第22話

「ただの逆恨みだけど、なんかもう、ナイツオブラウンドを敵視してきそうな邪魔しっぷりだな」

「始めに縁を結んだ自分を、今頃責めているかもしれませんね」


 ナイツオブラウンドからすれば、他者を脅かす謀略を防げているわけで、むしろ誉れだと言える。


「相原さんを殺害し、弘瀬さんに襲いかかるまでに、谷坂さんが自由に動けたのはせいぜいイベント会場内でしょう。その中で見知らぬ相手の庭よりは、自分がよく知っている場所を選ぶと考えます」


 少なくとも、遠くには離れられない。いつ河西の時間が空き、実行の指示が来るか分からないのだから。


「でも、事件現場になってしまう場所ですよ? 一番に調べられそうだし、避けませんか?」

「弘瀬さんを殺害した後でなら、見つかってもいいんですよ。目的を達成してますから。そして未遂だった場合は、それほど入念には調べられないでしょう。何しろ現行犯で、凶器は所持している状態です。しかも自供付きです」


 谷坂は相当自分勝手な人間であると、理人は見ている。


「谷坂さんの自供は、河西社長を動かすための餌です。ですがそれも長くは持ちません。凶器が見付かってしまえば、互いの利益が消失しますから」


 放っておいても、業者が入って庭が片付けられれば事態を動かすことになるだろう。


「ですが分かっているのなら、一刻も早く弘瀬さんの安全を取り返してもいいのではありませんか?」

「それは勿論、そうしたいです」

「けど、あれだな。香久山の話を聞いてると、谷坂ってやつの方が主犯っぽいよな」

「どうでしょうか。彼らはそれぞれ違う人間に殺意を抱き、実行しているわけですから。二人共が別件の主犯であると言えるかと」


 ほぼ同じ場所でほぼ同じ時間に起きた、犯人が共謀した事件ではあるが、それぞれの本質はバラバラだ。


「成程。確かに」

「ですが、上手だったのが谷坂さんだというのには、同意します」


 実際に河西はいい様に使われているのだから。


「分かりました! そういう事であれば、行ってみましょう! では、副団長に話を通しておきますね」

「そこまで上の方に知らせるんですか?」


 理人としては、部隊長辺りで止まる話だと思っていた。


「ちょっと、民間人としてはやり過ぎではありますからね。一応です」

「もし駄目だと言われたら、どうしますか?」

「言われないから大丈夫ですよ。真っ当な理由ですから。でももし言われたら、勝手に乗り込みましょう」


 けろりとして比奈は言い切る。


「頼もしいですね」


 上役の命令に逆らうことに、比奈はまったく怖れを抱いていないようだった。

 それは彼女の身に流れる、血縁関係がさせる部分もあるだろう。しかしその思考に関しては、血は無関係である。


「騎士は、己が正しきと信じることを成すべきですから!」


 出勤初日に、暁が言っていたのと似たようなことを言う。これはもう、家としての教育の結果だろう。


「よく分かりました」

「分かっていただけましたか」

「はい。やはり比奈さんは警察には向かないなと。ナイツオブラウンドという、貴女を受け入れてくれる枠があってよかったですね……」

「ええ!?」


 決して褒めてはいない、しかも予想外の方向から来た理人の返しに、比奈は納得いかなげな声を出す。

 しかし隣で真示もうなずいているのを見て、不服そうながらも反論は飲み込んだ。


「いいんです。わたし、一生を騎士として騎士道を貫いて生きていきますから」

「それがいいと思います」


 きっと、誰にとっても。




 一般の来園者の目がなくなる午後七時。理人は暁、比奈と共に羽々祢フラワーパークを訪れていた。


「何も、副団長自ら足を運ばなくてもいいような気がしますが。ナイツオブラウンドに傷を付けるような、無茶なことはしませんよ」

「香久山君に関しては、そこの心配はしていない。君の行動は常に冷静で理性的だ。もう少し、我らを頼ってほしい所ではあるが」


 暁の言葉が、静養中に河西フラワーガーデニングへ行ったときのことだとは察せられた。祈龍と話すのにディアレストを使ったのだから、伝わっていない訳がない。

 とはいえ、暁の口調は己の希望を述べただけのもので、そこに理人を咎める響きはない。


「ただ、事件が早く解決するなら越したことはない。それにもし侵入者が現れたら、捕らえるための人手があった方がいいだろう」

「む。それぐらい、わたしにだってできます。訓練をしていない一般人に、後れを取ることはありません!」


 己の実力への信頼のなさが不満だったか、比奈は即座に言い返す。だが、暁の方が的確であり、辛辣だった。


「どうかな。見張りに立てば香久山君の作業の方に気を取られ、作業に回れば周りへの注意が疎かになりそうだが」

「うっ」


 妹の性格を見抜いての兄の言葉に、比奈は呻く。言葉に詰まったということは、自分が取る行動として否定できないと思ったからに他ならない。


「人間は大概、一つのことにしか集中できないものだ。そして気を散らすと分かっているんだから、お前は香久山君の手伝いをするといい。その方が効率的だ」

「なら、お言葉に甘えてそうしますっ。理人さん、いいですか?」

「勿論。心強い限りです」


 何しろ掘り返した跡を見付け、隠された物を探すという地道作業だ。一人より二人の方が捗るに決まっている。面積分。


「まあ、警備会社が警備についたと知れば、河西社長は引き返す気はしますけど」


 その場合、弘瀬の危険度が増すとも言える。そして証拠品の回収は、ほとぼりが冷め、警備の解除を待ってから、再度の機を窺う気がした。

 役所がどれ程で終息したと見るか、また業者が庭の片付けに入るか、という兼ね合いが一番だろうが。


「それならそれで、邪魔が入らなくていい」

「じゃあ、始めましょう!」

「はい。では私は左側から探していくので、比奈さんは反対側からお願いします」

「了解です!」


 庭に分け入り、慎重に探していく。

 谷坂はあれで、造園師だ。庭に関しての技能を持っている。まったく心得のない理人や比奈では、土の異変が分からないぐらいに隠せてしまうかもしれない。


(今回の谷坂には時間がなかった。それに賭けるしかないな)


 仕上がりと時間は比例する。すべてにおいて通じる法則である。

 そうして十数分が経過した頃。


「副団長、理人さん!」

「!」


 比奈から声が上がった。

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