第7話山を登ってゲムゲム湖へ
「ふっふっふ。ついに王都シャーヒルにまであたしの名前が轟いているようね!
いや、むしろ遅いくらいだわ!
ここからよ!ここからあたしのコージャスでエレガントなストーリーが始まるのよ!
王都シャーヒルで、貴族や王族に見染められたりして、あぁ!だめ!王子、いけません!あたしには、心に決めた人が!
あたしを奪い合って、争わないで!
なんて、きゃー!どうしよう!」
カリンがなんだかよく分からない妄想の世界で盛り上がっている。
俺は、不安と恐怖で体が震えている。場違いな場所で、何にも役に立たなそうな自分に自信がない。カリンの根拠のない自信が羨ましい。
クヒカが焼いたパンを待たせてくれた。無事に帰れるようにと、クヒカの思いが詰まったパンだ。
ソニレテ団長と調査団に守られながら、俺とカリンは、秋の山道を登る。
調査団3人は、皆それぞれ個性がすごい。
魔法使いのピンチョさんは、清楚な服を着ているのに、大人の色気がすごい。マジポケ魔法院の研究者らしく、キョロキョロと周りを見て、つまづいたりしながら葉っぱを採取して、植生を確認しながら、独り言をブツブツ話している。魔法使いのランクはB4だというから、かなりの使い手。
そういえば、俺は今どれくらいなんだろう。
弓使いのヤードルさんは、スラリとした美男子だけど目つきが鋭くて怖い。まだ一言も話さない。腰にかけたナイフがなかり使い込まれていて、サバイバルの達人の雰囲気。さっと、手を広げて俺とカリンを止めたと思ったら、茂みから毒蛇が出てきた。きっと手練れに違いない。
斧槍を持った毛深い赤毛の大男、ガンダルさんは、いつもニコニコしている。さっき出てきた毒蛇の頭を素早く踏み潰してしまった。動きが早すぎて消えなかった。猪を見つけたら、肉にしようとか、食べ物の話ばかりしている。
残りの3人は、ペンプス村の無口な荷物持ちだ。筋肉がムキムキのトラク、カーゴ、ダン、ペンプス村でも有名な働き者の3人組。水や食料やテントなど体より大きい荷物を担いでいる。
今回の日程は、山を登るのに1日。降るのに1日だ。もしもに備えて、その倍の準備を持っている。
さすが、騎士団長が選んだ、少数精鋭部隊といった感じだ。
ソニレテ団長が険しい顔で俺に言った。
「普段、ペンプス村の周辺にクマが群れで現れることはあるかな」
俺は、慎重に事実を答えた。
「いや、ありません。ムレクマという集団生活の大熊は、山の奥地に住んでいます。ペンプス村は、死の森が近いので、野生の大型動物は近づいてきません」
「ふむ。では、やはりザザゲム川の水位が下がったことと関係しているのかもしれんな。
見ろ、エレム。木の皮に短い毛がなすり付けられている。
しかも、複数の木にだ。
これはおそらくムレクマの群れの雄が縄張りを作るためにやっているんだ」
「え?早朝にペンプス村を出て、まだお昼にもなっていませんよ?山道もまだ続いていますし。
そんなに村の近くにムレクマが?」
「まずいな。どうやらムレクマの縄張りに入ったようだ。さっき熊ものだと思われる糞を見つけたが、まだ新しかった」
ヤードルさんがボソッと一言、ソニレテ団長に伝える。
「団長、来ます」
調査団は、俺とカリン、荷物持ちの3人を囲んで、防御体制に入った。
ガンダルさんが、低い声で言った。
「ちっ、ついてないな。ムレクマに囲まれるなんて。ソニレテ団長がいるから、ギリギリなんとかなるかもしれないが」
2頭の大きなムレクマが山道の前後からゆっくりと近づいてくる。両脇の茂みの中にもガサガサを気配がする。最低でも4頭はいるだろう。それにしても大きい。大熊は、ガンダルさんよりひと回り大きいくらいだ。
なんでこんなところにムレクマが?!
