第4話 女子会も深酔いするとグダグダでウザいです

「だ~か~ら~。ちかごろのわかいぼーけんしゃ冒険者は、人のはなしを聞かないのよ~」

 お酒も三杯目を過ぎたあたりから、私は気持ち良くなり、親友二人に愚痴じみた話を始めていた。

「かんたんにおカネがかせげるって、おもっているのよねぇ。ほんとぉ、バイトきぶん? だーじょんダンジョンはとーーーーっても、きけんなとこだって、いしきがないのよぉ~」

 するとジェシカも乗ってくる。

「そうそう。今日だって、宿にもどらないぱーていパーティがいるとつーほー通報があって、そーさく捜索に行ったのよぉ。あんのじょう、帰り道がわからなくなってぇ、うごけなくなっていたのだけどぉ、そーとき、なんて言ってきたとおもう? 『なんで、もっと早くたすけに来ないんだ!』だってよぉ。騎士団をなんだとおもっているのぉ?」

 彼女はまだ一杯目だというのに、顔を真っ赤にして、普段より口がなめらかになっていた。

「だ~よ~ね~。かんたんにウソをつくしぃ。こないだなんて、『自分はゴブリンを百匹倒したからランクを上げろ』って――しらべたら十匹ちょっとだったの。それをつたえたら、『お前のカウントミスだ』っておこるのぉ。ぼうけんしゃカードにきろくされてんるんだから、ミスなんておきないんだっつーの」

 木枠のジョッキに口を持っていったのだけど、お酒が入っていない。

「エル~ おかわりちょーらい」

 私はジョッキを上げた。

「フィスちゃん。それで七杯目よ。もうやめたら?」

 アリゼが苦笑いしながら私をいさめる。

「なあにいっているのよぉ? ま~だ、さんばーめだってぇ」

 正直、そこから覚えていない。アリゼがヤレヤレという顔をしていた。


「そうです。ダメです。それに、もう閉店の時間です」

 そう声をかけてきたのは、猫耳、メイド服という獣人の娘。名前をエルと言って、私の大親友。七年前に、この町の近くにあるトルドの森でさまよっているところを私が見つけて、それ以降、この店の住み込み従業員として働いてもらっているの。実は異世界人で、彼女いわく、地球という世界の戦闘用アンドロイドという戦士だったらしい。めちゃくちゃ強くて、過去に神災級のゴブリンロードや魔王を彼女は簡単に倒してしまったの。ただ、そのことは大陸の公式記録から消去されているんだけどね。


「へーてん?」

 店の中を見渡すと、いつの間にか客は私たちだけになっていた。

きょお今日はずいぶんはやくしめるのねぇ」

「何を言っているのですか? いつもと同じ時間ですよ」

 ため息まじりにエルが言うと私の腕を取って持ち上げようとしてきた。

「さあ、お風呂に入りますよ」

「おふろ~。らいじょーぶらって。ひとりではーれるから……」

「そう言って、昨日も湯船に沈んでいたでしょ?」

 エルに引きずられて、店から退場させられようとしていたので、アリゼに手を振った。

 彼女も手を振り返す。

「それじゃ、私はジェシカさんを連れて帰りますね。エルちゃん、お勘定お願いできます?」

「イイの、イイの。おかんじょうなんれ。わたしのおごり~」

「なにを言っているんですか? フィスがここでおカネを払ったことはないでしょ?」

 エルのツッコミどおり、私はココの食事代を払ったことはない。だって、私の家だもの。

「らけど、はららきはひめて働き始めてからは、ちゃんとへーかつひをいれているれひょ生活費を入れているでしょ?」

「はいはい。だからって、ルビを入れないと何を喋っているかわからないくらい、飲んでイイわけではありません」


 カクヨムのルビはとっても便利です。


 *


「ああ……………………頭が痛い」


 翌朝、ズキンズキンする頭を押さえながら、ギルドへ向かった。

 そういえば、昨日、どうやって布団に入ったかも覚えていない。

「ん? 昨日だけじゃないなぁ。ここ最近、夕食から朝起きるまでの記憶がない……」

 どうして? とは思うのだが、頭痛がひどくて考えるのがつらい。

 きっと、仕事のストレスからだろう――そういうことにした。


 ギルドの建屋に入ると、早速怒鳴り声が聞こえてくる。

「メルティアさん! どうしてこんな簡単な間違えをするのですか‼」

 セリーネの声だ。この人の金切り声は脳に響く。今の私にはクリティカルな攻撃だった。

「ごめんなさい、ごめんなさい。今度から気を付けます。ごめんなさい、ごめんなさい」

 童顔、小柄な女の子が何度も頭をさげている。


 黒髪をベリーショートにした大きな目の女の子はアイシャ・メルティアという。冒険者ギルドの同僚で、実は私より一つ年上の先輩――なんだけど、天然というか、トラブルメーカーというか……とにかく、ミスが多い。まあ、そこがかわいくて、ついつい助けたくなるのだけど。

