第9話マクルタ・エレムの不運

 人類に激震を与えたあの日から、3年が経った。あの日は、不名誉にも「マクルタ・エレムの不運」と名付けられた。

 そう。マクルタ・エレムは、不運の人として、ついに歴史に名を刻んだ。

 うん。嬉しくない。純然たる黒歴史!


 炎犬を倒し、ペンプス村に生還してから、水と風の精霊アクアウ様から与えられた知識について、調査団と俺とカリン、ザルムとクヒカを含めたメンバーが集まって、すぐに報告書がまとめられた。


 まとめられた内容は以下だ。


1. 地震とザザゲム川の水位減少は、ドラゴンたちが目覚めようとする際に起こる地震の影響だと分かった。人類が住んでいる土地は、土のドラゴン、タイトスの目覚めによって魔力が増えて、徐々に魔獣の土地になる。人類は、住む土地を追われる。


2. この世界はガナードという名前で、星には12種の元素ごとに神獣ドラゴンが存在し、彼らは女神のお告げに基づき眠りについている。


3. 女神様の予言によれば、巨大な隕石が約55年後、星に衝突する。隕石を破壊するためにドラゴンたちも目覚める。

 この土地に眠るタイトスは、いつ地面から出てきてもおかしくはない状況にある。


4.人類はまだ土と草木の魔法しか知らず、未知の元素を含め魔法が12種類ある。人類に水の魔法が授けられた。


5. エレムは精霊と交渉することができる。東の地面の裂け目にいる土の元素精霊アスチがおり、アスチもエレムを助ける使命を持っている。人類にさらなる叡智をもたらす可能性がある。


6. マクルタ・エレムは「前世から女神様にも理解不能な不運な体質」を持ち「不運さん」と呼ばれていた。


 この報告書が書かれて以降、俺の人生は大きく変わってしまった。


 まず、良い変化から。

 「マクルタ・エレムの不運」というまったく残念な名前をつけられた日の後、調査団は1ヶ月ペンプス村に滞在してから、王都シャーヒルに帰還した。

 なぜ1ヶ月も滞在したのか?

 それは、ゾゾ長老を中心にポンチョ、カリン、クヒカが集まって、魔法研究が盛り上がったから。

 ソニレテ団長とガンダル、ヤードルも水の魔法習得に向けて取り組んだ。

 俺は、ゾゾ長老に無詠唱の魔法を教えてもらった。と言っても、一度見せてくれただけだけど。その場にいた誰も真似することができなかった。ゾゾ長老の凄さが分かった。


 ゾゾ長老がかつて主張していたように、魔草を使う魔法は全て草木の魔法であり、魔石を使う魔法は土の魔法であることがわかった。

 なんと、伝統学派の魔法書が間違っていたことになる。ファイを使ったファイガスは、火の魔法ではなく、草木の魔法だった。まだ人類は、火の魔法も氷の魔法も風の魔法も知らないことになる。

 つまり、使えるは、草木の魔法と土の魔法、新たに授けられた水の魔法だけってこと。

 そりゃ、盛り上がる。


 また、新たに水の魔法を授かったことで、魔法研究は大きく前進した。なんと水の魔法は、空気中の水と体内の魔素をつかって魔法を作るのだ。魔草やほかの素材は要らない。詠唱のみだ。これが研究に革命を起こした。

 しかも、炎犬のサンプルまであるから、火の魔法の研究も進む。

 ここにゾゾ長老を中心として、魔法研究におけるゾゾ派という新学派が誕生した。

 

 調査団が王都シャーヒルに帰る時、カリンだけでなくクヒカとゾゾ長老(!)も、一緒にペンプス村を出た。

 ゾゾ長老は、100歳を超えている。誰か止めろ。サポートのためについて行っている場合じゃないぞ、クヒカ。

 そのクヒカは、久しぶりの王都シャーヒルの生活が楽しみで、ルンルンして出かけて行った。

 王都シャーヒルのマジポケ魔法院では、伝統学派と新説を唱えるゾゾ派との激しい論争が行われた。フラザードが水の魔法を習得したことで、一気にゾゾ派が優先になり、現在では、主流派になってきている。

 持ち帰った炎犬のサンプルから、新たに火の魔法の研究も始まっているらしい。ゾゾ長老、恐るべし。

 ゾゾ長老は言うまでもなく、フラザードに並んで、ポンチョさんとクヒカ、そしてカリンの名前が王都シャーヒルでは新鋭の魔法使いとして轟いているらしい。

 カリンからの手紙の情報なので、多少、盛られた情報だとは思うけど。

 カリンの手紙には、新しい魔法を発見するという彼女の夢がどんどん実現していくことの充実感が溢れていた。

 よかったね、カリン。あの時、生き延びて、本当に良かった。


 あとはタイトス対策として、ペンプス村と近隣の村々が廃村になった。残念だけど、仕方がない。今ではマクルタ家の館がタイトス観測所として残るだけ。

 この3年間、震度2から3、まれに震度5までを含み1日に5回から10回も地震が発生している。

 マクルタ家が観測の役目を負って、ザルムと俺と召使いのパナニで生活している。

 合わせて5000人ほどいた近隣の村民は、どこにいったか?