前方の1番体格が良い大熊には、ソニレテ団長が1人で立ち向かう。後方の大熊には、ガンダルさん、ヤードルさん、ピンチョさんが対峙している。真ん中に俺とカリンと荷物持ちの3人だ。
ピンチョさんが俺に火炎草ファイの合図をした。心配で落ちつかないクヒカがファイを2株も持たせてくれていた。小さな家が立つほどの売値になるらしい。俺とカリンは、キキリとファイに草木の魔法をかけて、鮮度を保つのが役目だった。
「立派なファイ!さすが魔草作りの名人クヒカね。
熊ちゃんたち、ここで討伐するしかないわね。人間が弱いと分かれば、このムレクマは、ペンプス村を襲うわ。
まだ人間の肉の味を知らないうちに、人間を脅威として認めさせないと。ムレクマが小さな村を襲って大勢死んだ例がたくさんあるわ。それにこの大きさ。。。」
ソニレテ団長が静かに言った。
「突撃!」
ヤードルさんが後方の大熊に矢を放つと、大熊が矢を手で振り払った。恐るべき動体視力だ。
ヤードルさんが次の矢を引くためにガンダルさんの影に隠れる。
ガンダルさんが斧槍を構えると、大熊が少し間合いをとった。斧槍を警戒している。グルルっと、うなる。
その時、茂みから中くらいの大きさの熊が2頭飛び出して、それぞれ2人を急襲した!
熊も必死だ。生きるか、死ぬか。
ヤードルさんも、ガンダルさんも熊の爪で腕に傷を負った。でも、傷は深くないみたいだ。
俺は怖くて、心臓がバクバクと口から飛び出そうだ。俺では、中くらいの熊でもすぐにやられてしまうだろう。
ピンチョさんが、ファイの魔力を引き出す。
「燃え盛る草よ!焼き尽くせ!ファイガス!」
巨大な火の弾が、大熊に命中して、熊を包み込む火柱になった。火に驚いた中くらいの熊2頭が両脇の茂みに逃げた。大熊が火に包まったまま、怒り狂ってこっちに走ってくる。
ヤードルさんが、弓を構えて、燃える熊をギリギリまで引きつけて、熊の眉間を弓矢で射抜く。
動きが止まった大熊を、ガンダルさんが斧槍で袈裟斬りにする。すごい連携だ。
やっと大熊は倒れて、炎に包まれて動かなくなった。焼け焦げる嫌な匂いがした。
その間に、ソニレテ団長が正面からきた熊の首を一撃で切り落としていた。この人、強すぎる。
茂みの中にいた、中くらいの熊たちは、遠くへ逃げていった。
「こっちの熊は、丸焦げで食えないな。おい、ピンチョ!ちょうどいい焼き加減を知らないのかよ」
「お料理してるんじゃないのよ。
それにガンダルのために、ソニレテ団長が綺麗に首を刈って血抜きをしてくれているじゃない。
それにしてもこのファイは、一級品ね。これまでで一番火力が強かったわ」
「俺の矢じりも焦げてボロボロだ」
「何よ、ガンダルもヤードルも!私のファイガスのおかげでかすり傷で倒せたんでしょ!」
ソニレテ団長が穏やかに言った。
「火柱を見て、こっちの熊にも隙ができたよ。ありがとう。ピンチョ」
「ほら見なさい!これが団長の器よ!ガンダルもヤードルもソニレテ団長を見習いなさい!」
手練れたちのやりとりを見て、俺もカリン少しずつ落ち着いてきた。
「あ、あたしに傷を治させてください!」
カリンがヤードルさんとガンダルさんの傷を治すことを申し出た。
そうだ。何か、俺も役に立たないと。
「お、いいね。カリンも魔法使いだもんな。ちゃんとキキリを使ってくれよ。ファイで黒焦げになったら大変だぜ。へっへっへ」
ガンダルさんが冗談を言いながら、袖をまくって、腕の傷口をカリンに見せる。思ったより傷が深い。
俺もカリンもキキリの葉を使ってキュアが使えるようになっていた。
まず、カリンが自分で育てたキュアを取り出して、ガンダルさんの傷を治す。
「癒しの葉よ!傷を癒せ!キュア!」
ガンダルさんの傷は跡形もなく治って消えた。
「お!いいね!カリンは、いい魔法使いになるぜ!」
今度は、俺がヤードルさんの傷を治す。ガンダルさんよりは、浅い傷だ。カリンみたいに上手くできるかな。ドキドキする。
「い、癒しの葉よ!傷を癒せ!キュッ、キュア!」
ダメだ。緊張して噛んでしまった。でも、ヤードルさんの切り傷は、みるみるうちに止血されて、薄っすらと少し傷跡を残してほとんど治った。クヒカのキキリの魔力の強さに助けられた感じだ。
ヤードルさんが角度を変えながら腕を3回曲げて動きを確かめてから、短く言った。
「充分だ」
ガンダルさんがニヤニヤしながら、ソニレテ団長が首を狩って倒れた大熊を指差して、ピンチョさんに何かの合図をする。
「おい!ピンチョ!あれ。あれを頼む」
めんどくさそうにピンチョさんが何か準備を始めた。
「おい、とか、あれ、とか、何よ!私は、あなたの女房でもなんでもないのよ!
