第3話 酒の席は英雄ばかりでウザいです

「フィスちゃん。今日もお疲れね」

 ギルドの仕事も終えて、自分の家でもある料理屋、ラクシ亭に帰ってきた私。ジョッキを握ったままテーブルに伏せていると、幼馴染であり親友でもあるアリゼが声をかけてきた。彼女はこの町の教会でシスターをしている。ウェーブのかかった亜麻色の髪、人懐っこそうな垂れ目のぽっちゃり美人。灰色の修道服が良く似合っている。


「疲れたわよ。なんで、こうもヘンな人ばかり私に絡んでくるのかしら?」

 本当に毎日毎日、よくもこれだけ自意識過剰な人ばかりがやってくるよと呆れてしまう。

 アリゼは私の前の席に座り、彼女もお酒を頼んだ。

「わかったわかった。ハイ、乾杯」

 木枠のジョッキをぶつける。

「それで、今日はどんな人がいたの?」

 アリゼの質問に、私は早速、貴族のボンボンの話をした。

「――修行って言っていたけど、武具はみんな新品だったから、実戦経験はゼロね。帝国学校の剣術大会でベストフォーになったというから、それなりの実力はあるのかもしれないけど……」


 帝国学校は帝都、ダルタールシチーにある大陸最高の教育機関。魔法や武術だけでなく、政治、経済、芸術とかも教えている。実は私も五年前に通ったことがあり、一度だけ剣術大会に出たのよね。その時は決勝戦前にある事件が起きて、そのまま中止になってしまったのだけど……


「ボンボンのうしろにCランクくらいの冒険者が二人いたから、カネで雇ったんでしょうね。彼らにサポートしてもらって、トドメだけ刺す。そうやって、自分の手柄にして冒険者ランクを上げるんだわ」


 貴族として家督を受け継ぐにしても、高ランクの冒険者だったと言えば箔がつく。ましてや、次男だから領地を分けてもらったり、婿養子になったりして身を立てるしかない。そんな微妙な立場だと、ほかの貴族から認めてもらうためにも肩書は大事になってくるの。

 そういうわけで、ダンジョンで有名なここトルトでレベルを上げて、自分の名を売っておこうという帝国貴族のご子息が最近、実に多いのよね。


「フィスちゃんて、昔から貴族のご子息に言い寄られていたものね。今回もそうだったんじゃないの?」

「う……いやなことを思い出させないで」

 あんな格好だけの男に求婚されたと思うだけで背筋が寒くなる。

「なんだ、図星だった? やっぱりね。フィスちゃん、チャームのステータス、極振りだから――」

「人を淫魔みたいに言わないでくれる?」

 まあ、確かに昔から変な男に絡まれてばかりなんだけど……


「よう姉ちゃんたち。オレたちと一緒に飲まないか?」

 そう言って、酒臭い冒険者が近寄ってきた。はあ、またか……

「あれ? 良く見たら冒険者ギルドの姉ちゃんじゃないか。それにこっちは教会の姉ちゃんか? こりゃイイ。オレたちの話を聞いてくれよ」

 教会の姉ちゃん……って、バチ当たりな。

「今は業務時間外なので――自分の席に戻ってもらえます?」

「まあまあ、そう言わずに。なあ、七年前のゴブリン大進軍って覚えているか?」


 それは、ダンジョンから湧き出したゴブリン数千匹がここトルトに押し寄せた大事件のこと。

 そのゴブリンの集団の中に、天災級のモンスター、ゴブリンキングや、神災級のゴブリンロードが含まれていて、近年における大陸最大級の危機だったと今でも語り草になっている。

 その時、たまたまこの地に訪れていたニグレアの英雄、ウィルハース騎士団のエドワース団長によって鎮圧されたと、当時の公式な記録には残っているんだけど……


「あの時はなあ、俺たちもエドワースとともに戦ったのさ。いわば、俺たちはこの町の英雄ってことだ」

 自慢げに話す頭のハゲたオヤジ。顔を近づけないで。息が臭い。

「あっそう。それは大変だったわね」

 まあ……ゴブリンロードが現れたら、冒険者たちはエドワースを置いて全員逃げ出した――って、私は知っているんだけどね。


 この二人、一週間くらい前からギルドに顔を見せるようになったんだっけ? その言い方だと、以前はここにいたみたいだけど――ゴブリン狩りで気前の良いウワサを聞きつけて、こちらに戻ってきた……というところかしら。


