第9話 誰がための力


「副隊長殿、どうかその点は私の方で代わって答えることをお許しいただきたい」


「うん? そういう言い方をするからには……なるほど家ぐるみでの指示が何かしらあったということか」


 さすが魔法師団に属する国のエリートと言うべきなのか、頭の回転もひときわ早い。

 兄の一言で、話の本筋をあらかた察してしまったらしかった。


「おおかた、王都へることを渋っての過少申告だろうとは思うが……今の今まで隠し通せていたとなると、サルミン辺境伯領の魔法省分室もグルということになるな。でなければ、話が成り立たない」


 まるで驚いた様子のないレシェートを見ていると、そんな事例が以前からあったのだということを窺わせる。


 もう、ここまで来ると隠し通すことさえ無駄だと分かったんだろう。

 項垂れる父を横目に、兄も「……その通りです」と、頷いていた。


「今更言っても詮無きことでしょうが、妹が魔力測定を行った年は、害獣と冷害、二つの被害で領の財政が殊更に逼迫していたようです。かと言って、王宮に助力を請うほど深刻かと言われれば、父も側近らも判断に迷ったらしく……迷った末に魔法省分室に相談したと聞きました」


 十年も前の話となれば、兄だって領政には携わってはいない。

 後継者教育を受けるようになって、ようやく当時の状況を聞かされた立場なのだ。


 それでも、その時点でも王宮に知らせることをしなかったのだから、結局は父と同罪だ。周りも、本人もそう思っていることだろう。


「それで分室も目を瞑る方を選んだか」


 兄はゆったりとした瞬きを見せる形で、それを肯定していた。


「国境沿いの一地方とは言え、サルミン家は辺境伯家。王都に出すとなれば、それなりに用意はしなくてはならない。いくら後々返ってくるとの話であっても、それは結果を残してこその話。まして妹は女性。誰に脅されたり掠め取られたりするとも限らない。将来の名誉よりも明日の食糧。我々は、そう判断をしました。いえ、最終的に判断をしたのは父かも知れませんが、次期辺境伯として私も、それに倣いました」


「いえ……当時のルィートの年齢では、判断を下せる年齢だとは到底言えない……叱責ならば全て――」


「お父様!」

「父上!」


 何故か妹の方が突然そこに加わって、兄と三人、そう言ってひしと抱き合っているのを、私はつと冷めた目で見つめてしまった。何、この茶番劇。


 確かに無罪放免とはいかない話だろうとは思う。

 だけど私腹を肥やしていたわけじゃない。サルミン辺境伯家のその矜持は知っていて貰いたい。

 貰いたいのだが――


「……それでも、姉の方を限界までタダ働きさせていい理由にはならないな」

「!」


 そう。そこにも問題はあるはずなのに、誰もそれを問題として認識していないのだ。

 だからこそ私は、敢えてそれを指摘してくれたレシェートの言葉に、胸が温かくなるのだ。


 父と兄、妹を一瞥する青年の声からは、何の感情も読み取れなくても。その言葉だけで、十分だった。


 ――たとえ辺境伯家の歪さを指摘するレシェートの声が、この上なく冷ややかだったとしても。


「ある意味、国に貢献すべき才能の横領と言えなくもないが、もう十年だ。今の魔法省分室の室長とて当時の者ではあるまい。何なら一握りの補佐役しか当時のことはもう知らないんじゃないか?」


 お役所の長と言うのは、実力で取り立てられることもあれば、定年前の名誉職的に与えられる場合もあると言う。


 確かに十年もあれば、何人かの入れ替わりは生じるだろう。


 今となっては地元出身で、この地に骨を埋めるつもりでいるベテラン役人のみが情報を知り、示し合せて口を閉ざしている可能性は充分にあった。


 そして父の無言は、その答えだろうことも理解が出来た。


「当時の事情には目を瞑れんこともない。確かに令嬢の能力の開花は後天的なものと押し通せば済む話だからな。六歳の検査時点では並の子どもだった――それもまた、ままあることだ」