はいはい。わかりましたよ。熊を冷やしたいんでしょ?
血生臭い肉なんて、私も嫌だしね。
これ結構レアな魔草なんだから、ありがたく思いなさいよ。
冷やしの草よ!一気に冷やせ!ブリラード!」
ピンチョさんが、霜降草アインを使って、氷の魔法を使った。熊に霜のようなものが降りていく。
ガンダルさんが嬉しそうだ。ナイフで熊の内臓を処理していく。
「そうそう。一気に冷やすのが肉を旨くする秘訣なのさ。
確かに、ソニレテ団長が首を切ってくれたから、血抜きは充分だ。
内臓は綺麗だな。でも、食べるのはやめておこう。
毛皮にも虫が少ない。ブリラードで虫も死んでるな。
脂もちょうどよく乗ってる。臭みも少ない。上々だ。
あとは、ヤードル、皮を剥いでくれ。お前は、ファラム国で1番のナイフ使いだぜ」
ガンダルさんと無口なヤードルさんが協力して、熊を処理していく。
ヤードルさんがナイフで、熊の皮を剥いでいく。2人は息ピッタリで、ガンダルさんがヤードルさんに合わせて熊の向きを変えていく。熊の皮も使えるから取っておくつもりなのだろう。熊の毛皮の一部に焦げたような跡があった。
とにかくヤードルさんとガンダルさんの手際がめちゃくちゃいい。こんなに大きな熊を捌くのは、大仕事なのに。
ガンダルさんがちゃっかりクマの毛皮を自分の外套に縫いつけている。
こうして昼過ぎには、熊の解体は終わった。ソニレテ団長が周りの安全や風向きを念入りに確かめて、少し開けた場所で昼食にすることを決めた。
そして、ガンダルさんは、豪快に丸太を持ってきて、手際よく焚き火を作る。焚き火というより、キャンプファイヤーだ。もくもくと白い煙が空高く上がっていく。
岩塩やスパイスをかけて脂の乗った熊肉を焼く。
パチパチと爆ぜる焚き火を囲んで、狩った獣の肉が焼けていく香ばしい匂いを嗅ぐ。脂が焚き火に落ちて、白い煙を上げる。
「こんなにのんびりしていていいのかな。山頂にできるだけ早く着いた方がいいはずなのに」
俺がつぶやくと、ガンダルさんが豪快に笑った。
「お前は、先のことが見えてないな。
だいぶ話が変わってきてるぞ。
ソニレテ団長は、もう全然違うことを考えているはずだぜ。まぁ、エレムは、美味しく肉が焼けるのを待っていれば良いさ」
何のことかさっぱり分からない。
でも、どうやら今は、この時間を楽しむしかない、
大きな責任を負った任務で、緊張していたけど、調査団の人たちをみていると、今日も、必死に日々生きるうちの1日なんだと思えた。
生きるためには、何かを乗り越えていく必要があるんだ。
ソニレテ団長がみんなを見渡して言った。
「よし、これまで得た情報や推測を踏まえて、状況を整理しよう。作戦を立て直す必要がある」
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