第6話 可愛い子の作るスープは美味しい
「セイ君、ちゃんと聞いてる?」
「ごめん、目前の景色が絶景でつい」
「なら仕方ないな~。こんなきれいな景色はここに来た人の特権だから、味わらないなんて損だね!」
出発してから、もう夜に差し掛かっていた。現在、僕とハルさんは、周りより頭1つ高い小山のような場所で、料理の準備をしながら、この世界の一般常識について話していた。そんなやりとりの中で、太陽が地平線の先に沈もうとしていた。その太陽が照らす空と木々は茜色に染まりとても美しかった。その神秘的な美しさに、自分の五感のすべてが黄昏を堪能しようとしていた。この息をのむほどの美しさをハルさんと共有したかった。そして、自然と言葉が出た。
「ハルさん、夕焼けがきれいですね」
「ちょ!ちょっと!そんなこと言って、からかってるんでしょ!?」
「えっと、思っていることそのまま言っただけなんだけど、」
なんでハルさんの茜色に染まった顔がさらに赤くなっているんだろう?もしかすると、夕焼けがきれいですねはこの世界では禁句なのかもしれない。ボル〇モートみたいな感じかな。
「ダ、ダ、だめだよ!まだ、早いと思うんだよ!もちろん、恋に早いも遅いもないと思うけど!……ちょっと考えさせくださぁい!!」
「こ!恋~!そ、そんなつもりじゃなくて、言葉の表現がまだ思い出せなくて!それで、それで、とにかくごめん!」
なんて愚かなんだ僕は、夏目漱石が〝I LOVE YOU″を〝月がきれいですね″に略していたことが完全に頭から抜けていた。考えればわかることなのに、何やってるんだ僕!もう恥ずかしすぎて、ハルさんの顔を直視できない。
「そ、そうだよね!何勘違いしてるんだろう私~!今の忘れて!
さっきセイ君が言った言葉は、好きって意味になるから好きな子以外に言っちゃだめだよ!勘違いしちゃうから……」
「ごめん、間違わないようにする!……最後あまり聞き取れなくて、もう一度聞いていい?」
手をそわそわさせ、顔をそらしてそう言ってきたハルさんの横顔は、どこか沈んだ表情をしていた。この表情を見ると、なぜか僕の胸がきゅっと痛む。痛みながら、こういう時の対処法について思考を巡らわせても何も思いつかない。何も思いつかないのは、ここ数年、家に引きこもっていたせいだと思うと憂鬱な気分になる。
「えっとね……くしゃみ、そう!くしゃみしちゃったの!」
「確かに顔赤い、体調大丈夫?」
何もできない自分が嫌で、少しでもハルさんの助けになりたいと思った。そういえば、アニメではこういうとき、額と額をくっつけて体温を測る行為をしていた!そうだこれをやろう。そして勢いそのままそっぽを向いているハルさんの額に自分の額をつけようとする。が、うるんだ目で驚いたハルさんは、僕の体を押し戻した。拒否されたことで、やろうとしていたことの可笑しさに気づき、自らを恥じた。
「こ、これはね逢魔が時だから赤くなってるだけだからね!」
「おうまがとき?初めて聞いた!」
さっきの失敗を誤魔化すために、少し大きな声が出た。
「夕方は魔物が活発になる夜との境目だから、逢魔が時って言うんだよ。冒険者になるとよく聞くかもしれないから、覚えといてそんはないよ。って言っても、今は不気味なぐらいに魔物と出くわさないけどね」
「スタンピート……」
昨日ハルが言っていた、スタンピートのことを思い出した。ラノベとかのスタンピートは、魔物が大群で街を襲いかかることを指してることが多い。この災害は、間違いなく多くの命がなくなることになるだろう。あー、正直その人たちが羨ましい。
