第14話 縁切りのすすめ
「辺境伯領でも滅多に見ない魔獣だろうから、見るのはいいが起こすな! 殺すなんてもってのほかだ! やった奴は俺の魔法で首と胴を真っ二つにされても文句は言えんと理解しろ!」
先日のベヒモス、キングベヒモスに続いての
辺境伯家の騎士も使用人も、顔色を変えて庭に放り出された
庭に放置して、途中で目を覚ましたらどうするのかと心配になったが、そこはレシェートが何とかすると言うので、それ以上何を言うことも出来なくなってしまった。
「別に俺が何かをせずとも、籠の小鳥を持っていれば成体は動かんだろうよ。まあ……籠の小鳥に危害を加えようとでもすれば、話は別だろうがな」
「あ……小鳥ちゃんの方は、このまま……?」
鳥籠ごと抱えている状態の私に、少なくとも今はこのままで――とレシェートは言った。
「今は……というか、王都の魔法省に行くまでだな。ソイツも君の側だと安心しているようだしな」
「王都の魔法省? えっと……私も?」
「もちろんだ。当事者のいない報告など話にならない」
反論など受け付けないとばかりに言い切るレシェートに、応接室の前で待機していた、父と兄がそれぞれ顔をこわばらせていた。
ただ、あたりを見回したが、妹の姿だけはそこになかった。
「リ、リーリエはこの場に居させるなと副団長殿が仰ったのだ。おまえもその鳥を置いたら――」
父としては、何を言い始めるか分からない私も、ここから遠ざけておきたかったのかも知れない。
けれどそれをピシャリと遮ったのは、レシェートだった。
「この小鳥は
「引き離すなどと、いえ、そんな――」
「分かっていないようだから言っておくが、今、サルミン辺境伯家は降爵どころか直系の全員の首が飛んでもおかしくない状況だ。自分の代で家を途絶えさせたくないなら、余計な口はきくな」
「なっ⁉」
「どういうことでしょうか⁉」
思わず、といった体で声を上げた父と兄を、レシェートは冷ややかに見据えていた。
「エリツィナ! 副隊長殿に何を言ったんだ⁉ おまえに辺境伯家の何が――」
そして、一連の原因が私にあると思い込んでいる父が、更に声を上げたところで、視線どころか声までも冷ややかにそれを遮っていた。
「さっきのやりとりを、もう忘れたのか? サルミン辺境伯の頭の中は、そこの
「きゅるる……」
どうやら小鳥ちゃん、多少なりと人語が理解出来るようだった。
小鳥以下、とレシェートが評したことにやや不満げな声をあげていたが、レシェートは相手にしていない。
「む、娘はただ、副隊長殿を心から歓迎して、おもてなししようと――」
「ほう。成体となればキングベヒモス並みに危険な魔獣の子を囮に、森を荒らそうとするのが『おもてなし』か」
「い、いえ、森を荒らそうなどと娘はまったく――」
「では、何か? もう一人の娘を貶めるのが目的だと、堂々と宣言するか? 実の家族が?」
「そ、それは………」
言葉に詰まった父が、兄が、かいてもいない汗を拭う仕種を見せる。そんな動作は「
「どのみち外の
「――――」
父と兄の表情を見るに「反省しているようだから……」くらいは思っていそうだな、と思った。
しかもそう思ったのは、どうやら私だけではないようで、レシェートは「はっ」と、二人の振る舞いを鼻で笑い飛ばしていた。
「言っておくが、コトは既に外交問題に発展しようとしている。単に危険度の高い魔獣をけしかけて、姉の評判を落としたかっただけだ? 愚かすぎて話にならん。手を出した魔獣が魔獣だからな。森に捨てた実行犯を突き出しただけで済むわけもない」
父、あるいは兄が言い訳をしようとするのに先回りするかのように、レシェートは森で捕らえた青年だけを切り捨てたとて無意味だとその場でキッパリと言い切った。
「唆した妹、唆された男とそれに手を貸して魔獣を仕入れた
ここは、まだ応接室に入るまでの廊下だ。
引きこもっている妹の耳にも確実に届いているはずだ。
「ああ、許しを請うのは国に対してであって辺境伯家に対してではないから勘違いはするな。隣国の属国にならないためなら、王宮はためらいなく辺境伯家を犠牲にするだろうよ」
というか、わざと聞かせるために、レシェートはすぐ中に入ろうとしなかったのかも知れなかった。
「そ、そんな……」
「――言っておくが
――落としたいほどの評判なんてあったのだろうか?
そう思ったのは、どうやら私だけではなかったようだ。
声には出ていないが、表情から読み取ったのかもしれない。そんな兄を、むしろレシェートの方が柳眉を逆立てて睨みつけていた。
「魔獣狩り自体、ある意味命がけの仕事だ。それすら辺境伯家では重視されていなかったと?」
「あっ、いえっ、その――」
「――言い訳はいらん。どのみち魔力測定値詐称の件もあるし、姉の方は王都魔法省と王宮への出頭は必須だ。
何があろうと。
辺境伯家だけでなく、私個人へのお咎めも匂わせるレシェートの発言に、父も兄も黙り込んでしまった。
頭の中で目まぐるしく、保身のための計算が為されているのだろう。
もうその時点で、いざとなれば私を差し出して手打ちにするつもりがあると言っているようなものだ。
「!」
ただ、顔を見合わせて黙り込む父と兄を横目に、レシェートはこちらを向いて軽く片目を閉じていた。
(君のことは、俺が守る)
「なっ……」
明らかに唇がそんな風に動いているのが見えて、私は声を出さないように、自分の手で口を覆うのが精いっぱいだった。
(この人、何を言っているの⁉)
あくまで、父や兄への脅しだから心配するな――とでも言うのだろうか?
「そうだな……もしも、辺境伯家の家督をサルミン家のまま継がせていきたいと思うのであれば」
レシェートのその言葉に、二人で顔を見合わせていた父と兄が、弾かれたようにレシェートの方を振り返る。
明らかに何か誘導をしているように聞こえるのだが、とても口を挟める状況にはなかった。
「
「なっ……⁉」
そして、想像もしなかったレシェートのこの発言に、父は「馬鹿な……」と呻き声を発し、私も兄も目を見開いてその場に立ち尽くしてしまった。
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