第11話 嫌がらせ

 耳を澄ませば「きゅるる……」と、やはり鳴き声が聞こえてくる。


「――探知」


 私は一度握りしめた手を静かに開いて、魔力を少しずつ周辺へと流していった。

 魔物であろうとなかろうと「生物」であれば反応をする、初級の魔法だ。


 更に魔物かどうかを特定する中級の探知術もあるにはあるが、その場合は相手にも居場所が知られてしまうため、一人で展開するには危険があるのだ。


 とりあえず場所が分かればゆっくりと近づいて、それから対応を考えればいい。

 私はそう思って、初級の探知術を展開させたのである。


「……あ」


 声が聞こえるくらいだから、いずれ反応があるのは当たり前で、知りたかったのはその場所だ。

 広がる魔力の波が、そう時間を置かずに声の主がいる場所を探し当てていた。


 他にも反応はあったが、どれも相対したことのある波動であり、唯一知らない反応が一か所だけあったのだ。

 飛んでいくのも相手にこちらの存在を知らせてしまうことになるし、何よりそこまで遠い距離での反応でもない。


 私はそっと、歩いて声の主を探すことに決めた。




「きゅるる……」

「――いた」


 更地の方ではない、森の中の方に「それ」はいた。


「魔獣……?」


 籠に入れられた状態で地面に置かれているソレは、尾の長い、羽毛が宝石の様な輝きすら見せている、見目麗しい小鳥だ。何も知らなければ、森に住む野鳥の一種と思ったかも知れない。


 だけど圧倒的に、その鳥が持つ気配が違うのだ。

 そこには明らかな「魔」の気配がある。


(まずい)