「そうさ、大変だったんだ。もし、俺たちがいなければこの町は全滅。お嬢ちゃんたちも死んでいたってわけさ。だから、酒くらい付き合ってもバチは当たらないぞ」

 いったい、どう解釈すればそうなるのか良くわからないが、酔っ払いに正論を投げかけてもムダだし……

 どうしたものかと思っていたら、もう一人のアフロ頭のオヤジが勝手にアリゼの横に座る。

「こう見たら、シスターの姉ちゃんもイイ女だな。オレに酒注いでくれよ」

 そう言って、アリゼの肩に手を回した。

「きゃっ!」とアリゼが短い悲鳴をあげる。さすがに頭にきた私は、サラダボールにあったフォークを手に取り、男に向けた。

「その汚い手をどかしなさい! このゲス」

 私が相手を睨むと、ビビったアフロ頭はアリゼから手を離した。しかし、今度はハゲのオヤジが私に言いがかりをつけてくる。

「おい姉ちゃん、たかがギルドの受付係のクセにイキがっているじゃねえよ。俺たち冒険者に勝てるわけ……」

 そこまで言いかけた相手の眉間に、私はフォークの先を当てた。

「それ以上、顔を近づけないで。なんなら、痛い目に合わせてもイイのよ」

 あまり騒ぎを大きくしたくはないけど、アリゼに迷惑をかけるわけにはいかない。これでおとなしく向こうに行ってくれればいいのだけど――

「こ、この……こっちが下手に出でいればいい気になりやがって、俺たちをなめんじゃねえ!」

 ああ、やっぱりダメか……


 多少、荒っぽいことも辞さないつもりでいた時に、入り口から声が聞こえてきた。

「ごめーん! トラブルがあって、遅くなっちゃった……って、この人たち誰?」

 年齢は二十代半ば。金髪をボブカットにしてあり、大きめのメガネを掛けている。首から上は知的なお嬢様。しかし、纏っているのは純白の軍服。

「はあ? 姉ちゃんこそ誰だぁ?」

 ハゲのオヤジがその女性に近づく。

「な、なに? 酒くさっ!」

 そう言って、彼女は鼻をつまむ。

「ジェシカさん。ごめん。また、ヘンなのに絡まれちゃって……」

 私は顔の前で手を合わせた。そう、この文学女子風の顔と軍服がアンマッチな女性はジェシカという。

「なんだぁ? テメエもこいつらの知り合いか? だったら、ちょうどイイ。俺たち、こいつらと飲んでいたら、コイツがいきなりフォークを振り回してきたんだ。コイツらの知り合いならテメエも一緒に落とし前取ってもらおっか? なんならカラダで払ってもらってもイイんだぜ」

 ニヤけた表情でジェシカに近づく。

「なんだかよくわからないけど、この町は売春禁止よ。要求しただけでも罪になるって、冒険者ギルドで説明あったでしょ?」

 ジェシカがヤレヤレという表情を見せると、「はあ?」とイキがるハゲのオヤジ。

「ガタガタ言うんじゃないよ。俺はなあ、C級冒険者で……」

 そこまで言いかけたところで、アフロ頭がハゲ頭に耳打ちをした。

「おい、コイツの服……」

 ハゲの視線が下に向かう。

「き、騎士団の軍服⁉ それじゃ、テメエは……」

 目を丸くするオヤジたち。

「えーと……この人たち、どうすればイイ?」

「ジェシカさんの好きにしてイイわよ。なんなら、一晩留置所に泊めてあげても……」

 私は彼女にそう伝える。するとオヤジたちは真っ青な顔になった。

「ジェシカって……まさか、ウィルハース騎士団、トルト駐在小隊長、疾風のジェシカ⁉」


 ハゲのオヤジさん、ご紹介ありがとう――

 そう、彼女、ジェシカ・ファン・ランパードはこの町の治安を守る騎士団の隊長さん。そして、私の親友――


「フィスがそう言っているのだけど、どうする? 私としてはもう仕事したくないのだけど?」

 ジェシカがそう言うと、「いえ、オレたちは静かに飲んでいただけで、なにも……へ、へ、へ……おい、勘定――」と、ハゲ頭とアフロ頭は金を払うとさっさと店を出て行った。

「はあ……」と私はため息をつく。とにかく、これで落ち着いて飲めるわ。

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