第12話 神秘の鳥(シムルグ)と魔術師

 誰がそれをやらせたのかは気になるものの、この森を魔獣の被害に晒すわけにはいかない。


 ただでさえベヒモスを切り刻んだ反動で更地になった箇所があるというのに、これ以上被害を拡大させてしまえば、魔獣に「侵入しやすい場所」として認識されかねないのだ。


 それを思えば、今の危機を回避することを優先させるべきだろう。


(仕方ない)


 籠を壊して逃がしてやるのもいいが、それだと籠に向かって攻撃をするかのように見えてしまうので、余計に神経を逆なでしてしまいそうだ。

 もはやこのままの状態で、恐らくは親鳥であろう魔獣を待ち構えるしかなかったのである。


「ぐるるるる……」

「きゅるるー……」


 近づく気配に、籠の中の小鳥が反応してさえずっている。


「こ、小鳥ちゃん? 出来れば私だけでも庇ってくれたら嬉しいんだけどな……」


 通じているのかどうかは分からない。

 それでも言わずにはいられなかったのだ。


「!」


 やがて森の木を軋ませるようにしながら、籠の小鳥のサイズからは想像もつかないほど大きく成長している鳥の姿が目に飛び込んできた。

 しかも、飛ばずに歩いていたところを見ると、小鳥の居場所をある程度特定していたがために、飛ぶ必要はないと判断したのだ。それなりに知性があることの証左でもあるだろう。


 狼のような頭、獅子のような脚、孔雀を思わせる羽まわり。見たこともない姿形であると同時に、キングベヒモスと同じ、あるいはそれ以上の大きさを持っていた。


 一瞬「あ、ダメかも?」と心の中で思ったほどである。


 とはいえ、ここでいきなり自分の魔力をぶつけるのは逆効果だ。この小鳥を傷つけるつもりはなかったと、親鳥に納得して貰わなくてはならない。


 果たして話は通じるのか、こちらの意図を分かってくれるのか――表面上は落ち着きをみせつつ、実はぐるぐると次のに悩んでいたところに、事態は思いがけない方向へと転がり落ちていった。


「――ここにいたのかっっ‼」

「⁉」


 どこかで聞いた声と共に、足元を爆風が駆け抜けてゆく。


「ちょっとだけ、足踏ん張ってろよ!」


 そんな声と共に現れた〝影〟が、あっという間に親鳥の背後をとっていて、しかも手刀を親鳥の首元に叩き込んでいるのが見えた。


 ぐっ……と、くぐもった声が聞こえて一瞬ギョッとしてしまったものの、それが人ではなく親鳥の発した音だったと気が付いたのは、その身体がぐらりと横に傾いた時だった。


(えっ、そんなやり方でいいの⁉)


 人間を気絶させるわけでもあるまいに……と思ったものの、実際にそれで親鳥の威嚇の気配が消えようとしているのだから、最早何も言えなくなる。


 森の木がまた何本も薙ぎ倒される恰好になり、一瞬遠い目になる。

 ああ、これで結局更地が広がってしまう……明らかに助けて貰っておいて、思うことではないのだが……。


「シムルグは古代種の血を持つ妖鳥だ。ただ首を落として血をまき散らしたりすれば、辺り一帯の土壌や生態系に悪影響を及ぼす。魔法省の特殊な〝結界〟の施された部屋に持ち込むか、元の住処に追い返すかが定石なんだよ」


