第15話 君の居場所

「何故、驚く。外交問題だと言っただろうが」


 父、兄、私のこの反応に、レシェートは「何を言っているんだ」とばかりに腰に両手を当ててこちらを睥睨へいげいしていた。


「実行犯は隣国あちらに処刑させることで、矛を収めさせる。こちらは妹の取り巻きがどうやって妖鳥シムルグ幼鳥を入手したのかを吐かせれば、違法取引の流通ルートを一つ潰すことになって、国としての面目は立つ。後は本来なら、幼鳥を危険に晒した謝罪として莫大な賠償金が必要になるところを、妹を輿入れさせることで手打ちにするんだ」


 そうすれば、辺境伯家としても今回の件に対するお詫びとしての誠意を見せたということになり、残る一族の首は飛ばないだろう――そう、レシェートは言ったのである。

 すなわち妹はお金の代わりだ、と。


「い、いくら副隊長と言えどそれは越権行為では……」


 魔法師団が辺境伯家の縁組に口を挟むのか。

 平時であれば、父のその弱々しい抗議も正しくはあっただろう。


 だけど今回、騒動の中心になっているのは隣国の妖鳥シムルグ

 案の定、父の言葉をレシェートは一蹴した。


「そもそも、魔獣や魔法が絡む案件に関しては、魔法師団に国からある程度の裁量権が与えられている」


 まさか知らなかったとでも? と、言い放つレシェートの声は厳しい。


「そして忘れているのかも知れんが、俺は先遣討伐隊『副隊長』だ。下っ端魔術師よりも遥かに多くの権限を与えられている。つまり、よほどのことでもない限りは俺が申告することがそのまま上層部に諮られて、そして通るんだ」


 ――たとえそれが縁組の話でも。


 そう告げられた父、そして兄の顔色は蒼白になっていた。


「り、隣国というのは……」

「まあ『どの家の誰に』を考えるのは宰相の仕事になるだろうがな。ただ俺からは、王の後宮を推薦しておくつもりだ」


 王の後宮。

 一見すると華やかな世界で衣食住が保証されるかのように聞こえるが、そこでニヤリと口の端を上げたものだから、まったく良いことのようには思えなかった。


「王は王妃ひとすじらしいが、国内で問題を起こした高位の貴族令嬢の行き場がないとかで、困った国が予算を割いて後宮を作ったらしい。基本、王のお渡りはゼロ。やることは王妃に仕えること。実質、王妃が住まう宮の下働きメイドのような扱いで働かされる場所らしいな」


 高位貴族であればあるほど、娘が修道院に放り込まれたとなれば外聞が悪い。

 特にその家の娘は不要でも後ろ盾は欲しい場合に、名ばかりでも「後宮」に放り込んだていをとっておけば、その家の当主としても王家に逆らいづらくなる。


 後宮と書いて修道院と呼ぶも同然――というのがそこの実情であっても、だ。


 そして「実際のところは王妃が住まう宮の下働きメイド」――レシェートがそう言い切ったと同時に、何かが壊れるけたたましい音が、静かだった廊下に響き渡った。


 確実に、こっそり聞き耳を立てていた妹のところにも声が届いていたのだ。


「……あれが辺境伯領で評判の令嬢だと?」


 ただのワガママなお子様ではないか。

 そう吐き捨てるレシェートに、さすがの父も兄も、反論の術を持たなかった。


「まあ、どうなろうと俺の知ったことではないがな。俺はあくまで、王都に戻ったらそれを報告書の中の一枚に書き加えるだけだからな」


「そ……それは……っ」


「何とかならないか。そう言うのは容易いが、その瞬間にサルミン家が以後辺境伯家を名乗ることはないと覚悟することだな。さあ――どうする?」


 家か、可愛い可愛い妹姫か。


 わざと「可愛い」を連呼しながら煽るレシェートに、父も兄も何も言えなくなっていた。


「じ、時間を……息子と相談を……」


「そうか。まあ、一方的にこちらの意見ばかり押し付けていてもな。十分に相談するといい。その間、そうだな……庭でこちらのエリツィナ嬢にお相手いただくとしよう」


 え、庭?


