第13話
「そう、ですね。警察に通報しましょう」
とりあえずは落ち着いたらしい香澄は、今は清治の横に立っていた。彼女は兄と、兄を襲った男とを交互に見る。
「いいの? というか、どういうことなの?」
「こうなった以上、説明していた方がいいだろうな。だがまずは警察に襲われた件の話をしよう」
「……そう」
見付けた途端に隠れるのを止めたようで、探していた側の香澄からすれば複雑だろう。答える言葉にもまだ棘がある。
少し迷ったが、理人は自分のスマートフォンで祈龍へと電話をかけた。面識のない刑事よりも、こちらの話を親身に聞いてもらえる可能性が高いと踏んだからだ。
どうにも、込み入った事情がありそうなので。
『はい、祈龍』
さすがに連絡を受け取るのに慣れた様子で、祈龍はすぐに応答した。
「香久山です。お仕事中にすみません」
『いーって。お前が雑談するために俺にかけてくる訳ねーし。何があった?』
「たった今、男性に襲い掛かってきた男性一名を確保したので、引き取っていただきたいと思いまして」
『お前、傷害事件を落とし物見付けましたみたいな口調で連絡してくるなよ。まあ、ナイツオブラウンド所属で慣れてるんだろうけどよ』
応じている祈龍とて、別段深刻ぶってはいない。しかし勿論、それで事態を軽視しているわけでもない。
「誤解がある気がしますよ。私は社内勤務ですから、暴漢などと遭遇する確率はそう高くありません」
『嘘つけ』
「……」
バッサリと、確信を持って言い切られた。
(いや、嘘じゃない。嘘じゃないはずなんだが)
こうして実際に荒事に遭遇して、祈龍に電話をかけている事実がある。否定しがたい。
「ま、まあとにかく。そういう訳なので来ていただけますか」
『了解。すぐに行く』
請け負ってくれた祈龍に所在地を告げ、通話を切った。
「警察と知り合いなの?」
初対面とは思えないやり取りが挟まった会話の様子に、やや好奇心を覗かせた香澄が聞いてくる。
「仕事上、協力することも少なくありませんから」
「あ、そうか。それはそうかも」
比奈に言われて、香澄は納得の様子を見せる。一方で納得しきれなかったのは清治の方だ。
「仕事、とは一体何をなさっているんですか? そちらの方も、随分手馴れている様子ですが……」
未だ男を拘束したままの櫻へと視線を向けつつ、清治が問う。比奈と連携して、武装解除も済ませてある。
当然のように男はずっともがいているが、櫻も平然とそれを抑え込んでいる。人を制圧する技能を持っている証だ。
「あ、申し遅れました。わたしたち、こういう者です」
「ナイツオブラウンド株式会社……」
比奈が差し出した名刺は、残念ながら清治の疑問を解消しなかった。
(だよなあ)
その組織に所属しておいて言うことでもないだろうが、理人も清治の戸惑いには同意する。社名だけでは職種不明だ。
「警備会社です」
「ああ……」
追加で説明を補足すると、ようやく納得の割合がいくらか含まった声が出てくれる。
「香澄さんからの依頼を受け、本日は同行していました」
「香澄が警備会社に、依頼!? 何かあったのか!?」
清治はここまで比較的冷静で穏やかと言ってよかった表情を急に険しくして、香澄へと強い口調で問う。
「えっと、ちょっと経緯は色々……。ここじゃアレだし、そういう話は落ち着いてからにしよう?」
「ああ……。そう、そうだな……」
自分にも話しにくい事情がある清治は、気まずそうに言った香澄に自身も負けず劣らずの表情で同意した。
香澄がナイツオブラウンドと行動を共にし始めたのは、理人が秋庭への行いを見咎めてからだ。どちらかと言えば、香澄の方が加害者側である。
そんな経緯だ。香澄が気まずく感じて、答えを先延ばしにしようとするのは理解できる心理と言えよう。
だが、今の清治の言い様は逆だった。
(香澄さんに、危険が降りかかった事態を想定しての動揺だ。警備会社を雇うんだから、自然な発想と言えばそうだが)
だが清治の反応は連想というよりも、心当たりがあるからこその心配。理人にはそう感じられた。
もっとも清治がやろうとしていることを考えれば、それもまた無理からぬことだろう。
ともかく、どちらも公道で声高に話すべき内容でないことは確か。一同は黙って祈龍の到着を待つ。
そして時が過ぎるのがやや長く感じる数分後。祈龍と片葉が到着した。
「よう。傷害の現行犯を引き取りに来たぜ」
「お願いします」
櫻から祈龍へと、男の身柄が渡される。
「で、被害者は?」
「私です」
「怪我はありませんか」
前に進み出た清治へと、片葉が訊ねた。
「はい。ありがたいことに、こちらの皆様に助けていただけました」
「ご無事で何よりでした。では、詳しい話を伺わせていただけますか?」
「お願いします」
車に乗るように促され、それに従い歩き出そうとした清治へ向けて、香澄が一歩踏み出して声をかける。
「――兄さん」
「ん」
「終わったら連絡して。待ってるから」
「分かった。念のため、お前も一人にはならないでおいてくれ」
「うん」
香澄と清治の会話に片葉は口を開きかけ、しかし実際には何も言わずに車に戻った。
香澄を同行させるか尋ねようとして、ナイツオブラウンドの面々を見て思い留まったのだ。必要がないと判断したのである。
運転席に祈龍、助手席に清治が座り、男と片葉が後部座席に納まると、車は静かに走り出す。
「じゃあ、わたしたちも行きましょうか」
「はい。ごめんなさい、こんな時間に」
「なんのなんの。いつ来るともしれない危険からでも、罪なき方々をお護りするのが我らナイツオブラウンドの仕事です。どうぞお気になさらず」
言葉通りの闊達な笑顔を見せて言い切った比奈に、香澄はほっとした顔をした。
「ありがとうございます。お世話になります」
「当社にはゲスト用に宿泊施設もありますので、今日はそちらでお過ごしください」
「はい」
身を隠していて、さらには実際に襲われた清治は、親族である香澄の身を案じた。彼女にも危険が及ぶかもしれないと考えたのだ。
兄の心配を理解した香澄にも、これまでとは違った緊張が見える。無理もないことだ。
とはいえ、四人という少なくない人数。かつ警備のプロを付けて移動する人間を襲おうとはするまい。
玉砕も覚悟の上ならば別かもしれないが。
(ともかく、清治さんが戻ってきてから、だな)
少なくとも理由と相手ははっきりするはずだ。
「あ、そうだ。理人さんも、今日は会社に泊まった方がいいと思いますよ」
ナイツオブラウンドに向かう道すがら、比奈からそんな提案がされる。
「……ですかね、一応」
「ええ、それがよろしいかと存じます。相手がどこまで見境がないか分かりかねますゆえ」
理人を襲ったところで益はないはずだが、見せしめにはなる。
比奈と櫻の勧めを、理人は素直に聞き入れることにした。
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