「…………」


 なるほど、遭遇経験があるあたりさすがは王都の魔法師団の所属。

 だからと言って、森の木よりも背の高い魔獣を手刀ひとつで気絶させるなどと、規格外も甚だしい。人間でも、手刀を首に叩きこんで気絶することはほぼないと聞くのに。


「どうした⁉ どこか怪我でもしたのか⁉」


 私の知る限り、そんな規格外者は一人しかいなかった。


「副隊長様……」

「そんなつれない呼び方をしないでくれるか」


 ――宙に浮いたまま、そう言ってレシェート・グルーシェンは唖然としたままの私に困ったような微笑みを見せたのだった。





「……なるほど原因はソレか」


 私の力でふわりと浮かせたままの鳥籠と小鳥を見たレシェートが聞く。


「あっ、はい。そこの木に貼り付けておいた男が実行犯みたいですけど」


 チラリと木のある方へ視線を向ければ、レシェートが不愉快そうに眉をひそめた。


「ふん……そもそもの原因は君の妹のようだったがな」

「はい⁉」


 予想外なことを言われて、思わず声が裏返ってしまう。


「君の妹が取り巻きの子爵令息を唆した。で、ソイツも金を使って借金で苦しんでた家の子飼いを使って、他所の領地からソイツを持ち込んだらしい」


「リーリエが⁉ なんでそんな……っ」


 聞けばレシェートが王都から再び辺境伯領へと戻ってきた時に、私は不在。

 更地になった森の様子を見に行っているから、戻って来るまで待てばいいと言われたところに、再びキングベヒモス並みの魔獣の気配を感じ取ったのだと言う。


(この鳥っぽい魔獣の気配よね、多分……)


「当然そっちに駆けつけようとしたが、どいつもこいつも、あーだこーだと言いながら俺を行かせまいとする。鬱陶しくなって魔力で威圧してやったら、先に妹の方が根を上げたというわけだ」


「⁉」


 どうやら皆、レシェートの懐柔をまだ諦めていなかったらしい。

 鬱陶しくなって魔力で威圧――というのも、対応の仕方としてはどうなのかと思わなくもないが、元をただせば辺境伯家こちらが悪いわけだから、威圧されたからといっても抗議のしようもないはずだ。


 それにそもそも、小鳥とは言え外から魔獣を持ち込ませるなどと、辺境伯家の者としては、あってはならない振る舞いなのだ。

 しかも騎士服まで勝手に使わせているらしい、この状況。

 いくら普段妹に甘い父や兄も、さすがにこれは看過できないだろう。


「あの小娘、俺が『くだらない』と言い捨てたことがよほど気に入らなかったらしい。君の手に負えない魔獣が出て、大した力はないのだと知らしめることが出来れば、今度こそ俺が目を向けると思ったらしいぞ」


「嘘……」


 取り巻きの子爵令息、のところで誰のことかは想像がついた。

 兄がいる以上、妹と結婚しても次期辺境伯になれるわけではないが、妹が輿入れをすれば辺境伯家との繋がりが出来る、まして次男三男であれば長男を押しのけてその家を継げる可能性だってある――と、妹に近付こうとする者は一定数いた。その中の一人だ。


 ちなみに私は魔獣を狩る姿を度々領内で目撃されているせいか、誰もすり寄ってさえ来ない。自分よりも強い嫁などごめんだ、とでも言わんばかりに。


 いや、今は私のことはどうでもいい。

 問題は妹がやらかしてしまったことの重大さだ。


 魔獣から領民を守るべき辺境伯家の人間が、自ら魔獣を招き入れた。

 小鳥だから、で済む話ではないのだ。


「も……申し訳ありません、副隊長様……辺境伯家の者として、処罰は覚悟――」

「レシェートだ」

「え」

「レシェート」

「いえ、でも、その……」


 辺境伯家の存続が危ういというのに、そんな押し問答をしている場合なのだろうか。

 その思いをこめて、精一杯レシェートをじっと見上げてみるものの、分かっているのかいないのか、レシェートは折れる様子を見せなかった。


「あ、もちろん『様』もなしで」

「そんな……」


 躊躇していたら、余計に難易度が上がってしまった。


 これは観念して呼ばざるを得ないのかと思ったところに、そこへ予想外の救いの手が差し伸べられた。


「きゅるるるー!」

「あっ、小鳥ちゃん!」


 目の前で親鳥(?)が倒れたのだ。

 それは驚いて叫びたくもなるだろう!


「チッ……」


 えっ、舌打ち?

 王都の魔法師団に所属するようなエリート魔術師が、舌打ち?


 でもよく考えてみれば、そこそこ口が悪かったのは確かだ。

 考えた私は――聞かなかったことにすることを選んだ。

 それが自分で自分の外堀を埋めることになるとは思わずに。

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