第5話 決闘だというと野次馬が集まってくるのでウザいです

 冒険者ギルドの裏庭。


 ここは冒険者が剣技や魔法の訓練を行う練習場となっている。

 練習に使う模擬剣などの武器、魔法や弓用の的など、冒険者のスキルを磨くための道具は一通りそろっていた。


 そこに私はいる。

 どうしてかというと、つい相手の暴言にハラを立ててしまって、売り言葉に買い言葉……というわけで……

「おい、謝るなら今のうちだぞ」

 私の前に立っている青年が、そんな脅し文句を言いながら睨んでいた。

 そう。私はギルバート・ラングレーという帝国貴族のボンボンから決闘を申し込まれたのだった。

「はあ? まさか! 謝るのはそっちだからね」

 さすがにやり過ぎだとは思っていたけど、私もけっこう頭にきていたので、引き下がるつもりはない。ちょっと痛い目にあって反省してもらおう。そうしないと、気がおさまらない。


「おいおい、なんだ? なんの騒ぎだ?」

 開店する時間になると、朝一からギルドにやってきた冒険者たちが騒ぎを聞きつけ、練習場に集まってきた。冒険者って、ケンカとか決闘とか、どうして好きなのかしら?


「フン、美しいご婦人に剣を向けるのは趣味ではないが致し方ない。じゃじゃ馬を手なずけるのも紳士の嗜みだと心得てもらおう」

「わけのわからないことを言ってるんじゃないわよ。さっさとその無駄に装飾が派手な剣を抜いたらどうなの?」

「な、なんだと我が家に伝わる魔剣をバカにするのか⁉」

 ギルバートの剣は魔剣。おそらく、魔石の魔力によって斬り味が増すタイプね。つまり、並みの剣で交わったら、刃ごとすっぱり斬り落とされてしまう。

「まあ……向こうの剣に触れなければイイだけのこと」

 別に気にするほどでもない。

 すると、ギルバートが「おい――」と声をかけてきた。

「なによ」

「武器くらい持たせてやる。好きなモノを選べ」

 そう言われて、「あ……」とつぶやく。

 頭に血がのぼっていて、何で戦うのか考えていなかった……

「そうね――」

 私は練習用の模擬剣が立てかけてある場所に向かう。

「これでイイわ」

「バ、バカにしているのか!」

 さすがにギルバートが顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。まあ、そういう反応になるわよね。だって私が手にしたのは模擬剣――の横にあった、掃除用のモップだもの。

「アナタなんてこれで充分よ」

「言わせておけば……」

 ギルバートは魔剣を抜く。その手がワナワナと震えるほど、怒りが心頭に発しているようね。

「ボクはあの高名な剣士、サリバンから教えを賜ったんだ。いまさら、詫びても遅いぞ」

 サリバンという名を聞いて、私は「ああ……」とつぶやく。

「あのセクハラじじいね。私も何度か手合わせしたわよ」

「……えっ?」

「と、いうことは……使える剣技は斬撃――あとは、縮地くらいかしら?」

「け……んぎ?」

 剣技と聞いて、目が泳ぐギルバート。

「うそ? もしかして剣技、使えないの? それで魔剣持ちなんて、恥ずかしくない?」

「うるさい!」

 そう言って、いきなり斬りつけようとしてきた。

 剣技大会ベストフォーだって言っていたけど、その割にはずいぶんと遅いわね。振りは大きいし、ムダな動きも多すぎる。あのセクハラじじい、なにを教えていたのかしら?

 私は相手の剣を余裕で躱すと、胸当ての切れた脇の部分にモップの先端を押し込んだ。

「ぐふぁぁっ!」

 いくらミスリルの鎖帷子チェインメイルを着込んでいても、かなり痛いはずよ。

 ギルバートは二、三歩よろけると、脇を抑えて「このアマァ……」とつぶやいた。


 私の太刀さばき……じゃなかった、モップさばきに「おおっ!」という声があがる。

 いつの間にか野次馬が二重、三重なって練習場を取り囲んでいた。うーん、あまり騒ぎを大きくしたくはないのだけどなあ……


 私の身のこなしに素人ではないと気づいたのかしら。ギルバートにカネで雇われたと思われる中級冒険者二人も剣を抜いた。ギルバートだけでは不利だと感じたようね。

「あら、女相手に三人? ずいぶんと男らしくないわね? まあ、私はそれでもいいけど?」

 そう挑発すると、ギルバートは手を横に広げ、二人を止める。

「コイツはボク一人でやる……」

 まあ、やせ我慢なんだろうけど、さすがにプライドが許さなかったみたいね。だからって、手加減するつもりはないから。

「いやぁぁぁっ!」

 奇声をあげて向かってきた。意気込みはわかったけど、それだけでは剣先のスピードは変わらない。私はくるりと躱すと、通過したギルバートの背面から頭上に向けてモップを振り下ろした。

「ぎゃあ!」

「おおっ!」

 ギルバートの悲鳴と、野次馬の歓声が同時に起こる。

「お、オマエ、剣士だということを隠していたな?」

 涙目で貴族のボンボンはそう聞いてきたので、「違うわよ」と応えてあげる。

「――えっ?」

「私は魔法使い。ちょっとだけ、剣術もかじった程度よ」

「ま、魔法使い――だと?」

 信じられない……という顔で私を見るので、こう言ってあげた。

「魔法を使ったら、アナタなんて一秒で消し炭になるわよ」

 ゴメン、ちょっとだけウソを言ってしまった。本当は消し炭さえ残らない――かな?

