第2話 ②

 けれどそれもこれも、全ては子どもの時の話なのです。

 今やわたくし達は、婚期が間近に迫る16歳。あの時のように、お兄さまの傍を片時も離れず、ベッタリと過ごしている……というわけではありません。当然、イタズラというイタズラにも飽きていましたし、あえてお兄さまと行動を共にする必要もない。


 侯爵令嬢でしかないわたくしと、次期宰相とうたわれるほどのお兄さま。

 たとえ双子だとしても、その行動パターンがかち合う……などという事は、とても有り得ませんものね?


 確かにお兄さまは、わたくしの護衛騎士の任を買って出てはくれましたけれど、それはあくまで形式上のことであって、いつも忙しいお兄さまとこのわたくしとがずっと一緒に過ごす……なんてことも、状況的に見ても、到底有り得ないことなのです。



 実際わたくしは、そのほとんどの時間を乳母のメリサと共に過ごすことの方が多いですし、外に出ることなんてほとんどありません。

 片やお兄さまはと言いますと、お仕事として、皇宮でお過ごしになることが多くて、わたくしと過ごす時なんて、ほとんどなくて、あるとすれば、たまにお茶を飲んで近況を報告する時くらいのものではないかしら?

 だいそれたウワサとは裏腹に、現実はそんなあっさりとした、何でもない関係なのです。


 けれどそれは、当然メリサだって、知っている事柄なのです。だって 四六時中わたくしと一緒にいるのですもの。知らないはずはありません。それどころか、わたくしの秘密のみならず、生活全般全てを把握しているのですから、このウワサが有り得ないことだと、当然知っていてしかるべきなのです!


 ウワサはあくまでウワサ。

 それなのにメリサは、あんな苦言を毎回毎回飽きもせず投げ掛けて来るのですから、たまったものではありません。何故あんなにもメリサは、目くじら立てて怒るのでしょう?

 確かにちまたにはこびるあのウワサ……わたくしとお兄さまが、実は恋仲ではないかしらって言う、訳の分からないウワサが、まことしやかに囁かれてはいますけれど、そんなのわたくし達のせいではありません。むしろ、とばっちりもいいところなのです!


 わたくし達だって、それなりに気にはしていたのですよ? 自重だって当然していましたし、メリサが言うように行動も制限し、慎ましく生活してもみました。けれど、ウワサはなくなるどころか、逆に大きくなっていく始末!

 これはもう、放っておくしかないではありませんかっ!


 けれどメリサはそうは思っていない。わたくし達の対応が、まだまだ普通ではないからなのだと言いはって、反論を許さないのです。

 わたくしがメリサに言い返せば言い返すほど、その風当たりは、更に強くなっていくばかり。

『そんな対応ではまだ、十分ではありません!』

 などと言って、わたくしを叱るのですから、ホントどうにかして欲しいものです。

 いったいどうしろと言うのでしょう?

 そもそも、ある事ないことウワサする人たちが悪いのであって、わたくし達には何の非もないのです!

 けれどメリサには、そんな言い訳なんて通用しない。




『フィリシアさま? それはあくまで、フィアさまの

 感覚でありましょう?

 フィアさま達……いえ、フィリシアさま・・・・・・・の感覚は

 少しズレていらっしゃいますっ!

 常人のそれとは、全く・・違うのです』




 ……いや、ちょ? それってどういう意味?

『常人の』って……まるでわたくしが常人・・ではないようなその言い草。そして、どうしてそこでわたくしの名前だけを強調するの。そこにお兄さまは、含まれないとでも言うのから?

 それではまるで、わたくしが全部悪いみたいではないの!

 距離感がないのは、わたくしではなくて、お兄さまの方ですのにっ!


 ぷりぷりと怒りながら、わたくしは、メリサを睨む。……けれど相手は、あのメリサなんですよね。

 勝てるわけがないのです。……いえ、頑張ればわたくしにだって、勝つ見込みはあるとは思いますよ? けれど必要以上の反論は、かえって墓穴を掘ってしまいかねないのです。ですから、ここはもう……ねぇ?

「………………」


 彼女はきっと、わたくしの世間知らずも非難しているのでしょう。それは……まぁ、認めざるを得ません。

 だってわたくし、あまり人前には出ませんもの。

『常人の』とは言いますけれど、その『常人』たちに触れ合う機会など、今のわたくしには、あまりないのですから、そこは仕方がありません。

 

 え? だったら、たくさんの人と、触れ合えばいいんじゃないのかって? まぁ、そう思いますよね。けれどそうもいかないのです。

 それは誰のせいでもなく、わたくしの生い立ち・・・・に関わってくるのですが、そこを今更どうこう言っても始まらないのです。

 結果、この点においても、わたくしは二の句が継げなくなってしまう。

 ……言葉を重ねれば重ねるほど、新たな墓穴を掘る可能性が高くて、必然、わたくしは黙って頷くより他はないのです。全く悲しい限りなのです。

「……」


 わたくしは小さく溜め息を漏らし、目をそらす。

 そんなわたくしを見て、メリサはわたくしに反論する術がなくなったのを悟り、途端口をつぐむ。

 言い過ぎたのだと、メリサ自身も反省しているのかも知れませんし、もしかするとそっぽを向くわたくしに愛想を尽かしているのかも知れません。

 けれど、そのどちらにせよメリサは、ここで小さく溜め息を吐きながら、その場を引いてくれるのです。

 

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