 今までに遭遇した記憶はない。何の鳥……魔獣なのかは分からない。

 それでも分かっていることはあった。


 ――どこかに親鳥がいるはずだということは。


「なんで……」

「う、うわぁぁっっ!!」

「⁉」


 そこに聞こえてきたのは、恐怖に支配された叫び声と、この場から走り去ろうと草をかき分けている物音だ。

 場所と状況を考えれば、明らかに不審の匂いしかしない。


「――絡め捕れ!」


 そう、私が手を伸ばした瞬間、周囲にあった草が勢いよく伸びて蔦の形となり、逃げ去ろうとする足音の方へと勢いよく向かって行った。


「なっ⁉ 離せっ、なんだコレ……っ」


 やがてそんな声が聞こえてきたところを見ると、逃げた相手を上手く捕獲することが出来たのだろう。

 拳を握って、ぐっとこちらに引っ張る仕種をすれば、あまりキレイとは言えない叫び声と共に、誰かがこちらへと引きずられてくるのが見えた。


「……不可抗力よね。このコ置いて行けないし」


 あちらこちら出来ている擦り傷に関しては、勘弁して貰おうと思う。そもそもが不審者なのだから。


「……あれ?」


 とは言え、人影が近づいて来るのと同時に、どうにも見覚えのある恰好に私の目も思わず糸目になりかけた。


 どう見ても、辺境伯家の騎士服を着用しているからだ。

 だけど顔には見覚えがない。

 辺境伯家の者として、自家に仕える者の顔は覚えておくようにと言われていたから、それは間違いない。


「……誰?」


 うっかり声が低く下がってしまったのも、無理からぬことのはずだ。


「なぜ辺境伯家ウチの服を着ているの? どこから、それを?」

「くっ……」


 蔦に引きずられた男が足元まで来たところで、そう問いかけたものの、唇を噛みしめたままの男から答えは返らない。

 むしろ「戻って来るのが早すぎるだろう……」といった不本意な声さえ洩れ聞こえていた。


「もしかして」


 その瞬間、ひとつの嫌な可能性にたどり着いた。


「辺境伯領に魔物を呼び込むために、どこかからこのを持ち込んだ……?」

「――くそっ!」


 吐き捨てるような声は、肯定の証。

 ふざけないで! と、私は思わず声を上げてしまっていた。


「目的は何! 人の住む区域の方まで来てしまったら、どうするつもりだったの⁉」

「答えるわけねぇだろ! 馬鹿か!」

「……ああ、そう」


 確かに男の言うことは間違ってはいない。

 違法行為をする者がその理由を語るとするならば、自分のしていること絶対的な自信があって、しかも己の勝利を確信している時だけだ。


「じゃあ、このままそこらの木に縛って置いて行くから、このの親が怒り狂って探しに来た時の人身御供になってくれればいいわ」


「なっ……アンタそれでも辺境伯家の長女か⁉ 妹とはえらい違いじゃねぇか‼」

「⁉」


 自分の身分を知られていることに加えて、リーリエの方を知っているらしいその口調。


 どうやら無意識のうちに苛立っていたようだ。

 つい魔力を増やしてしまい、蔦がそのまま掴んでいた男をビタンと木に叩きつけてしまっていた。


「あらごめんなさい、つい」

「何がつい、だ! くそっ、解けねぇ……っ」

「……元気ね」


 辺境伯家の騎士ではないようだが、そもそも領内にも妹の「信者」は多い。

 こんなところで詳しい話を聞いている場合じゃないが、戻ってしまえば家族に丸め込まれるか、もみ消されてしまう可能性もゼロではない。


「やっぱり、置いていく……?」


 一晩たてば、恐怖で口も軽くなるかも知れない。

 おい! とか何とか喚いているが、今はそれよりも――


「きゅるる……」

「そうよね、不安よね……?」


 籠の中とはいえ、静かに蹲っているところからすると、まだ自力では飛べない年齢なのかも知れない。

 かと言って、籠を壊して抱き上げてしまえば、人の匂いがついてしまい仲間から忌避される可能性もある。


「うーん……親鳥を探す……?」


 籠ごと持ち上げたとしても、この小鳥は多分暴れないだろう。もしかしたらここに来るまでにさんざん暴れて、出られないことを理解したのかも知れないし――恐ろしいのは、すぐに親鳥が来ると理解していて、動かない可能性だ。


 そこで縛られている男の目的が、後者のように、小鳥を探す親鳥に暴れさせて、この辺境伯領を混乱に陥れることなのだとしたら。


「探すしかないかぁ……」


 いきおい、そういう結論しか導き出されないのだ。


「よし。……浮け」


 そう言って、籠に向けて片手をかざした。

 緩やかな魔力の波が籠を取り囲んで、やがてその籠をふわりと地面から目線の高さまで浮き上がらせる。


「きゅ⁉」

「はーい、こわくなーい、こわくない。お母さんかお父さんか、探しに行こうねー?」


 籠の中の小鳥とは一定の距離を保ちつつ、なるべく落ち着いた声を聞かせて、小鳥を驚かせない様に気を配る。


「おい!」

「うるさい、気が散る! ってか、アンタはその木にへばりついてなさい‼」


 魔力は声にもこめることが出来る。

 視界の端から「ぐえっ」と、蛙が潰れたかのような声が聞こえてきたけど、気にしない。


「さて、小鳥ちゃんはどこから連れてこられたの――」


 かな?

 そう聞くつもりだったはずが、私の声も、身体も、そこで凍り付くように縫い留められてしまった。


「ぐるる……」


 凄まじい魔力の「圧」と、地を這うような低音声が、辺りに響き渡ったからだ。


(――何かいる)


 それもかなり危険度の高い魔獣の気配。

 この前のベヒモスといい、出没度としては異様だ。

 何の魔獣にしろ、これとて間違いなく王都への通報案件だ。


「ねぇ、今のはアナタの身内の声かな?」


 魔力の高い魔獣だと、話せないまでも意思は通じるらしいと聞いたことがある。

 ダメもとでそう聞いてみたところ、小鳥が籠の中でバタバタと羽根を羽ばたかせはじめた。


 ……何だか「そうだよ!」と言われている気が、ヒシヒシと。


 それはそれで、非常にマズいんじゃないだろうか。


(この気配、怒ってるよね?)


 どこからか攫われて、籠に閉じ込められた上に辺境の森にポイ捨て。

 魔獣でなくとも激オコ案件だろう。普通は。


「……よし! とりあえず、あの誘拐犯差し出して『ごめんなさい』してみよう!」


 木に磔状態の男が何やら喚いているが、無視だ。

 動機を聞いてはいないものの、実行犯なのは明らかなのだから、それは罰としても有効なはずだ。


「くそっ! こんなことになるなんて聞いてねぇぞ⁉︎ シムルグの幼鳥を森に捨ててくるだけだ、怒った親が森を荒らしまわって長女の責任問題になればそれでいいんだって話だったはずが……っ」


「……はい?」


 後ろ暗いところがあったうえに追い詰められた人間というのは総じてロクでもないことを喚きがちだが、今日のコレも――なかなかにヒドかった。


 以前に魔法省分室の職員から魔法についてあれこれ教わった際に「他所の領地に魔獣を捨てて、反撃の矛先を逸らそうとしてくる嫌がらせ」があると聞いたのを、まさかここで実感するとは思わなかった。


(よく分かった)


 頼んだのが誰であるにしろ――これこそ嫌がらせだと。

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