「えーと、どうしたのですか?」

 私が声をかけると、セリーネがムッとした顔で私を睨む。

「ラクシエールさん。何時だと思っているの? 時間は守りなさい」

 そう言われて時計を見たが、出社時間の五分前。たしかに頭痛でゆっくり歩いてきたから、いつもより五分は遅いのだけど、怒られる筋合いはない。そうは思ったのだけど、余計なことを言ったら、今度はこっちにとばっちりがやってくる。それも困るので、ここはとりあえず謝った。

「……それで、なにがあったのですか?」

「なにがあったじゃないわよ! この人、数も数えられないの!」

 詳しく話を聞くとこうだった――


 昨日、窓口を閉めたあとのこと。冒険者から買い取った魔石をアイシャが数えて、金庫に仕舞ったらしい。その時、現物の個数と伝票の買い取り数が一致するのを確認するルールなのだけど、アイシャの数えた数と伝票の買い取り数が違っていることに気づかなかったらしい。


 朝、セリーネが数え直すと、アイシャが記録した数字と違っていることに気づいたそうだ。結局、アイシャの数え間違えで、伝票と魔石の数は合っていたのだけど、セリーネはアイシャのミスを必要以上に責め続けた。


「えーと、ですが本来はその日のうちにセリーネさんが数量をチェックするルールですよね?」

 セリーネはギルドの経理係でもあるので、毎日、彼女が最後に収支をチェックすることになっている。ただ、昨日はギルドマスターが不在だった。セリーネは自分の判断で最後のチェックをしないまま帰ってしまい、今朝になって確認したのだろう。

「なに? 私が悪いとでも言いたいの?」

「いえ、そういうことでもないですが……」

「だいいち、アナタがちゃんと彼女を見ていないから、こういうことになるのよ!」

 いやいや、彼女は一応、私の先輩なんですけど……

「とにかく落ち着きませんか?」

 私がそう提案した時に、ギルドの扉が開く。


「オマエ! よくもこのボクを騙したな!」

 いきなり怒鳴ってきたのは昨日のボンボン。名前はたしか……そう、ギルバート・ラングレー。

「すみません、まだ開店前ですので、もう少しお待ちいただけますでしょうか?」

「そんなの知るか! ボクは帝国の名門、ラングレー侯爵家の人間だぞ! そのボクに待てと言うほうが失礼だろ!」

 なんか言っていることがメチャクチャなんだけど、こういう人は何を言っても話が通じない。


「それで、なにか?」

 すると、ギルバードはセリーネを指す。

「オマエだよ。聞いたらオマエ、本当は(個人情報のため伏せさせてもらいます)歳だっていうじゃないか!」

 うわっ。また年齢の話を――しかも、大声だよ。この人、デリカシーって言葉を知らないのだろうか?

「あのですね……」

「そんな年増の女にこのボクの相手をさせるなんて、いったいどういうつもりだ!」


 ――――――――はあ?


 なんだコイツ? 女性の価値を年齢でしか判断できないの? なんというゲスなんだ?

「(もう一度書きますが、個人情報なので……)歳のクセに、年齢を偽ってボクの相手をしようなんて許せない! ここのギルドマスターを呼べ! 謝罪してもらう!」


 ついさっきまでアイシャに説教していたセリーネが、ギルバートに怒鳴られ、萎縮していた。まあ、年齢を誤魔化すのも良くないことだけど、このボンボンの言っていることは度を越えている。さすがにハラが立ってきた。こっちは頭痛がひどくて、いつもより気が立っているのよ!


「あのね、聞いていれば言いたいこと言って……正直、吐き気がするわ。そんなに若いコが好きなら、学校の先生にでもなれば? まあ、アンタじゃ、生徒に手を出して数日でクビになりそうだけどね?」

「な、なんだとぉ! このボクを侮辱するつもりか?」

「あら、それ以外に聞こえていたら謝るわ」

 なんか、二日酔いのおかげで、相手の悪口がスラスラ出てくる。

「も、もう許さないぞ」

 ギルバートの手が自分の剣に伸びる。

「なあに? 私を斬るつもり? ざんねーん。アンタのへなちょこな剣さばきじゃ、絶対に斬れないから」

「い、言わしておけば……」


 ちょっと言い過ぎたなあ……と、あとで私も後悔したのだけど、その時には本当に余裕がなかったのよね……

 だから、こういうことになっちゃった……


「け、決闘だぁ!」

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