 タイトスが目覚めた後に備えて、元々魔力が全くないため魔草の生育に向かない代わりに、古代から魔獣が全く興味を示さない土地を探し、計画都市を作ることになった。

 そして、海辺の小さな漁村アレと農業と古代遺跡の村イオスを合わせた広大な土地で、計画都市アレイオスの建設が開始された。

 大規模な防衛用の外堀や、灌漑用水が引かれて、港が整備されることになっている。20万人が自給自足で移住できる規模の農業、商業、工業、住宅がある計画都市。

 完成するにはまだまだ長い年月が必要けど、急ピッチで建設が進んでいる。

 元ペンプス村周辺に住む村民たちは、その建設のためのアレイオスに移住した。

 元々王都からも遠く、便利が悪いため寂れた地域だったアレイオスは、空前の大開発に人、物、金が集まり、活気付いているらしい。


 そして、悪い変化は、言うまでもなく、俺の不運な体質が公表されてしまったこと。

 王都シャーヒルでは、エレム保護派とエレム排除派に分かれて、議論がなされた。ソニレテ団長がエレム保護派の旗振りをしてくれている。

 ありがとう。ソニレテ団長!

 残念ながら、王都シャーヒルの王族や貴族は、エレム排除派が多数で、エレム保護派が劣勢ということ。

 頑張れ、ソニレテ団長!


 この3年俺が何をしていたのかというと、クヒカとカリンから預かったキキリとファイ畑や小麦畑の世話。地味だ。来る日も来る日も、魔草畑を耕して、アスパワドをかける。


 俺の魔力のスピードだと1日5時間アスパワドを土にかけて、キュアを育てるのに必要な1000の魔力を溜めるのに1年ほどかかる。スピードが遅い分、キュアの生産を増やすためにキュアが100株採れる畑を20に増やした。


 ついでに自給自足できるように村の小麦畑うち、タイトス観測所に近い畑を引き受けて、耕作から収穫もしている。

 おかげさまで毎日クワを使って畑を耕すことになったけど。タイトス観測所の裏手は、一面俺の畑になっている。大人用の重いクワを振り続けたおかげで足腰が鍛えられた。


 クヒカが王都シャーヒルでキュアの注文をもらってくれるから、キュアは作れば作るほど売れて累計4500株売れた。キュア1株の卸値が10万イエ。俺の取り分は3分の2だ。元の世界の感覚だと1イエ1円くらいの価値だから、3000万イエはかなりの大金だ。コツコツ貯めたお金は、クヒカが預かってくれている。備えあれば憂なしだ。


 それに自分で育てた小麦をひいて焼いたパンが美味しい。生きていると実感できる。


 あとは、水魔法習得の練習くらいしかやることがない。

 1つ大きなことと言えば俺も無詠唱で魔法ができるようになった。

 詠唱が恥ずかしかったのもある。いや、それに尽きるんだけど。


 なによりアクアウ様に授かるられた水の魔法が、頭でイメージした形で水を出すものだったのが大きい。

 自分の中で水弾を出そうとか、水の壁を作ろうとかをしっかりとイメージするのが大切。

 イメージを短縮するために技の名前を唱える方が早いから水の刃や水の壁など、言葉にする。

 水の魔法は、新しい魔法で魔法書がまだない。名前も自分でつける。

 水の魔法を練習している間に草木の魔法も詠唱なしでできるようになった。


 キュア畑20とファイ畑にアスパワドを毎日5時間かけて、残りの時間は魔力の耐久値がなくなるまで水の魔法を練習し続ける。

 今、俺の魔力の耐久値はどこまで伸びているんだろう。


 タイトス研究所の近くに大熊が迷い込んだことがあった。安全な間合いから、大熊の首を水の刃で刈ったときは、嬉しかった。

 これなら炎犬だって倒せるはずだ。まだ試していないけど。

 もちろん、カリンへの手紙で報告した。カリンとの文通は1週間に1度のペースで続いていた。


 そんな春うららかな今日の昼、3年ぶりにクヒカとゾゾ長老がタイトス観測所に帰ってきた。いきなりのことで、びっくりした。

 それも、国王の勅令を授かってきた。


 大広間の円卓に、ザルム、クヒカ、ゾゾ長老、そして俺が集まる。

 ザルムが緊張しながら、国王の勅令が書かれた巻物を広げる。


「いいか、エレム。読むぞ。

 国王からの勅令なんて、こんなものを拝領する日が来るとはな。


 マクルタ・エレムに命ずる。

 国王直々の特命任務により、単独で大地の裂け目の調査、および、土の元素精霊アスチと交渉し、人類生存の可能性を得ること。

 任務への対価として、アレイオスにおいてマクルタ家の領地と総督としての地位を約束する。

 1ヶ月以内に出発すること。

 必要な書類については、別紙にまとめる。


 ファラム国王 ザーシル


と、いうことだ」


 クヒカが涙を流して抗議する。


「こんなこと!なんて酷い。これでは事実上国外追放ではないですか!

