第21話
(ああ、まったく、何も問題ないし気にしてもいない)
比奈から一線置かれた話し方をされているのが若干寂しい気がしたとか、そんなことはない。
「だったらいいけど?」
何もないと言っているのに、目を細め、からかい交じりの声でそんなことを言ってくる。
「分かりました。以降、三枝の注文は炭火ローストブラック固定で」
「ちょっ、俺ブラック苦手だから。甘党だから。通ってやらないぞ!」
「多分大丈夫ですね」
ディアレストの客入りは普通に良いので。
「言い返せねえ畜生!」
嘆く真示を見てとりあえず気は済んだので、ブラックコーヒー責めは止めておく。
(いや、元々やる気はないけども)
そこまで大人気なくはない。
真示の『やらないよな?』という目での訴えを、感情の籠もっていない営業スマイルで受け流す。と、隣から強い視線を感じて顔を向ければ、比奈がじっと理人を見ていた。
「理人さんも、三枝さんと仲良しに見えます」
「そこまで良くはないですよ」
(気安くはあるが)
そう思っているのは、別に理人だけではない。真示が意図して周りにそう思わせている――いわば彼の方のスキルなのだ。
「そうですか……」
「お前らは一体何なんだ……」
消沈した様子の比奈からちらりと流し見られ、真示は軽く両手を上げて降参を表す。
「もうこの話は止め止め! 俺を巻き込まないところで二人でやれ!」
「元はといえば、貴方が」
「うん俺が悪かった! で、香久山。知ってるか」
もの凄く強引に話を切り替えてくる。
とはいえ、続けて楽しい話をしているわけではない。真示に乗って、話を変えさせてもらうことにした。
「何をですか?」
「羽々祢フラワーパークに不法侵入者が出たって話」
「初耳です」
真示が振ってきたその話題は、現在の理人が深い関心を寄せざるを得ないものだった。
市の管理下にある羽々祢フラワーパークは、昼間は一般開放されているが、午後七時以降は入場禁止だ。
「あ、わたしも聞きました。殺人事件があった現場ですからね。笑えない悪ふざけをする輩に目を付けられたのかもしれないと、羽場祢市から夜間警備の依頼を頂いたんですよね」
「ああ……考えられますね」
『殺人事件の現場から生放送』などのタイトルで、動画配信を考える輩が。
「でしょう? しかも侵入されたのは、やっぱりイベント会場になっていたエリアなんだそうです。何を考えているんだか、ですよ。もう」
呆れた様子で比奈は息をつく。
(その可能性も勿論あるが)
タイミングを考えると、もう一つ仮説が立てられるのではないだろうか。
「イベント会場はあのままですか?」
「みたいですよ。わたしは担当していないので、直接行ってみたわけじゃありませんけど」
「比奈さんは待機組ですか?」
「いえ。今は櫻と一緒に弘瀬さんの警護をしています」
弘瀬と比奈、櫻は面識があり、同性だ。妥当な人選だと言えるだろう。
「なんたって殺人だからなあ。一日二日じゃ片付けてくれる業者を見つけるのは難しいだろ。すぐに取りかかれるわけでもないし」
「確かに」
何なら、今はまだ警察から止められているかもしれない。何も解決していないので。
「そんな訳で、あの辺一帯は昼間でも立ち入り禁止だ」
ルールを犯すことを勇気だと勘違いしていたり、格好いいことだと思っている愚者の存在は、残念ながら確認されている。そう言った輩にとって、今の羽々祢フラワーパークが良い獲物なのは間違いない。
「称賛されるための努力は嫌で、でも人から注目を浴びて喝采を受けたいって、無茶苦茶ですよね」
「そうですね。誰もができることをするだけでは、称賛など得られません。そして誰かができないことをできるようになるためには、努力が必要ですから」
どうやっても両立などしないのだ。
「はい! なのでわたしは、理人さんの腕に惜しみない賛辞を贈ります!」
「ありがとうございます。では、私からは比奈さんが身に付けた警護の技術と知識、その心根に賛辞を」
「あ、ありがとうございます。……ここで即座にそれを返してくるあたり、理人さんも人たらしですよね……っ」
僅かに頬を染めて呟いてから、吹っ切るように首を軽く振り、しかし効果はあまりなかったらしい。比奈は目線を頼んだコーヒーに固定する。
若干話しかけにくい空気を感じるが、ぜひ急ぎたいところなので、理人はあえて声をかけることにした。
「ところで、比奈さん」
「な、何でしょう」
特に拒絶していたわけではない比奈は、名前を呼ばれて顔を上げた。動揺が残っているのは、今さっきのことなので仕方がないと言えるだろう。
「私が入ることはできませんか」
「羽々祢フラワーパークにですか?」
「はい」
話しの流れ上、分かり切ったことを訊ねてくるぐらいには、比奈にとって意外な質問だったようだ。
「理人さんはナイツオブラウンドの一員ですけど、警備という点では部外者です。勿論、承知で仰っているんだとは思いますが……。理由を聞かせてもらえますか?」
「外れていたら恥ずかしいので、あまり言いたくはないんですが。弘瀬さんが担当していた庭に、相原さんを傷付けた方の凶器がある気がします」
「はっ!?」
「え!?」
比奈との会話を端で聞いているだけになっていた真示までもが加わって、驚きの声が上がる。
「凶器って、もう警察が押収してるだろ」
「それは弘瀬さんを襲った時に所持していた物ですね」
「理人さんは、また別に凶器があると考えているんですか?」
「はい」
谷坂は相原殺しを自供しているし、傷跡と刃物はほぼ一致した、と祈龍は言っていた。
その『ほぼ』の部分を解き明かすのが、もう一本の凶器ではないかと思うのだ。
「私は、フラワーパークの侵入者は河西社長ではないかと疑っています」
「そこに自分が使った凶器があって、回収しに来たってか?」
「証拠さえなければ、谷坂が証言を翻したところで、ただの妄言ですからね」
「だったら何で今更――……。あ、そーか。弘瀬さんがウチに依頼したからか!」
ぽんと手を打った真示に、理人は首肯する。
谷坂に脅された後、河西は不法侵入よりも弘瀬の殺害を選んだ。もしくはまだ思い付いていなかったのかもしれない。
しかし陸橋で理人が弘瀬を助けたことで、彼女には護衛が付くようになってしまった。
やむなく証拠隠滅に走ったが、そこでも巡回の警備員に見つかって目的はならず、ということではないだろうか。
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