第13話 悪くない?
「あっ、そうだ! ええっと、あのっ、この籠、壊していただくことは……?」
もちろん、私自身で籠を壊せないわけじゃない。
ただ私だと、籠を壊す
魔獣狩りを中心に日ごろから魔力を振るっているため、繊細な作業にそこまで自信がないのだ。
先遣討伐隊副隊長ともなれば、私よりは加減が上手なのではないかと、籠と小鳥を指さしながらレシェートを見上げた。
「ああ、まあ、籠ごと粉みじんにするのとはワケが違うからな……確かに俺なら、やってやれないこともないが」
まさかの
思わず眉根を寄せてしまった私に、くすくすと面白そうな笑い声が降ってきた。
「君の魔力量からすれば、すぐに想像はつく。自分でもそう思っていたから、俺にお伺いをたててきたんだろう?」
「それは……そうなんですが」
「魔法師団や魔法学院でも身の程知らずの魔術師や卵どもが一定数存在する。それを思えば、今の判断は非常に好ましいといえるな。さすが、俺の奥さん」
「⁉ まだ奥さんじゃありませんよ⁉」
「まだ、というからには検討くらいはしてくれているんだろう?」
もうっ、ああ言えばこう言う!
思わず空中を睨んでしまったけど「可愛いだけだな」と一蹴されてしまった。
「かっ、かわ……っ」
そんなセリフ、妹の専売特許だと思っていた。実際、今まで一度も、誰からも、言われたことはない。
誰のことですか? と声を大にしていいたいほどだ。
もっとも、目を白黒させている私を見るレシェートの目は、意外にも真剣だった。
「何度も言うが、俺は君の妹には欠片も興味がない。俺が『隣にいて欲しい』と望んだのは君だし、そのために王都で色々と根回しもしてきたからな」
「……根回し……」
何だろう。共に魔獣と戦いたい、という副音声が聞こえた気がするのは気のせいだろうか。
討伐したベヒモスやキングベヒモスの報告に帰って、それで終わりと思っていたのはどうやら私だけで、戻るなりレシェートは、私の魔力測定値詐称の件も含めて、魔法省や王家など数多の部署を巻き込んで、あれこれ手を回してきたと言うのだ。
「……そんな時間、ありました?」
「これまで、手に余る褒賞は『国への貸し』として溜め込んでいたからな。まとめて吐き出してやると言ったら、むしろ諸手を挙げて喜ばれた」
お金や高価な魔道具ならともかく、爵位や縁談などはあっても迷惑なだけだったので、これまでは「貸し」ということで受け取らずにいたのだそうだ。
国としても、無理強いをして他の国に行かれるくらいなら――と、今までその姿勢は黙認してきたと言うが、ここに来ての「結婚」宣言。しかも相手は辺境伯家の令嬢。
これは確実にこの国に根付かせなくてはと、レシェートの手の届かないところでも、上層部の方がむしろ率先して動いているのだという。
つまりはそれだけ、未来の師団長としてのレシェート・グルーシェンの存在が重要視されているということだ。
「えぇ……」
私なんかが王都のお偉い方々に認められるとは、とても思えない――そう言おうとしていた「口実」は、とうの昔に潰されていたということだ。
唖然とする私に、レシェートはニヤリと口角を上げた。
「まあそういうことで、ある程度のめどがついたから戻ってきた。もちろん君の『居場所』もちゃんと王都に用意してきた。それを説明したかったのに、君は留守だと言われるわ、懲りずにくだらん引き留めを繰り返すわ――俺は悪くないと思うんだがな」
あまりに堂々としすぎていて、うっかり私も「そうかな?」と思ってしまったほどだ。
ただ妹が、懲りずにそこでも「おもてなし」を主張したとなれば、確かにイラっとする気持ちは分からなくもない。
キレかけたレシェートが「更地にしたのはほぼ自分の責任。それは自分が見に行かなくては」と、妹の主張をガン無視する形で、着いたばかりの辺境伯家の館から飛び立とうと、魔力で威圧した――というのが、コトの詳細らしかった。
「威圧だけで、そんなペラペラと話すものなんですか……?」
そんな、自白剤みたいなことが出来るのだろうか、魔力の威圧……と私が首を傾げれば、レシェートは「さすがに、それだけというわけでもないな」と笑った。
「君程度のおもてなしに何の価値が? などと、他にも色々と煽ってやったら『お姉さまは今頃魔獣と戦っている頃だと思いますわ! 己の力では太刀打ち出来ない魔獣がいると、思い知ればよろしいのよ!』なんて自分から叫びだした」
「…………え」
何をどう煽ったのかも気になるが、どうやら妹はレシェートに乗せられて盛大に自爆したらしい。
そのやりとりの途中で、キングベヒモスに匹敵する魔獣の気配を感じたために、レシェートは話をそこでぶった切って、森へと飛んで来たのがコトの詳細らしかった。
本来なら妹の発言の詳細をもっと問い詰めなくてはならなかったが、あまりに強大だった魔獣の気配を辿ることを優先させたのだ。
そこは、さすが先遣討伐隊副隊長だ。優先順位の判断が早かった。
「まあしかし、辺境伯家の人間が魔獣を自ら招き入れるなどと、普通ならば一発で爵位剥奪だ。まして君の魔力測定値詐称のこともあるから、このままいけば王都でのサルミン辺境伯家の評判はこの先目も当てられないことになるだろうよ」
「…………ですよね」
反論の余地もない私をチラリと見ながら、レシェートは「ただな」と、話には続きがあることを仄めかせてきた。
「この
そのため隣国でもしょっちゅう乱獲や違法取引の対象として狙われているそうで、この小鳥もその流れで持ち込まれたのではないかということだった。
「今、籠を壊してここで親ごと放してやってもいいんだが、そうなると辺境伯家全員の首が飛んでもおかしくない事態に陥りかねない」
何故隣国で尊ばれているはずの
何より辺境伯家は「やらかしている側」だ。公平性や信憑性を著しく欠く。
魔法師団先遣討伐隊副隊長としてのレシェートの存在が、このうえなく重要なのである。
「今なら
ただ逃がしただけでは、犯人をかばうために全てを無かったことにしようとしたのではないかと疑われかねないのだと、レシェートは眉根を寄せていた。
そんなつもりがあったのかなかったのかは重要ではなく、そう見えてしまうのが問題なのだ――と。
「なのでとりあえず、だ。気絶させた方も、籠に入っている方も、このまま王都まで連れていく。籠ごと運んだ方が、万一の時
もちろん、木に磔状態となっている男も連行だと、レシェートは言った。
「えっと……今すぐ、ですか……?」
レシェートほどの魔力があれば、文字通り「ひとっとび」で王都まで戻れるのだろうが、それこそ辺境伯家は皆どうなる、どうするのかという話である。
「そうだな……ああ、いや、まだサルミン辺境伯らとの
「そ、そうですか」
「大丈夫だ。悪いようにはしない。だから俺の本気をそこで見極めてくれ」
「本気」
「だいぶ王都で外堀を埋めてきた自覚はあるが、それでも本人の意思をまるごと無視するつもりはない。納得して、俺の手を取って貰えるよう、このあと君の家族も交えて全力で主張させて貰う。話を聞いて、先入観や偏見を取り除いた返事を聞きたい」
副隊長の地位だけを楯に、引いてくれるなとレシェートは言った。
王都で外堀を埋めてきた、などと言われてしまうとなんとも薄ら寒いものは感じるのだが、そこに悪意はないというのもまた確か。
私は、こっくりと頷くことしか出来なかったのだった。
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