 しかも、マクルタ家を人質にするようなことまで!しかも13歳の子供に単独で?これがファラム国王のすることですか!

 エレム排除派に都合が良すぎるわ!暗殺も計画されているかもしれない!

 ザルム、なんとかならないの?!」


 ザルムが重々しく言う。


「王都シャーヒルに残る友人や同志、ソニレテ団長とエレム保護派の活動を支援してきた。

 王族や貴族はエレム排除派が多数ではあったが、ゾゾ派の台頭もあり、エレム保護派も勢いを増している。まさか、国王ザーシル様直々の命令がこのタイミングで届くとは。

 アレイオスの開発について、王都周辺に既得権益をもつ王族や貴族から不満が出ていると言う。

 王族や貴族の中には、報告書にある精霊やドラゴンの話自体に根拠がない、捏造された嘘の話だと否定する者も多い。

 アレイオス反対派でエレム排除派の有力な王族、マジポケ魔法院の伝統学派でもあるガナシェ伯あたりが、進言したのかもしれん。

 エレムを調査団と共に大地の裂け目に向かわせるのは、外交上の問題や秘密保持の観点から保留されて、話が進んでいなかったはずだが。。。単独の特命任務なら、外交調整がいらないと言うわけか。。。」


 ゾゾ長老が愉快そうに笑う。


「かっかっか!愚かなのは国王ザーシルよ。保身ばかり考えている王族の言いなりとは、頼りない。これは腐敗としか言いようがないわい。

 じゃが、これはチャンスでもある。

 エレム、行け。

 諸国を歩き、見識を広げ、同志を増やすのじゃ。

 お前は、人類の希望じゃ。ガルダ国、ソトム国にもゾゾ派の同士がいる。支援もできるじゃろう。

 人類を救えるのは、エレム、精霊と話ができるお前しかおらんのじゃ」


 俺は、震える身体を我慢して、拳を握り締める。俺にも決断の時が来たんだ。あの日のカリンのように。

 俺は強くならなくてはいけない。未踏の地域の魔獣も制圧して、必要ならドラゴンだって協力させるくらいでないと。

 隕石だって、ドラゴンに頼ってみんな死ぬくらいなら、自分たちでどうにかしなくちゃいけない。できるなんて、少しも思えない。でも、可能か不可能かじゃない、やらなきゃいけないんだ。

 何かに頼って、振り回されたりするのは嫌だ。弱い自分が1番嫌だ。最強を目指す。それしかない。


「お父さん、お母さん、いつも本当にありがとう。

この世に生を受けてから、2人からもらったものの大きさに、感謝してもしきれないよ。

 ずっと一緒にいたいし、守りたい。

 だから、俺は、行くよ。

 今のままでは不運に対抗することはできないもの。

 俺が生きることが、きっと、みんなを助けることにつながる。

 俺は、生きるために、もがいて、もがいて、諦めずに、もがき続けるよ」


 ザルムが涙を垂れ流しながら言った。


「エレム、お前は私の誇りだ。

 なんて重い運命をお前は背負っているんだ。

 エレムが平和に健康に生きていてくれたら、私は幸せだった。普通の人生を与えられたらそれでよかったのに。

 だが、女神様はお前を選んだ。

 過酷な使命を与えた。

 私にできることは、エレムを信じることだけだ。女神様の加護もあるかもしれない。だが、一番に自分を信じろ。私も、この地からできることは全てやる。

 エレムは、自分にできることを最大限やるんだ」


 クヒカは、泣き崩れている。美しい顔がぐしゃぐしゃなっている。力なないこぶしで俺を叩く。


「私は、嫌だ。

 なんでエレムにばかり不運なことが?女神様はどうしてエレムを助けてくれないの?なぜ試練ばかり与えるの?平穏な暮らしを許さないの?エレムが可哀想よ。

 エレム。無理して行かなくていい。国王の保護が無くとも、迫害を受けることになっても、私がエレムの味方よ。

 行かないで!私が守ってみせる。だから!エレム、お願い!行かないって言って。。。いいなさい。。。」


 俺は泣き喚くクヒカを抱きしめた。

 温かくて、愛情しかなくて、いつでも俺みたいな不運の子に、幸運を願ってくれる。ありがとう、クヒカ。

 階段から転げ落ちた日に、必死にキュアをかけてくれたこと、一生忘れない。

 どうしてこんなにも不運を背負って生きていかなければならないんだろう。

 こんなクヒカを守りたい。だから、俺は、行かなくてはならないんだ。


 ゾゾ長老が優しい目でクヒカを見ながら言った。


「困った孫娘じゃ。

 じゃが、クヒカの気持ちも痛いほどよくわかる。

 まぁ、いい。

 エレム、お前に渡すものがある。あとで、わしの館にこい。3年締め切っていた館の掃除もしてもらおうかね」


「う、うん」


 ゾゾ長老の館は、魔女の館と村民から呼ばれる不気味な場所だ。できれば、いきたくないけど。。。

 これは、行くしかない。

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