと?ガンダルさんが言っていたのは、こういうことか。

 全然わかっていなかった。

 それに、カリンがこんなに色々考えていたなんて。自分の幼さが恥ずかしくて、顔が赤くなってカァっと熱くなった。

 ポンチョさんが、満足そうに言った。


「ふふふ。カリン、いいわ。

 自分で育てたキキリを使ったキュアの魔法も見事だったし、戦略も立てられる。

 王都シャーヒルに帰ったら、マジポケ魔法院の研究生として推薦状を書いてあげるわ。キキリも自分で育てて売れば、学費も問題ないでしょう。もちろん、カリンが望めば、だけど。ゆっくり考えてみて」

 

 カリンが身体を震わせながら、手をぎゅっと握りしめている。怯えながら、勇気を振り絞っているのが分かる。


 「あ、あたし、行きます!ずっとチャンスを待っていました。床拭きでも、片付けでも、荷物持ちでも、なんでもやります。

 新しい魔法を見つけるのが、私の夢です!

 あたしに挑戦する機会をください!」


 ポンチョさんが立ち上がって、震えるカリンの肩を抱く。


「よく言えたわ。立派よ、カリン。

 私に着いて王都シャーヒルのマジポケ魔法院にきなさい。ペンプス村についたら、私からクヒカとカリンのご両親に話しましょう」


「あ、ありがとうございます!

 あたし、必ず役に立つ魔法使いになります!」


 カリンが王都シャーヒルに?カリンの背中が遠くなって行く。胸が張り裂けそうになる。自分の不甲斐なさに。


 元の世界でも、こんなにも勇気を出して、チャンスに手を伸ばしたことがない。。。

 そうだ。今、10歳だからじゃない。元の世界の俺がこの場にいたしても、熊と戦う力も意気地もないし、先の見通しも立てられない。チャンスを掴もうという野心もない。それが悔しい。

 俺は、何も成長していない。


 ガンダルさんがカリンに感心して、うなずく。


「カリンのこと、俺も応援するぜ。

 しかし、今日も続く地震といい、何かもっと大きな災厄の前兆のような気もする。

 精霊に話が聞けるなら聞いておきたいところだが、炎犬がいたら、全滅するしかない。せめて水の魔法が発見されていたら戦いようもあるのにな。

 カリンが言うように、ひとまず、退却すべきってことだ」


 ヤードルさんが短く言った、


「同意だ」


 俺は。。。全くついて行けていない。1人だけ置いていかれている。俺も何か言わないと。


「あ、青信号も安全な訳じゃない。。。と思います」


 ソニレテ団長が穏やかに言った。


「どういう意味だい?青信号という信号は見たことがないが」


 あぁ、焦って変なことを口走ってしまった。


「い、いや、なんでもないです。帰り道も、気をつけていきましょう」


 あーー!ダメだ。やってしまった。穴があったら入りたい。

 ソニレテ団長がみんなを見渡して言った。


「確かにそうだな。

 状況は、想定した中で最悪の一つと言っていい。

 実は、この焚き火が、異変があったことと退却を知らせる狼煙も兼ねている。

 今日は風も少ないし、ペンプス村のザルムに煙が充分見えているだろう。

 熊肉をスモークして美味しく食べるためでもあるがな」


 何もいいところを見せられなかった。悔しくて、恥ずかしい。

 ガンダルさんが、そんな俺を慰めるように俺の肩をポンと叩く。


「エレム、前を向け。

 こういう悔しい経験を大切にしな。

 ほら、肉が焼けたぞ。脂がのって、程よく燻されて、こりゃあいい!

 味わって食べろよ。

 いつだって、目の前の飯が最後の飯だと思って食うんだ。

 だから、俺は、飯にはこだわる」


 あぁ。自分の未熟さが嫌になる。クヒカが焼いて持たせてくれたパンと一緒に食べる熊肉は、確かに美味かった。ガリっと荒い強めの岩塩が、燻された肉の旨みを濃厚にしている。ほろ苦く、しょっぱい味が記憶に残る。


「美味しい!ポンチョさん、この焼いたマシュマロ最高!」


「外はカリカリ、中はとろぉーりね!カリン、この塩甘のクッキーに挟むともっと美味しいわよ」


「ポンチョさん!これはいくらでも食べれますね!」


「うふふ。まだまだあるわよ」


 カリンとポンチョさんは、甘い匂いを漂わせながら大きなマシュマロのような物を焼いて食べて、盛り上がっている。

 いいな。楽しそうで。


 俺もこの経験で強くなろう。

 ソニレテ団長の指示で、足が1番早くて山道に慣れている荷物持ちのダンが走ってペンプス村に戻り、状況を伝達することになった。ダンの荷物をトラクとカーゴを手分けして背負う。


 それから5人で山を下っていく。少し下ったくらいのところで、先頭を歩いていたソニレテ団長が足を止めた。

 ガンダルさんとヤードルさんとポンチョさんが静かに防御体制になる。ズンと重々しい緊張が走る。



 ザザゲム川側の茂みから炎犬が1匹、現れた。水位が減ったザザゲム川を死の森の炎犬が飛び越えきたんだ!



