第12話

(生真面目なのもそうだろうけど。他人を調べるということに罪悪感があるんだろうな)


 個人としてではなく、騎士として行動するために。比奈は仕事にしたのだ。

 理人自身はそこまでの拘りがない。自分が必要と思えば黙って行動する身勝手さと傲慢さを兼ね備えている。

 なので、単純に比奈と櫻を追うためにアプリの設定をオンにした。


 ちなみに、端末は会社からの支給品にするか自分のスマートフォンにアプリを入れるかを選べる。二つの端末を持ち歩くのが面倒で、理人は自前のスマートフォンにアプリを入れた。

 まさか内勤の自分がこうも使う必要性が出てくるとは思っていなかったためもある。


 比奈に要請が届いただけあって、櫻の場所もそう遠くない。二駅ほど先にある、端田町はしだまち近郊だ。

 理人が向かっている間にも、櫻は動き続けている。当然、そちらに向かっている比奈も同じだ。

 だが幸い、追いかけている比奈や理人よりも、櫻たちが動くペースは遅い。


(この感じだと、徒歩か。それも、特に急いでいたりするわけじゃない)


 少なくとも、今すぐ身の危険を感じている人間の速度ではない。

 そんな三重の尾行は長くは続かなかった。まず比奈が、それから理人が、現場近くに到着する。

 一塊になると気配が大きくなって気付かれやすくなるので、理人と比奈は路地を一つ外れた道で三人を追っていた。


「こちら比奈。理人さんとも合流したわ。そっちはどう?」

『変わりありません。けれど、足取りに迷いはないので目的はあるのではないかと推測されます。目的地が判明次第、接触を試みます』

「了解」


 清治の足は、住宅街に向かっているようだ。普通に考えれば、寝床のある場所に戻っておかしくない時間帯である。

 なぜ彼が、自由に出歩ける状況にあって音信不通になっているかは謎だが――


「清治さんなのは、間違いないんですよね?」

「深浦様も確認しているはずですから、多分」


 そのうえで、こうして後を付けているのだ。香澄が見間違えていない限りは本人だし、間違えるはずもあるまい。

 つまり――


「良かったですね」


 清治は生きていた。そして無事だった。これ以上の朗報があろうか。


「はいっ」


 諸々の疑問は脇に置いてでも、一人の人間の無事を喜んではならない道理はない。比奈は笑って同意をした。


「ですがそうなると。うーん。どうなるんでしょう」

「ええ。話の辻褄が合わないですね」


 つい先程、秋庭は加波上に対して『深浦の件は問題ない』と報告した。

 己の立場を護るために、加波上が満足する答えを口にしただけなのか、あるいは。


「――比奈さん!」

「あ……っ」


 秋庭の真意に思索を巡らせていたところに、丁度本人が通り過ぎて行った。理人と比奈がこの場にいることなど気付く様子もなく、真っ直ぐ路地を抜けていく。

 その先は、今まさに清治が歩いている道だ。


「櫻、秋庭さんと接触するかも。注意して」

『心得ました』


 櫻の声にも緊張が滲む。秋庭を追って、比奈と理人も足を速めて道を進む、その先に。


「!?」


 黒いシャツに黒いズボン。黒いキャップを被った男が急に現れた。

 もちろん人間なのだから、脈絡なく出現したわけではない。暗がりに身を潜め、待ち構えていたのだ。

 男が走る。その右手は不自然に固定されていた。


「――!?」


 己に迫る不審者に、清治も気が付く。動揺しつつ後ずさりをするが、明確な意図を持って接近してくる不審者の動きの方がはるかに速かった。

 黒づくめの不審者は、右手を突き出す。黒塗りされたナイフの刀身が、ほんの僅か金属の主張をして街灯の光を反射する。


「兄さん!」


 香澄の声は清治に届く。妹の叫びに、兄は反射的に振り向いた。

 その脇を駆け抜けて。


「はッ!」


 櫻の手が不審者の右腕を払い、凶器を空振りさせる。そのまま足をかけ、流れるように背負い投げに移行。

 だんっ、とアスファルトに背中から叩き落され、不審者は苦痛の悲鳴を上げた。


「兄さん! 大丈夫!?」

「香澄!? お前、どうして」

「どうしてじゃないわよ! もう、もう!!」


 せりあがってきた感情を言葉にできず、香澄は泣きながら清治の胸を叩く。


「まあ。深浦様、お気持ちはお察ししますが、どうぞそれぐらいに」

「何よぉ。心配したのよ、わたしは!」


 困った表情のまま、されるがままの清治へと櫻が男を拘束しつつ助け舟を出す。しかし香澄に聞き入れる様子はない。

 二人のやり取りに意識が奪われること、数十秒。


(!)


 はっとして理人は周囲を見回す。


「理人さん?」

「秋庭さんの姿がありません」


 言いながら視線をさらに巡らせてみれば、路地を離れて去っていく秋庭の背中がかろうじて見えていて――すぐに角に消えた。


「あ!」


 理人に言われてはっとした声を上げ、比奈も秋庭の背中だけは目視したようだがなにもできない。そのまま見送る。


「避けたんでしょうか」

「そうでしょうね。この騒ぎに気付かなかったとは思えません」


 時間が遅くなりつつあることも相まって、辺りは静かだ。聞こえなかったはずがない。

 面倒ごと、物騒な気配だと避ける者も少なくあるまい。だが秋庭の場合は、直前の加波上との会話もあって引っかかる。


「とはいえ、それは清治さんからも伺えるかもしれません。まずは落ち着ける所に移動しましょう」

「そうですね。となると……」

「会社、ですかね」


 さらなる厄介ごとが起こっても人様の迷惑にならない場所というと、やはり思いつくのはナイツオブラウンドだけだった。

 自分たちはそれでいい。しかしだ。


「――櫻さん」

「香久山様……」


 比奈と共に歩み寄り、合流した理人に櫻は眉を寄せて名前を呼んだ。


「この方、どういたしましょうか」

「傷害未遂の犯人として、警察に届け出るのが通常の対応かとは思いますが」


 言葉を切り、清治を伺う。

 身を隠していた人間が、被害者として名乗り出るのをよしとするかどうか。

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