エリート魔術師の傍迷惑な求婚~グルーシェン夫妻の結婚事情~
渡邊 香梨
第1話 辺境伯家のかくしごと
周辺国から見ても、魔法大国であると言われているシュリギーナ王国。
生活に必要な道具を使用するための魔法が定着しているのはもちろんのこと、国が指定している魔獣を狩るのにも、個人が持つ魔力を様々な形で駆使している。
貴族と平民という身分上の差はあれど、保有する魔力次第では身分差をねじ伏せることすら可能な制度が存在しているのも、魔法大国ならではのことなのかもしれない。
この国ではまず、男女、親の身分、孤児であるかないかに関わらず、六歳になった子は全て魔法省が管轄する領地分室での魔力測定が義務付けられ、そこで一定以上の数値を叩き出した子は、洩れなく王都にある魔法学院にスカウトされる仕組みが国の制度として存在している。
さすがに王家と、王にならない王子王女の受け皿になることが多い公爵家は別にしても、魔法学院から魔法省、あるいは近衛や魔獣討伐のための魔法師団に入ると、究極のところ侯爵相当の地位と名誉が与えられる道まで開かれているのだ。
国がいかに潜在魔力や魔法の駆使を重視しているかの表れだ。
ただこの制度を「我が家の誉」と取るか「跡取りを国に奪われる」と取るか「そんなことより領地の労働力あるいは政略結婚の駒となれ」と取るかは、千差万別だ。
王都にある魔法学院へのスカウトともなれば、当然「我が家の誉」として王都入りしなくてはならないのだが、何事にも本音と建前があった。
王都から遠く、魔獣との遭遇率が高いサルミン辺境伯家においても、本音と建前は大きく乖離していたのである。
❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀
サルミン辺境伯家は、もともとがあまり裕福な家ではない。
社交シーズンや王家の冠婚葬祭で王都に出たりすると、どうしたって費用はかさむ。余程の大貴族でない限りは、王都から離れれば離れるほど、どこも懐具合は寒々しくなるのが実状だ。
加えて国境と言う要衝を任される家であるが故に、王都での社交に費用をかけるくらいなら、領地の維持にその費用は回したいと、代々の当主は考えているほどだ。
それ以前に保有魔力の多い子どもが生まれたならば、まずは自分達の領地を将来は守って貰いたいと誰しも願うだろう。
それは国や王家への忠誠心とは、また別の話だ。
優先順位が領地と領民にあるのは当然とさえ言える。
長男ルィートは運良く魔法学院にスカウトされるまでの魔力ではなく、さりとて問題外と言う程でもない絶妙の魔力量で、それは辺境伯家当主である、父マローフトとしても満足のいくものだったらしい。
――問題はその次、サルミン辺境伯家長女として生を受けた私・エリツィナの時に起きた。
明らかに長男以上の規格外の魔力が赤子の身体からダダ漏れていたらしく、本職の魔法省関係者でなくとも、このままいけばいずれ噂が噂を呼んで目をつけられるであろうことが周囲の誰の目にも分かったのだと後で聞かされた。
「いやいやいや! 仮にスカウトなんぞされてみろ、それなりの物を持たせて王都に発たせるのにいくらかかる⁉︎」
交流のある近くの領地の領主から、子どもを一人王都に遣るのに、使用人10人の年間労働賃金が必要になると聞いていれば、それは及び腰にもなるだろう。
授業料や生活費は国からの補助が出るとは言え、それまでにかかる支度費用は本人がきちんと学んで卒業をしないことには支払われない。
費用がないとまでは言わないものの、それで魔獣対策があれこれ出来る、旱魃や冷害のための備蓄が出来る――と思えば、どうしても目先の費用を優先したくなってしまう。
辺境伯家の大人たちはどうしたものかと悩みつつも、これといった答えの出ないまま年月が経っていった。
王都ではなく領内の学園に入るための家庭教師が付き、領内に現れる魔獣について習い、これならば近いうちに狩りに出れると周りからは言われていても、皆が内心で王都の魔法学院の存在に怯えていたことは、子供心にも理解が出来ていた。
「何とか魔力測定で弾き出される数値を低く抑えられないか?」
周囲は私に手加減の仕方を何とか教えようと試みたものの、何せ六歳にもなっていない子どもが、そんな器用なことが出来るはずもない。魔力の多い少ないは、そこは無関係だ。
そうこうしているうちに、いよいよ私が六歳に近づき、さすがに目を背け続けてはいられないと、大人たちが真剣に話し合うようになったその年、奇しくも領地が魔獣被害と冷害の二重の厄災に見舞われることになった。
幸いにも、領民の生活や命が危機的なまでに脅かされるほどではなかった。
その結果、王宮に食料支援を求めるほどでもなかった。
だが安心した――だけでは済まなかったのだ。
その時、サルミン辺境伯領で魔力測定を司る魔法省の分室と、辺境伯家本家に悪魔が囁いたのである。
すなわち、私が手加減をして魔力量をごまかすことが出来ないのなら、そもそも私の保有魔力を王都に過少申告しておけば、王都魔法学院には招かれず、王都に行くための費用も捻出しなくても済む。辺境伯領の復興費用にその分回せるのではないか……と。
ないものをあると申告するわけでもなければ、ゼロだと申告するわけでもない。
兄と同程度だと申告しておけば、兄妹だからと周囲も納得するだろうと彼らは目論んだのだ。
これは私腹ではない。
その認識が、本来は癒着しないはずの当主と魔法省分室の手をとらせたのだ。
「このような辺境の地では、王都の学院に通わせてやれるほどの蓄えの余裕はない。王宮にはおまえの魔力は過少申告をする。この地で魔獣退治に励め。魔術師団に派遣を依頼する費用もかからぬし、ちょうどよかろう」
重々しい言い方はしているが、要はお金がないから王都の魔法学院には行かせられない。分室の管理官とも話をして、保有魔力量を過少申告する――と、そういうことを父は言ったのだ。
子ども相手にもう少し取り繕っても良さそうなものだったが、私自身が特に王都や魔法学院への憧れもなかったし、その年は魔獣被害に遭ったところに加えて冷害の年でもあったと言うから、領主としてそういう判断をしたのであればそれに従う。私にとっては、当時はそれだけの話だった。
かくて私の魔力測定の結果は過少申告され、私はそのまま兄と共に領地で成長することになったのである。
サルミン家にはもう一人、妹リーリエが生まれていたが、こちらは私が生まれた時のような現象はなく、過少申告の必要性をそもそも案じられていなかった。
通常通りに行われた六歳の測定も、兄よりも少ないほどだったという。
――こうしてサルミン家の子どもたちは皆が領地に留まることになり、そのまま年月が経過することになったのだ。
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