 恐怖の記憶が蘇り、ガタガタ震えが止まらない。

 そんな中、カリンが落ち着いてキキリの準備をする。

 カリンは、戦うつもりなんだ。自分のできることを必死に考えてる。

 俺は?俺にできることは?


 炎犬は、頭が3つで炎をまとった異形ではあるけど、身体の小さな犬だ。

 でも、その小さな身体から放たれる絶望のオーラがすごい。もはや死神だ。たった一吹きの炎で、全員を焼きつくす。

 ソニレテ団長の剣技も、ガンダルさんの鍛えた肉体も、ヤードルさんのナイフや弓矢、ポンチョさんの魔法も、やっと掴みかけているカリンの将来も、俺の重ねた努力も、全てが一瞬で燃えて灰になる。

 逃げることもできないし、攻めることもできない。

 炎犬が目の前に現れた時点で、人類に勝ち目はない。絶対に避けなけばならない遭遇。

 死の宣告に等しい炎犬は、あまりにあっさりと現れた。

 

 炎犬が無慈悲に炎を吐く。

 ガンダルさんが熊の毛皮のマントで身を守りながら最前列に飛び出した。ソニレテ団長と2人で、大きな身体を盾に炎の勢いを止めようとする。

 カリンとポンチョさんがソニレテ団長とガンダルさんにキュアをかけようとする。ヤードルさんは、矢をつがえる。俺も、キュアを!

 だ、だめだ。全員が炎に包まれた。熱い。全身が焼け焦げる。


 その時、大爆発が起きた。

 衝撃波に吹っ飛ばされる。あたりは白い煙であまり前が見えない。身体中が火傷だ。ガンダルさんは?カリンは?他のみんなは?


「あらあら。

 みんな黒焦げね、とくにこの大男2人。ギリギリ死んでなければ、治せるかしら。それ!」


 身体の火傷がみるみる治っていく。キュアの何十倍いや、もう別物の回復力。間違いない。これは精霊の力だ。


「エレム、久っさしぶりー!

 ずいぶん大きくなったね!

 それにしても人類というのは、本当に弱い生き物だね。最下級の魔獣の炎一吹きで全滅なんて、非力すぎる。

 誰も死ななかっただけ、マシな人達だったのかな?

 私は、水と風の精霊アクアウ。

 山の湖が炎のワンちゃんの縄張りになっちゃって、麓で暮らすエレムの様子を見に降りてきだけど、よかったみたいね。

 まさかちょうどワンちゃんに焼かれてるとは思わなかったけど。不運な人達。

 もう大丈夫。でも、勢いあまって、炎犬を溺死させちゃったわ。哀れなワンちゃん」


 炎犬が倒れている。

 全員服が焼け落ちて、ボロボロだ。

 アクアウ様のおかげで生きているみたいだ。

 白いもやの中で、よろよろとみんな立ち上がる。ポンチョさんとカリンの服の破け方がまずい。はだけすぎて、目のやり場に困る。


「ちょっと!エレム!見ないで!今、ポンチョさんを見なかった?変態!見るならあたしを見なさい!いや、見ないで!」


 いや、あ、これはまずい。

 でも、ちょうど白いもやが濃くなって、身体が隠されていく。

 最前列で火傷が酷かったはずのソニレテ団長もガンダルさんも、火傷一つないくらい回復している。

 よかった。本当に。みんな無事で。

 ガンダルさんが当惑している。


「な、なんだ?どうしたんだ?俺は裸になってる。ここは、あの世か?炭になるどころか、前より調子がいいぞ。身体が5歳くらい若返っているようだ。

 おい!みんな無事なのか?炎犬は?」


 ソニレテ団長が落ち着いた声でみんなを集める。


「どうやら、死んではないようだ。

 炎犬が倒れていたが、倒したのは、そうだな、人間ではないだろう。

 あぁ、そうか。エレム、そうなのか?精霊が?」


 俺は、白いもやの中にいるはずのアクアウ様に呼びかけた。


「アクアウ様、ありがとうございます。みんなを助けてくれて。

 みんなに姿を見せたり、声を聞かせることをお願いできるでしょうか?」


 目の前に、スイカくらいの大きさのキラキラ光る水の塊が現れた。水の塊は、可愛らしい小さな女の子の姿になった。神々しくキラキラしながら、水をまとってフワフワと浮いている。


「別にいいわよ。さぁ、どうぞ。見えたかしら?私の美しい姿が!ふふふ」


 ソニレテ団長が驚いている。


「こ、これが精霊。な、なんて美しいんだ!エレム、本当に精霊と話せるんだな。。。」


 ソニレテ団長がアクアウ様にひれ伏すと、全員がそれに倣った。

 ソニレテ団長が神妙な面持ちで、アクアウ様に尋ねる。


「水と風の精霊アクアウ様、お助けいただきありがとうございます。

 ファラム国騎士団長ソニレテと申します。

 最近な度重なる地震やザザゲム川の水位の減少などの調べに参りました。どうか非力で無知な人類に、お知恵を授けください」


 アクアウ様がソニレテ団長に答えた。


「うふふ。いいわ。教えてあげる!

