第2話 ギルドの先輩に年齢の話は禁句でウザいです。

 振り向くと金髪美人の女性。

「いかにもギルバート・ラングレーだが、キミは?」

「わたくしは、セリーネ・パウエルと申します。やはり、ラングレー家のご子息様でいらっしゃいましたか。でしたら、このわたくしがご用件をお受けいたします」

 そう言って、私の前にカラダを押し込んできた。


 この人はギルドの先輩、セリーネ・パウエルさん。外見は美しいのだけど、ちょっと、性格的にいろいろ難があって、アラサーの今でも独身――

 もちろん、彼女の前で年齢の話をするのは絶対にダメなんだけど。


「私は、彼女でかまわないのだが――」

 ギルバードは私を見るのだけど、セリーネは「いえいえ」と話を遮る。

「私は旧王国貴族、パウエル伯爵家の出身でして、礼儀をわきまえています。平民の彼女がお相手して、高貴な方に不快な思いをさせるわけにはまいりません。ですから、そのような方がお越しの際には、この私が対応させていただくことになっております」

 なんか、私が不躾な人みたいな言い方をされている。そもそも、相手の身分で対応者が分けられているなんて話、聞いたこともないのだけど……

 とくかくこの人、いつも口だけで仕事をしない。そのくせに、上玉がくると突然やる気をみせるのよね。まったく、あの年になるとなりふり構っている余裕がなくなるみたい。


「キミ、年齢は?」

 うわ、いきなりNGワード⁉

 そもそも、初対面の女性に年齢を聞く?

 私は慌ててしまう。彼女に年齢の話をして出禁になった冒険者は、私が知っているだけでも二桁にのぼるというのに……彼女がヒステリックを起こして騒ぎになったりしたら、あとの処理が大変なんだけど――

「に、二十四歳ですわ」

 セリーネは顔を引きつらせながらもそう応える。どうやら、彼の家柄という誘惑が、怒りより勝ったみたい。ギルバートさん、助かったわね。ご先祖様にお礼を言いなさい。

 それにしても、ずいぶんと鯖を読んだわね。彼女はあとあと何年、二十四歳でいるつもりかしら。


「……そうか、わかった。ならばキミにお願いすることにしよう」

 ギルバートが応えると、私もセリーネもため息をつく。

「それでは、応接室へ。フィスさん、あなたは他の人の相手でもしていてください」

「はあ……」

 セリーネがギルバートを連れて行くと、ドッと疲れが出た。

 ああ、でもこれで厄介な客の相手をしないで済む。ここは大先輩にお礼を言いたい。


「冒険者登録って、ここ?」

 まだ疲労感が抜けきらないという時、そんな声が聞こえて振り向く。前には少年少女四人が立っていた。年齢は十五歳前後か?

「はい。冒険者申請ですか? 紹介状は持っていますか?」


 冒険者になるには、各地にいる『師範』という元上級ランクの冒険者から手ほどきをしてもらうことになる。武器の扱いだけでなく、冒険者としての心得なども教えてもらうことになるのだけど――


 カウンターの上に乗せられた四人分の紹介状。師範の名前は『ビルバオ・オクラホマ』となっていた。

 ああ、またこの人か……

 冒険者志望の若者からお金を巻き上げて、適当な指導をしたあと、さっさと紹介状を出すのよね。この人からの紹介で冒険者になった人が何度もトラブルを起こして本当に困っている。


 リーダーの指示を無視して勝手に動き、パーティを全滅させてしまいそうになった――そんな事件を起こしたばかり。他にも、「注意したらいきなりキレた――」なんて苦情もあったわ。

「なんで、あんなヤツを冒険者にしたんだ!」と常連さんから何度も怒られている。どうして私が怒られなければならないのかわらないのだけど……


 ギルドマスターを通して、オクラホマさんという人の師範資格を取り消してもらうようにお願いしているのだけど、旧王都のギルド本部からまったく連絡がないのよね。本当に仕事が遅いんだから――


 ということで、現時点では紹介状が有効のため、冒険者登録をしなければならない。仕方なく彼らの登録を行い、身分証を渡した。

「それじゃさ、さっそくダンジョンに行きたいから、クエストを受理してよ」

 あきらかに年下なのだが、タメ口で要求してくるからちょっとムッとしてしまう。ここは年長者の度量で、グッとこらえる。

「ダンジョンのクエストは、五回以上の経験者がパーティにいないと受理できない規則になっています。みなさんは初心者なので、経験者に入っていただくか、初心者用のクエストを受領していただくか、そのいずれかになります」


 ゴブリン一匹だけなら子供くらいの強さなのだが、だいたい四、五匹で行動しているため、ゴブリンの行動パターンを熟知していないと痛い目に遭う。実際、ここのダンジョンでも、月に数人程度が命を落としたり、行方不明になったりしていた。また、廃坑の中は複雑で、坑内図を持っていても迷ってしまうことがある。トルトに常駐している騎士団が捜索に行くという騒ぎも、月に一、二回では済まない。過って下層に入ってしまうと、ホブゴブリンなど、上級ゴブリンと遭遇する可能性が高くなる。そうなると、初級者クラスではまず助からないだろう。


 経験者がいなければダンジョンに入るクエストを受理しないのは、そのための配慮なんだけど……


「えーっ? イイじゃん。オレたち強いからさあ。ダンジョンに入らしてよ」

 いったい、何を根拠に自分たちが強いと言っているのだろう――

「失礼ですが、アナタが持っているのは長剣ですよね?」

 若者のひとりが持っている剣を見て、そう確認する。長さ一メートルくらいの長剣だった。

「おうよ! 男なら長剣だろ!」

 そう自慢げに言うので、(ヤレヤレ……)と思いながら――

「坑道は狭いので、長剣では振り切れない場所がたくさんあります。ダンジョンで狩りを行うつもりなら、短剣かせいぜい刃の長さが五十センチ程度の剣にしてください。それと、ほかの三人は魔導士のようですが、剣士一人に魔導士三人という構成も良くありません。後方からゴブリンに攻撃されたら……」

「ああっ! うるさいなあ! あんた、いったいなんなんだよ!」

 今度はいきなりキレてきた。もう、なんで冒険者ってこうキレやすいのかなぁ……

「ギルドの指示に従わないのなら、クエストは受理できません。場合によっては、冒険者の資格停止の処置もいたしますよ」

「はぁ? アンタただの受付だろ? それでギルドの指示とか言ってんじゃねえよ! だまって、仕事だけしてろ!」

 冒険者なりたての若ぞうに、なぜか怒鳴られる。

「あのですね……」

 なんか、やってられなくなってきた。


「おお、なに騒いでんだぁ。フィス、こいつらはなんだ?」

 そう声をかけてきたのは、バートラムという上級冒険者。このトルトでは誰でも知っている。名前だけでなく、外見も目立っていた。なにせ、身長二メートル近い大男。そのうえ、上半身は革の胸当てだけのハダカ。彼いわく、鍛えれば筋肉だって鎧代わりになる――らしい。

 そんな大男に睨まれて、それまでイキがっていた若者たちがビビッていた。

私が事情を説明すると――

「そうか。オマエたち、フィスを困らせるのは良くねえなぁ。オレが話をしてやるから、こっち来いや」

 そう言って、若者の首をそれより太い腕でしめて連れて行ってくれた。


「はあ……」とため息をつく。

 今日はヘンな客にからまれてばかりだね――だって?

 違うわよ、今日――じゃなく、今日――だからね。


 そう、これが私の日常。冒険者ギルド受付嬢の一日なのよ。

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