「そ……れは……」


 ――当時の事情には。

 敢えてそう言ってみせた青年に、父は言い淀み、兄は拳を握りしめた。


「いえ……ですが……」


「うん? まさかこの期に及んで、これだけの能力を地方に留めたままにしておけるとは思ってないだろう? 今見過ごしたとしても、また王宮に助力を請うような事態になれば、その時に派遣される魔術師とて気が付くだろう。毎回俺を指名して頭を下げる気か? 願い下げだ。隠蔽が長くなればなるほど、王宮への印象は悪くなると思うがな」


 言っていることは正しい。

 だけどこれまで、皆で領地を守ってきたのだ。費用があろうとなかろうと、この地から出したくないと彼らが思っていることは、見た目にも明らかだ。


(私の価値か――)


 私はどう行動をするのが正しいのか。

 困ってじっと副隊長様を見ていると、気のせいかその口元が笑っているように見えた。


「いえ、ですが……」


「ああ、王都までの費用の話なら気にする必要はないぞ、辺境伯。もう魔法学院に入学する時期は過ぎた。正規の手続きがどうのと堅苦しく言う必要もない。何ならその身一つで出てきてくれて構わない」


「……は?」

「と、言いますと……」


 間の抜けた返しをした父よりも、兄の方がよほど落ち着いているのかも知れない。


 私に至っては先刻さっきから「この人はいったいサルミン辺境伯家をどうしたいのか」と言う疑問が頭の中をグルグルと回っている状態だったので、このやりとりをじっと見守っていることしか出来ずにいた。


 そんな三者三様の私たち一家をどう見たのか、魔法師団所属の討伐隊副隊長である魔術師サマは、徐に立ち上がると私の目の前までやって来て、いきなり片膝をついて私の右手を取った。


「サルミン辺境伯令嬢」

「はい⁉」


 こんなことは、父にも兄にもされたことはない。

 思わず声が裏返っていたにも関わらず、返ってきたのは満面の笑みだった。


「サルミン辺境伯令嬢。ここに来た瞬間の、俺が感じた感覚は正しかった。あの〝結界〟にはいっそ感動すら覚えた」


 私の〝結界〟は本当に素晴らしかった、とレシェートは再び強調する。


「あれほど綺麗で、しかも魔獣を内からでも外からでも防ぐことが出来るなどと、初めて目にした。感動した」


 レシェートの表情を見るに、うっとり……という表現がこれほど似合うこともない気がした。


「い、いえ、私は〝結界〟の維持以外何も――」


「もともと、ベヒモスもキングベヒモスも俺が切り刻むつもりで来ていたのだから、そこを卑下する必要はない。俺の魔力を外に洩らさなかった、その力こそが驚嘆に値するんだ」


 魔術師は、大なり小なり魔法狂いの性質があると、以前教師をしてくれた分室所属の魔術師から聞いてはいたが、それの生きた見本とでもいうべき表情だった。


「サルミン辺境伯令嬢。ぜひ俺と共に、俺の隣で、この国の魔術の発展に寄与しては貰えないだろうか」


「…………えっと?」


「手順も作法もすっ飛ばして本音を言うならば――これほどの魔術を展開出来る令嬢きみにひとめ惚れした。結婚してくれ」


「「「はい――⁉」」」


 その日サルミン辺境伯家の執務室に、これ以上はないと言ってもいいほどの驚きの声が響き渡った。




「いや何、その力を誰のために揮うのか――それが辺境伯家から王家に代わるだけだ。いや、王家じゃなく王都の民か? 俺ならば、その才能を使い潰さない。ちゃんと守ってやれる。だからこの手を取らないか?」


「…………」


 誰のために。

 使い潰さない。

 守ってやれる。


 その言葉は、私の心を大きく揺さぶった。


「私は――」




 ――この日を境に、私の人生は大きく転換をすることになった

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