第8話 規格外にも上がいた

(保たせるだけ……「だけ」って……!)


 レシェートが起こした地響きと風の方が、よほどベヒモスがぶつかっていた時よりも威力満載だった。

 何なら空中に留まっているための魔力さえも持っていかれそうになってしまったほどだ。


 頑張れ。耐えろ私。


 そんな風に自分の魔力維持にいっぱいいっぱいでいたためか、気付けば森の端の樹木が多少だが消滅していた。


 そう、消滅。木があった記憶のある場所が更地になっていれば、いやでも気が付く。

 あの衝撃で、あの場所だけで済んでいるのなら、それはそれで幸運と言えるのだろうが。


 しかも二頭のベヒモスに加えて、それよりも一回りも二回りも大きい――恐らくはキングベヒモスの遺骸が、その更地になった地の上 に積みあがっていた。


 それが遺骸とすぐに分かったのは、あちらこちらに裂傷が見えている上に、既にピクリとも動かないからだ。


「嘘……」


 私もよく「規格外」と言われて育ってきたが、そんなものは比較にもならないと思わされた。

 恐るべし魔法師団・先遣討伐隊副隊長。


 彼でこうなら、討伐隊の隊長や上位組織である魔法師団の幹部の魔力はどうなっているのか。


 私はしばらく唖然として、その光景を見つめてしまった。


「さて、アレは討伐証明にもなるから、辺境伯家の庭にまずは放り込んでやろう。くだらぬ話で人を引き留めようとした罰だな」

「…………え」


 やれやれと、片手で肩を揉む仕草を見せながら、レシェートは笑顔でとんでもないことを口にしていた。

 アレを辺境伯家の庭に放り込む? 冗談だと思っていたが本気なのか。


「あの……」


 あんなのを放り込んだら、その勢いで辺境伯家の館の方が崩壊しそうだ。

 そう思った私に気付いたのか、レシェートはここでもニヤリと口元を歪めた。


「別にいいだろう? あんな家……というか、連中に愛着あるか?」

「そ、それは……」


 困った。彼は痛いところを突いてきていた。


「いくらベヒモス『かも知れない』って話にしたって、普通一人でそれを確認させようなんて思わないからな。昔の俺もそうだったが、災害級の魔獣に単独であたれって言われるのは、妬みからくる嫌がらせ以外のナニモノでもない」


 さすがに副隊長となった今では、嫌がらせの意味はなく、自分の判断で来ているだけだと肩をすくめているけれど。


「私には……これしか価値がないので……」


 妹のように淑女教育を受けてきたわけではない。

 妹のように、縁組によって辺境伯家の発展をと望まれているわけではない。

 ここでは――魔獣を狩るこの力が、私の存在意義なのだ。


 多分、声にしないまでもそこまでを悟ったんだろう。

 レシェートは私の言葉の途中から、眉間に皺を寄せていた。


「俺はそうは思わないがなぁ……それに『価値』なら、俺がいくらでも与えてやれるぞ?」

「え……?」

「この〝結界〟には、俺はいっそ感動すら覚えた」

「それは……」

「自覚しろ。これは充分に規格外だ。王都に来ても、誰も蔑みもしないだろうよ」


 ――君には価値がある。


 これまで誰に言われることもなかったその言葉は、私の心を十二分に揺さぶっていた。


「ま、とりあえず辺境伯家に戻るか。戦闘記録官に記録用の水晶玉も渡さないとだし、証拠のこの遺骸は……魔法省の分室あたりに引き取らせないとだな」


「…………あ、はい」


 戻るぞ、と言ったあたりで既に魔獣ベヒモスの死骸は宙に浮かび上がっていた。

 あれだけの魔法を放っておいて、まだソレを運べるだけの魔力が残っているらしい。


 多分、レシェートの心配はするだけ無駄だろう。むしろベヒモスが庭に投げられれば、その風圧で館が壊れる心配をしないといけない気がしてきた。




 私は顔を盛大に痙攣ひきつらせたまま、レシェートと共に帰路につくことしか出来なかったのだった。




❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀




 結論から言うと、レシェートは本当に魔獣の遺骸を辺境伯家の館の庭先に放り投げた。

 魔獣。しかも、ベヒモスとキングベヒモスである。

 さすがに館の崩壊とまではいかなかったものの、遺骸を放り投げた風圧で何か所かの窓が壊れたり、壁にひびが入ったり……という状況にはなってしまった。


「くだらんことで人を引き留めた罰とでも思っておけ」


 レシェートは、父に対しても本当にそう言い放っていたし、それ自体間違でもないため、そう言い切られてしまえば王宮の魔法師団に抗議をいれることも出来ない。


 そもそも私の魔力量を過少申告している後ろめたさもあるのだから、父や兄の方から何が言えるわけもないのだ。


「さて、ではこちらの辺境伯家のご令嬢の魔力についての説明を聞かせて貰うとしようか」


 六歳で受ける魔力測定に関しての、本来の管轄は魔法省の管理部だ。ただ魔術師とて魔法省の下位組織である魔法師団に属しているため、話を聞く権利はあると、レシェートは父と兄を威圧した。


