第5話 恋の病

 ハルさんと出会った夜は長かった。


 魔法に興味を持った僕が、あれもこれもと質問をして、ハルさんが答えてくれる。それを夜遅くまで繰り返した。ハルさんは嫌な顔ひとつせず、丁寧に魔法について教えてくれた。


 教えてくれた事はどれも興味深いものばかりだった。その中で特に惹かれたのが、魔法を放つ時に唱える魔法の言葉についてだ。ハルさんの話によると、かつての人間は魔法なんて誰も知らないし使えなかったらしい。


 しかし、2000年前、魔法使いの始祖である"ゼロ"が現れて状況が一変した。ゼロは、魔法という概念がない世界で火、水、風、土、闇、光の全ての属性を軽々と民衆の集まる広場や戦さの場で披露した。その力は多くの人を助けた一方で、多くの人を葬った。その力の偉大さに人々は皆、恐れ慄き畏怖した。恐怖を抱いた人々は、各地でゼロを討伐しようとする運動を起こし始めた。それに気づいたゼロは、全属性の魔法の言葉を残しどこかへ姿を消したと言う。


 今日の魔法の言葉は本や人々の伝承によって広く多くの人に知れ渡っている。ゼロについての昔話は、どの魔法書にも載っている。理由は、迫害されたゼロが魔法の言葉という名の恩恵を残し何も報復をしなかったこと、魔法使いの理念である寛大な心を持つことが似ており、人々に教えるのに便利だかららしい。


 ゼロが残した魔法の言葉は6属性それぞれに10個与えられていた。その10個の魔法の言葉はそれぞれ番号づけされていて、1が最下位、10が最上位の魔法である。

 そして、魔法使いが使える魔法は己の持つ魔力の質や魔力の量によって変わる。例えば、魔力の質が火に近いと、火の魔法が使え、水に近いと水の魔法が使えるようになる。

 魔力の量は、より魔力量が多いと、より数字の大きい強い魔法が使えるようになるらしい。つまり、魔力の質が多くの属性に反応し、魔力の量が多いほど最強の魔法使いになる。ただ、魔力の質がその属性に長けていないとどんなに魔力があっても上のレベルの魔法は使えない。


 こうした潜在能力に加えて魔法使いがさらに強くなるためは、魔法の言葉を早く言えるような練習や体内にある魔力の制御力を鍛える練習をする必要がある。


 この世界のほとんどの人は、1つの属性を扱うことができる。また、2つ3つの属性魔法を使える人も多くいる。しかし、4つ目から指数関数的に使える人が減少する。

 魔法の段階は、日常生活や低級の魔物退治に使われる1~3番の魔法は低級魔法、中級の魔物退治に使われる4~6番は中級魔法、上級の魔物に使われる7~9番は上級魔法、周囲に災害を巻き起こす10番が最上位魔法の4つに大きく分けることができる。最上位魔法の人数<<<<<<上級魔法の人数<<<中級魔法の人数<初級魔法の人数 このように使える人の人数が減っていく。


 ハルさんは、火魔法が十段階中10まで使え、その他の属性魔法は5段階目まで使える全属性使いだ。全属性使いはこの世界に10人ほどしかいない上に、最上位魔法が扱える。そのため、ハルさんはこの世界で最強の魔法使いと言える。そんな魔法使いに魔法を教えてもらえることは、魔王討伐を成し遂げる上で、非常にありがたい。


 魔法の歴史や内容、ハルさんの強さに圧倒された有意義な時間を過ごすことができた夜だった。


 今は、午前10時だ。ハルさんと話しが盛り上がってしまった結果、寝る時間が遅くなってしまい、起きたらこの時間になってしまった。どうやら、僕が寝ている間、周囲の警戒のためハルさんはずっと起きていたらしい。ルビー色の目の下に、少しクマができていた。


「ハルさんって、優しいよね」


「もぅー、褒めても何も出ないよ!」


 旅の準備をしていたハルさんは僕とは反対の方向を向いていたが、太陽の光に映える赤髪と同じくらい耳が赤かった。僕はハルさんに偽善なんてものは感じなくなっていた。この人なら信じてもいいかもしれない。そう思えてきた。


