第2話 砂上の楼閣に住む令嬢
最初のうちは、ただ辺境伯家所属の騎士たちについて行き、小型の魔獣を狩る手伝いをするだけだった。
皆も私の魔力量を「小さいのに凄いな」と、褒めてくれるだけだった。
それが、私の魔力量が桁違いであり、あっという間に魔獣を屠ってしまう現実を何度も何度も目の当たりしていく中で、私のサポートについてくれる騎士が段々と少なくなっていった。
「お嬢様には、むしろ俺らのサポートなんぞ邪魔でしょうよ」
「我々は次期当主であるルィート様と共に他の地区の討伐に回ります」
私は知っている。
兄はむしろ次期辺境伯家当主として、政務を中心に学んでおり、討伐になど出ることはほぼない。
さすがにゼロというわけにもいかないので、昔一度だけ、近くの森で小さな害獣を狩った程度の実績しか持っていない。
「リーリエ様の護衛に回らせていただきます」
私は知っている。
妹・リーリエは辺境伯令嬢として、少しでも高位の貴族に嫁げれば僥倖と、淑女教育が中心で滅多に外には出かけない。
「いやだわ、獣臭い。リーリエの教育にも悪いし、近づかないでちょうだい」
私は知っている。
魔獣など恐ろしい、汚らわしいと嫌悪する母も、そんな妹につきっきりだったうえに、しまいには辺境伯領住まいに耐えられないと、ひとり実家へと引き上げてしまった。
「おまえの魔力量があれば、私の代どころかルィートの代まで辺境は安泰だ。より魔力を多く持つ男と結婚して、子供を産んでくれればいうことはないが、結婚することで力が落ちるのも困るからなぁ……まあ今は、おまえのおかげで新しく人を雇わずとも護衛騎士の人員を他の部署に回せるだけでも良しとしておくか」
私は知っている。
感謝しているよ、などと嘘くさい笑みを張り付けながら笑う父は、私を死ぬまでこの地で働かせるつもりなのだと。
ただ、そうと察していても、やりたいこともなければどこかへ逃れる当てもお金もない。
いつからか私は考えることを止めて、ただひたすらに辺境サルミンの地で魔獣を狩るようになっていった。
「さすが辺境伯家のお嬢様。我ら領民のために、身を粉にして働いて下さっているのだ」
そして何年も何年もそれが続けば、辺境伯家どころか領民にとっても、それが当たり前の日常になる。
時折魔獣との争いはあれど、サルミンの地は概ね平和。
今までと大きくは変わらない日々が続く。それを皆が信じて疑っていなかった。
ある日太刀打ちできない魔獣に遭遇し、私が死んでしまったらどうなるのか、などと誰も考えてはくれない。
私が十六歳になった秋――領地の端に、複数のベヒモスが現れるまで、その日々は続いたのである。
❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀
ベヒモスは、魔獣の中でも上位にあたるほどの厄介な獣だ。
普通に牛が突撃してきたって、全速力であれば人間はタダでは済まない。
それが何倍もの大きさになっているし、牛以外にも複数の大型獣が合成されたかのような、醜悪な姿をしている。
尾は大木、骨は青銅、足は鉄でできているといわれるほど頑丈な獣なのだ。
見かけたら、魔法省に所属する魔法師団の討伐隊から魔法使いを派遣して貰って、狩って貰わねばならないほどだ。
並みの護衛騎士でどうにかなるレベルのモノではない。
各領地の魔法省分室には緊急用の連絡水晶が設置されており、魔法師団が移動をするための転移通路も設置されている。
魔法師団以外の人間が無断で使用することはもちろんのこと、魔法師団に所属していても、申請をしていなければ使用した途端にどことも知れない空間を彷徨うことになるという、なかなかに怖い通路だ。
それでも本来であれば、サルミン辺境伯領の魔法省分室もその手段を使って王宮の魔法師団に連絡を取らねばならなかった。
実際に、辺境伯領にやって来て日の浅い職員などは、当然のようにそれを上司に進言したらしい。
ところがここで、十年以上前から分室に席を置く者たちの間で、かつての魔力測定における「かくしごと」問題が浮上することになった。
王宮の魔法師団は国家選りすぐりのエリートの集まりである。
何らかの拍子に、規格外の魔力量を持つ
魔法省分室の上層部と父と兄とが話し合った。
話し合った末に――
「エリツィナ、まずはおまえが対応して様子を見てこい」
まあ、そうだろうとは思ったが、私に対応するようにとの命が父から下されることになった。
討伐出来れば、ベヒモスではない別の大したことのない魔獣だったと報告書が書き換えられるのだろう。
出来なくでも、死ぬのは私一人。普段から討伐に出ている姿は領民の多くに見られているわけだから、自分に自信のある私が家族や魔法省分室の職員の反対を押し切って出たとでも言って、話を押し通すのだろう。
「拒否すればいいのに」
「王宮魔法師団に大人しく連絡すればいいのに」
後から聞けば、外から見れば、それは至極当然の話になる。
だけど物心ついた頃から、兄は次期辺境伯家当主として敬われ、妹は生まれついての美少女然とした容貌を称賛され、蝶よ花よと育てられてきた。
どちらかと言えば兄よりの容貌で、かつそんな二人の間に挟まれた私には、魔力しか誇れるところがない。
その思い込みは、ちょっとやそっとで解けるものではなかったのだ。
「仰せの通りに」
そう言って頭を下げた私を気遣う家族も、騎士も、魔法省分室の職員も、そこにはいない。
もしかしたら、普段私と接することのない若手騎士や職員であれば心配のひとつもしてくれたかも知れないが、少なくとも目に映る範囲には、誰もいなかった。
「ふん。普段から厭味ったらしく底なしの魔力を振りかざして魔獣退治をしているんだ。ベヒモスであろうと手こずりもせんのだろうよ」
本来なら、主家の子供に対して護衛騎士を束ねる者が吐くセリフではないのだが、長年、誰もその空気を咎めずにきたことが、その発言を可能にしている。
主家の子供とはいえ、貴族令嬢よりも魔力が少ないという事実に対してのコンプレックスが、私への風当たりをキツくしているのだ。
そしてそうと分かっていても、誰も何も言わないのは、皆が大なり小なりその気持ちを持っているから。
好きで規格外の魔力を持って生まれてきたわけじゃない――なんて抗弁することは、とうの昔に諦めた。
「初見ですので安易なお約束は出来かねます。力が及ばなかった際にはご容赦を」
挑発に乗ることもしない私に、相手は不満げに鼻を鳴らしているが、いちいち構ってはいられない。
こんな時は、話を切り上げて身を翻す一択なのだ。
……誰からも、これから討伐に向かう
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