「ふ、ふざけるなぁ!」

 また、無策にギルバートが突っ込んできたので、躱すついでに二、三発、手足の装甲が薄い部分にモップの頭を叩きこむ。

 バキッ!

「あっ……」

 ちょっと、調子こいてモップを折ってしまった……どうも、チカラ加減が難しい……まあ、ミスリルの鎖帷子が防いでいるから、このくらいでケガはしていないよね?

 だけど、さすがに痛みで立てなくなったようで、ギルバートは両ひざを地面につく。

 そのタイミングで、私は折れたポップの先をギルバートの顔の前に向けた。

「わかった? 今後、女性に対して、あんな非礼を言うようなら、この町から出てもらうから!」

 ちょっと格好つけてみたんだけど、このくらいしないと説得力ないからね。


 すると、ギルバートに雇われている冒険者が、声を震わせてつぶやくのが聞こえた。

「や、やっぱりそうだ……」

 もうひとりが、「なにが、やっぱり――なんだよ?」と聞く。

「オレ……帝国学校時代、レオン殿下と同級生だったんだ……」

 レオン・ダルタール。現皇太子の彼は、複数の剣技を使う剣豪としても有名で、先の魔族による反乱事件でも彼は先陣を切って戦った。その武勇伝は大陸中に広まっている。まあ、かなり脚色されているんだけど……

「その殿下が学生時代、一度だけ決闘に負けたんだ。その相手はフィシリア・ウィルハース……」

「お、おい、それって……」

 冒険者は唾をのみ込む。そして、言葉を続けた。

「ああ。魔族を退けた勇者パーティのリーダ。『ティアラを乗せた鬼神』という二つ名を持つ亡国の姫、フィシリア・ウィルハース王女殿下……髪の色を変えているけど間違いない。彼女はフィシリア殿下だ」

「ま、まさか……」


 その時、二人の肩に手を回した人物が……その殺気に持っていた剣を落としてしまう。

「よう、兄ちゃんたち。この町でその名を出すことは厳禁なんだ。もう二度と口にするな」

 ドスの効いた声で、二人に囁く男。

「あ、あなたは?」

 顔に大きなキズを持つ、胸板がやたら分厚い彼はこう名乗った。

「オレは、グレイク・ベンフォードっていうんだ。この町にいるつもりなら覚えておきな」

「グ、グレイク・ベンフォード……ギルドマスター……? 元帝国騎士団長で、退職後は悪名高き冒険者パーティ、『ゴールデンシャークス』のリーダだった人。そして、今は……」

「おう、ここのギルドマスターだ」


「マスタぁ? 一週間前に突然いなくなったと思ったら、いったい、どこにいっていたのですかぁ?」

 私は彼にそう文句を言った。彼が睨みを利かせないと、ここの冒険者たちって言うことを聞かないよのねぇ。

「ああ、わりぃ。ちょっと、ニグレアに野暮用があってな」

「ニグレアぁ? だったら、行く前に連絡しておいてくださいよ! と・に・か・く、承認してもらいたい書類が沢山ありますからね。今日はどこにも行かないでください!」

 そう言って、折れたモップの先を彼に向けた。

「わかったわかった。だが、ギルドの備品は大事にしろよ」

 そう言って、ベンフォードは先の折れたモップを私から取り上げる。

「あ、いや……これは、その……ゴメンナサイ……」

 今日は頭痛がひどくて、手加減が上手くできなかったのよねぇ。いや、本当に――

 ……次から気をつけます。


 *


 ここはアスタリア大陸の田舎町、トルト。

 魔族による反乱から五年。人類は以前の生活を取り戻しつつある。


 再び冒険者という職業が注目され、ダンジョンの近くに人々が集まるようになった――きっとこれから活気が溢れ、ワクワクするような時代がやって来る――誰もがそう信じていた頃。


 これは、魔族から大陸の危機を救った亡国の姫が、身の上を隠して、冒険者ギルドでひっそり(?)受付嬢をしている――そんな、どこにでもある日常の物語……の予定である。

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冒険者ギルドの受付嬢ですが、マウントを取ってくる連中ばかりでウザいです。 テツみン @tetsumin

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