 ハルさんに魔法討伐を告げるべきか揺らいできた。きっと一緒に魔王討伐をしてくれないかと頼めば、いいよって行ってくれそうな気がする。まだ会って間もないが、ハルさんの人の良さに気づき始めていた。それに、この世界を知ってる人と魔王討伐した方がいいとも感じていた。

 ハルさんのことが気になり始めていた。


「そういえば、どうしてハルさんはこの森に?」


「それがね、この森で異変がおきていて、その調査に来た感じかな」


「異変、どんなことなのか聞いていい?」


「いいよ。……ある日突然森の浅い所で魔物がいきなり消えちゃったんだ。その現象は過去に起きたことがある魔物のスタンピートの前兆に似ていてさ、どうしても気になっちゃって、個人的に調査に来てるんだ」


 そう語るハルさんの美しい瞳の奥は憎悪で燃えていた。そして、表情はどこか暗かった。今まで笑顔の似合うハルさんが見せなかった表情の理由を聞く事はできなかった。


「……僕も1ヶ月ぐらい彷徨ったけど、ハルさんが倒してくれた3体しかみてない。力になれなくてごめん……」


「そんな事ないよ、力になろうて考えてくれただけでうれしい!おっと、準備はできたかい?」


 そう言って無理やり作った笑顔には、どこか詮索しないでほしいと言っているように感じた。僕もハルさんに触れてほしくないことがあったため、無粋にそこに触れていこうという気持ちにはなれなかった。そんな考えから、ハルさんに同調して明るく振舞うことにした。


「できたよ!」

 

「それじゃ街に帰ろう!」「おう!」

大きな掛け声とともに街に帰る旅が始まった。



ーーーーー

「そういえば、セイ君は記憶があいまいなんだよね」


 お昼になり、ご飯を食べることになった。途中でハルさんが火魔法で狩ったイノシシを焼きながら聞いてきた


「はい、ぜんぜんこの世界のことが分からなくて……」


「それじゃ、魔法と一緒にセイ君が生活でつまずかないように一般常識も教えてあげよう!」


 1日は24時間あって、1年は365日あるなどこの世界の時間に関係することは、ハルさんに時間を聞いたときに教えてもらった。それ以外のことは知らないことだらけ、街まで帰る期間の間に1人で生活できるだけの知識をつけて効率的な魔王討伐をめざしていこう。


「はい、ぜひお願いします。師匠」


「ふむふむ、いい心構えだね弟子よ。ハハハハハ!だけど、私が何か教えるときだけ、師匠って呼んでね!通常はハルだからね!わかってなさそうだから、も一度言う……」


「わかりましたわかりました。わかったので落ち着いてくださいね」


 ハルさんは、名前を呼ばないと怒ってきそうだ。自分の名前に無関心な僕にとって、名前を呼ばれることにそこまで意味があるようには考えられなかった。

 

「なんか子ども扱いされているみたいで、やだ!」


「ぷっ、ははははは!」

 

 いつも頼りになるハルさんが子供のような態度をとっているのがおかしくて、笑ってしまった。

 晴れやかな笑い声が晴天の空に響いていく。久しぶりに心から笑えた気がした。


「いい笑顔だねセイ君!あれ~!?顔赤いけどどうしたの?」


「べっ別にそんなんじゃ!」


「そんなかわいい子にはこうだ」


「なでるのやめてよ〜」


 言葉とは裏腹に、以前撫でられた時と違い、手をどかすようなことはできなかった。そして、僕に向けられるハルの笑顔を見るとなぜか胸が高鳴る。なんで、死以外でこんなに胸が高鳴るんだろう?え、もしかして死と同じぐらいにハルさんが好きって事なの?いやいや、ないない!体が死に飢えた結果、異常に心臓の鼓動が早くなっただけだ。そうだ、そうに違いない!こうなったら、魔王なんて早く討伐して、この症状を解消しよ。 


「あと10秒だけはいいでしょ?」


「10秒だけなら……」


 セイは、まだ恋の病を知らなかった。

 

 





 

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