 まず、川の水位の減少の理由は、確かにこの地震ね。地震が地中に断層をつくり、地表を流れる水量が地下に分散してしまったのよ」


 ソニレテ団長が続ける。


「お知恵をありがとうございます。

地震の原因については何かご存知でしょうか?」


 アクアウ様がめんどくさそうに話す。


「わー、人類というのは、この世界ガナードのこと、何にも知らないんだね。どこから話をしたらいいのかな。

 まぁ、知らないからドラゴンが眠る場所に住んでいるんだろうけど

 そもそも。。。」


 それからアクアウ様は、人類が知らないドラゴンのこと、魔法のことをたくさん教えてくれた。


「という訳で、この土地に眠る土のドラゴン、タイトスは、いつ出てきてもおかしくないわ。

 まぁ、そんなこと知る由もないから、人類にとっては、とんだ不運よね。

 さすが、前世で「不運さん」と呼ばれて、女神様にも理解不能な不運な体質のエレムには、ピッタリだけど」


 あ、今、なんて言った?絶対に言って欲しくないこと言われたよな。

 いやだ!聞き流してくれ!

 いや、むりか。全員最大限耳をかっぽじって聞いてるよな。

 俺の不運な体質が公開されてしまった。


 終わったわ。


 ガラガラと大切なものが壊れていく音が聞こえる。

 身体中から、滝のように嫌な汗がでる。「不運さん」と言われて人から避けられた、元の世界の記憶がまざまざと浮かび上がる。


 ソニレテ団長が汗をかきながらお礼を言った。


「歴史を知らない浅はかな人類に、尊い知恵をお授けくださり、ありがとうございます。

 ですが、前世から不運なエレムと人類が生き延びるための何か手立てはないのでしょうか?」


 あ、前世から不運なエレムって言った!はっきり言った!そうだよね。しっかり記憶に刻まれたよね。


「ブブブブっ」


 カリンが笑いを堪えるので必死になっている。

 アクアウ様が困りながら言った。


「んーー!!そうだなぁ。人類が助かる手立てなんてないね。

 この星の命運にくらべたら、人類の存在って、あまりに短命で小さいのね。

 でも、どんなに小さい存在でも、懸命に生きようとする尊さは、等しいわ。

 そうだ。東の地面の裂け目の底に、土の元素精霊アスチがいるわね。

 エレムと一緒にアスチに相談に行ってみたら?

 アスチもまた女神様からエレムを助ける役目を与えられているから、少しくらいなら人類を助けてくれるはずよ。

 私もタイトスが目覚めるまでこの川を維持して、炎のワンちゃんがエレムの村に行くのを防いでおいてあげるわ!

 毎回、炎のワンちゃんに焼かれるのを助けるのも面倒だから、エレムには水の魔法を授けるわね。自衛してよね。

 特別におまけで、ここにいる人達にも水の魔法を使えるようにしてあげるわ。

 私は気前がいいの。今回だけよ。

 諦めずに行動することね。もがくことが生きることよ。

 あら、ちょっと、しゃべりすぎたかしら?」


 そう!アクアウ様!しゃべりすぎです!

 ソニレテ団長がひれ伏しながらお礼をする。


「人類にとって、叡智ともいえる貴重な知恵をありがとうございます。

 お返しに何か、人類にできることはありますか?」


 アクアウ様は、笑って言った。


「知っていることを話しただけよ。お礼なんていらないわ。それに人類ができることで、私が欲しいものなんて一つもないもの。気持ちだけ受け取っておくわ。これからもエレムを助けてあげてね。

 エレムも元気でね。ばいばーい」

 

 顔を上げて、ばいばいと力なく手を振った。

 元気でやっていけるだろうか。

 

 すごい情報だった。


 今日から何もかもが変わってしまうほどに。人類にとって、新たな歴史の始まりとも言える。

 前世から不運な体質だと知られてしまった俺の人生も、激変してしまうだろう。

 アクアウ様がビュウビュウと小さな竜巻を起こすと、白いもやが晴れた。

 そして、晴れた夕暮れの中、そこにはもうアクアウ様はいなかった。

 人類が初めて目にする、倒された水浸しの炎犬が横たわっている。

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