「い、いえ、魔力測定の際にはここまでの力はなく――」


 この期に及んで、父はまだ私の能力開花は後天的だと主張はしているけれど、今となってはそう言うしかないことは、言っている方も聞いている方も理解しているかのような、不毛なやりとりだった。


「くだらないこととおっしゃいましたの⁉ あんまりではありません⁉ わ、わたくしはただ、あなたさまをおもてなししてさしあげたくて――」


「…………あ?」


 今は私の魔力の説明を求められているのであって、それよりも前にレシェートが「くだらない」と一刀両断した話は、既にそこで終わっているはずだった。


 的外れな叫びに、レシェートのこめかみに青筋が立ったのも、無理からぬ話ではあるだろう。


 ところが、そんなレシェートの様子はおかまいなしに、妹は器用なことに目元から涙を溢れさせている。


「リ、リーリエ……」


 さすがに父が困った表情かおで声をかけているものの、妹に甘い父は「おまえは席を外せ」とは言えなかった。


 チラチラとレシェートの様子を窺っているのは、あわよくば絆されてくれないかとさえ思っているのだろう。


「魔獣退治に来た人間に対して、それを退治する前から『もてなす』とは何ごとだ。辺境伯家の令嬢にしては、魔獣の襲撃に対する危機感が無さすぎる」


「そ……それは、だってお姉様がいらしたら、いつも何とかして下さるから……」


「お姉さま、ねぇ……」


 ちらりと私を見たレシェートが、再びリーリエへと視線を戻す。

 リーリエの表情が分かりやすく輝いたものの、続いたレシェートの言葉は、そんな妹の期待を打ち砕くには十分なものだった。


「生憎俺は、平均以下の魔力の持ち主に興味はない。その『お姉さま』の魔力量を実感したからには、余計にだ。君の魔力量であれば、これからも生家なり婚家なり領地を守っていくことに尽力するのが無難だろうよ」


「……っ」


 為人ひととなりよりも魔力重視と言っているに等しいその姿勢はどうかと思えど、この辺境伯領において妹の見た目に惑わされないというのは、何だか私の胸の中がちょっと温かくなるのも事実だ。


 しかも妹の魔力量でも、協力して領地を守っていくのであれば足りるだろうとレシェートは言っているわけで、そこはリーリエを貶されたと憤るべきか、魔法師団所属の魔術師に「領地を守っていける魔力量を認められた」と喜ぶべきなのかがとっさに判断出来ない、絶妙なラインだった。


(……まぁ妹にしてみれば、自分が見向きもされない事実に憤るしかないのだろうけど)


 父と兄にしたら、これ以上のゴリ押しは自分たちの首を絞めると観念するしかない、それは言いようなのだ。


「おかしいな、俺は姉の方はこの上なく褒めているはずなのにな? 誰もそのことに興味はないとみえる」


「い、いえ、それは……何とも光栄な話で……ええ」

 

 お父様! と叫んでいるリーリエを、慌てた兄が押さえつけようとしている。

 あわよくばリーリエを――と、二人が思っていたのは丸わかりだが、どこにもその余地を見出せないと、ようやく察したのかも知れない。


 魔獣退治の実力を、国内でも知られた魔術師だ。

 これ以上怒らせるのはマズいと思い始めているようだった。


「話を戻すが、やたらに『後天的な能力』を強調しているようだが――」


 ごくりと唾を呑む父や兄を横目に、レシェートはそこから、妹を見るどころか、父と兄に向かって怒涛のように私の〝結界〟を絶賛しはじめた。

 基本領地から出ることのない私でも、その礼儀作法はおかしいと分かるほどに。


 無視をされた妹どころか、父や兄でさえ、表情かお痙攣ひきつらせている。


「――つまり、だ。後天的に顕れた能力にも限度がある。あれは元々力があり、長年の魔獣退治で鍛え上げられないことには展開されない、それほどの〝結界〟なんだ。分かっていなかったのなら、才能の酷使だと、魔力測定の不正以前のところで辺境伯家そちらの罪を問わねばならんだろうよ」


「そ、それは……っ!」


 どちらに転んでも叱責を受ける。

 そう言っているに等しいレシェートの発言に、父と兄が顔色を失くす。


 誰も何も言えず、場がしんと静まりかえったところで「そもそも」と、レシェートが私へと視線を投げた。


「あの〝結界〟もそうだが、魔法はどこで、誰に習った? 独学か?」

「え……えっと……」


 今更ながらに、その辺りを語ってしまえば保有魔力の過少申告が領全体で黙認して行われていたことを暴露することになると気付いた私は、思わず口ごもってしまう。


 助けを求めるように父親を見れば、あちらはあちらで頭を抱えてしまっていて、見かねた兄の方が、意を決したように顔を上げていた。

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