 名指しされて顔を向けた私に、レシェートは籠の小鳥をちょいちょいと指さした。


「まだ気絶してるだろうが、成体の側に少しでもいさせてやる方がソイツも安心だろう」

「あ……そう、ですね」


 そこは真っ当な提案で、悩むような余地もない。


 私とレシェートは、顔色悪く身体を振るわせたままの父と兄を残して、妖鳥シムルグが放置されている庭へと足を向けたのだった。




❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀




 レシェートの最初の一喝が効いたのかどうか、庭に横たわったままの妖鳥シムルグを、複数の騎士たちが遠巻きに眺めている。


 ただレシェート自身は気にしないとばかりにスタスタとすぐ側まで近寄っていて、そうなっては私もその後に続いて歩くことしか出来なかった。


「きゅるる……」

「大丈夫だよ、小鳥ちゃん。寝てるだけみたいだから」


 手を伸ばせば妖鳥シムルグに触れられるほどのところまで来た時、小鳥が心配そうな声を上げたため、私は「大丈夫だよ」と、小鳥に声をかけてあげた。


 ですよね? と確認するようにレシェートを見れば「ああ」と、短い頷きが返されてくる。


「さっきも言ったが、下手に騒いだり触ったり、いきなり魔力をぶつけたりしなければ大丈夫だ」


 普通はそんなことしません、というようなことばかりをレシェートが言うため、私も諦めて大丈夫なのだと思うことにしておいた。


「ああ、そうだ。ひとつ言っておくが」


 ピクリとも動かない妖鳥シムルグを思わず覗き込んでいた私に、さもなんでもないことのようにレシェートが話しかけてきた。


「君の家族が家を選ぼうが妹を選ぼうが、君が王都へ来るのは『国として』決定事項だ。つまりは移動の費用も向こうでの滞在費用も公費負担。君は細かいことは気にしなくてもいい」


「公費……」


 十年前のこととは言え、やはり測定値の詐称報告は重罪ということなのだろうか。裁判ともなれば、その関連費用が公費というのも納得がいく。


 そんな風に思った私の表情をどう見たのか、何故かレシェートはクスリと笑い声をそこで洩らした。


「言っただろう? 君のことは俺が守るし、王都での君の居場所も用意すると。つまりはサルミン家がどちらを選ぼうと、縁を切る君は無関係。そうするための茶番の事情聴取だ」


「茶番……あの、私は裁かれるわけじゃないんですか……?」


 辺境伯家と縁を切る前提になっているのも気になるが、それよりもレシェートの口調のままだと、あくまで体裁を整えるためだけの王都行きであるかのように聞こえる。


「裁かせるわけがないだろう。ああ、辺境伯家の罪を見逃すための人質でもないからな。王宮と魔法省には『俺の妻となる女性の実家に瑕疵があれば、困るのは誰なんだろうな?』と脅しをいれただけだ。心配しなくても君と引き換えに無罪放免になるようなことにはならない。上層部おえらがたが落としどころを探って動くだろうよ。連中の給料仕事だ」


「いえ、逆に心配なんですが⁉」


 いったい、レシェートの王宮内での立ち位置はどうなっているのか。

 目を丸くする私に、今度こそハッキリとレシェートは笑った。


「魔力測定値の申告を偽ったのは、周囲の大人が原因。本人には何の罪もないということで王宮内での対応は既に確定している。だがそこまであの家族に内情をぶちまける義理はあるか? 逆に、あれくらい言わないとあの家族はこれからも君を都合のいいように使おうと目論んだはずだ。妹だけを追放する形をとろうにも、のらりくらりと言い逃れをしそうだったしな」


 ああ、とそこはレシェートの言い分がストンと胸に落ちた。

 首が飛ぶ。辺境伯家の地位を他の家に譲渡する。あるいは降爵。そこまで言われてようやく、父と兄の中に妹のやらかしに対しての危機感が芽生えたのだ。


 妹か、家か。


 どちらを選ぶか興味はあるものの、私としてはどちらを選んだところでさしたる喜びも怒りも湧かないような気はしていた。


 虐待とは言わないまでも、あまりに無関心でいられた年月が長すぎた。


「…………あの」


 レシェートの言う「君の居場所」に、興味が湧いてしまうほどには。


「その、私の居場所というのがどこなのかを聞いても……?」


 私の言葉がよほど意外だったのか、その瞬間確かにレシェートの表情がぱあっと輝いた。


「そうか、気にしてくれるか⁉」

「い、一応ですよ? 一応、聞くだけ聞いてみようかな、とか……」

「いやいや、考慮の余地なく却下されるよりは嬉しいさ!」


 聞く前から受け入れていると思われるのも困るので、予防線を張ってみたものの、これ、レシェートはちゃんと聞いているだろうか――


「まず一つめは、だ!」

「…………はい?」

「結婚して欲しいって言ってるの忘れたか? 当然それは、俺の隣ってことになるだろう?」

「…………」


 あまりの直球に、はくはくと口が開くだけで何も言い返せなくなる。

 その様子をじっと見ながら、またしてもレシェートは「反応がいちいちかわいいなぁ」と、満面の笑みを浮かべていた。


(ま、また「かわいい」って!)


 明らかに、さっきの「可愛い可愛い妹」というのと、響きが違う。

 私の反応を楽しむように「ああ、もちろん」と、レシェートは言葉を続けた。


「自立心旺盛そうな君のことだから、それだけじゃ納得してくれないだろうと、もう一か所を用意してある」


「…………それを先に言って下さい」


 何だか色々と読まれてしまっているのがちょっと癪だが、私の心が動いてしまうのも、また確かだ。


 ――本当に、レシェートがこの地にやって来てから辺境伯家の誰も彼もが振り回されてばかりだ。


 ため息交じりに先を促す私に、口元を綻ばせたまま、レシェートがその先を種明かしした。




「魔法学院の管理人――寮監だ」

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