「私もスタンピートだと思って調査したけど、決定的な手掛かりは得られなかったんだ。ただ、不思議な点があって、森の中の魔力が全くなくなったんだよ。本来なら、魔物の活動の源がなくなって、いいことなんだ。
そして今この森は、魔力がなくなった結果、魔物がいなくなったと考えている国や都市によって、封鎖されているんだよ。おそらくその目的はこれから、新資源の獲得とか、森の研究とかをするためだと思う。まぁ、森が封鎖されている今、私とセイ君は、勝手に入った犯罪者だと世間の人は考えると思う。だから、この森に入ったことは、2人だけの秘密だよ。私達、共犯者だね!」
「共犯者、いい響き!」
「「ぷっ、ははははははは!」」
「笑いすぎてお腹痛い~! おっと!ウサギ肉入りのスープできたよ!食べよ♪食べよ♪ そうそう、食べ終わったら、セイ君がやりたかった魔法の訓練を始めるよ~!」
「じゃ、早く食べよ!」
「ゆっくり食べるんだよ~!いいセイ君?」
「わかってる!」
「なら、よし!」
僕たちが囲んでいる焚火の中央にあるスープを見つめる、まるで寒さをとかしてくれるような温もりを感じさせる。そのスープをハルさんが木製のお椀によそい手渡してくれる。スープを受け取り、口に入れた瞬間、臭みを感じないうさぎ肉はほどよい歯ごたえを残しながら、スープに溶け込み、その旨みが舌を包む。塩のみの味付けにもかかわらず、深い味わいが口いっぱいに広がり、旅の疲れが一気に癒される感覚だった。
「美味しい!」
「おかわりたくさんあるから、焦んないで食べてね」
「はい!」
食べながら、今日教えてもらったこの世界の知識を頭の中で整理してみる。
今、僕とハルさんがいる森は、海に囲われた超大陸ファンタスティカの南西から西の地域にかけて分布しているマヨイ大森林と言われている場所だ。森林は国家間の取り決めである世界条約によってどの国の領土でもないとされている。もし、自分の領地だと主張すると、各国が攻めてくる。なぜ、不可侵になっているかはハルさんも知らないそうだ。
森林は中央に行くにつれて、より多くの魔力が充満していき、より凶悪な魔物が生息しているようだ。そのため、通常だったら、中層にいる僕たちは、それなりに強い魔物と戦いながら森を抜けなければならないが、全く魔物がいない。襲ってきたゴブリンが幻のように感じ始めていた。
また、多種多様な動物と植物が生息している。ここまでで、角が光っている鹿、角が生えている兎、胸に星マークがついた熊、大翼をもつ鳥、などさまざまな動物に遭遇した。魔物が食物連鎖にいるためなのか、地球の動物よりも全体的に体が大きく進化している。植物は、魔力が無くなったせいで、魔力を養分としていた色とりどりの花や輝きを放つ魔草が全て枯れてしまったらしい。つまり、現在、森の植物は、地球の植物と似通っている。植物に興味はないので、別に何とも感じなかった。
この旅の終着点は、ファンタスティカ大陸の北側に位置するムーン王国からみて西の辺境伯領、トゥーラである。マヨイ大森林に隣接している上に、ダンジョンもあるため、冒険業が盛んで多くの冒険者が暮らしている。冒険者は、消費活動が活発なため、経済も賑わっている場所らしい。しかし、マヨイ大森林に入ることができなくなったため、冒険者がムーン王国南東にある都市アドラへ移動し、以前よりも落ち着いた雰囲気になっているらしい。長年の引きこもりで、人ごみに慣れてないので、正直ありがたい限りだ。
ファンタスティカ大陸は10の国で構成されている。大陸中心部には、大陸の面積の7分の1を占めるほど巨大な湖ある。その湖の真ん中にあるのが、神聖国”サン”だ。この神聖国が大陸最北端にある魔之王国と南東にある龍之王国以外を実質支配している。具体的に、神聖国は、大陸で使われている通貨オーロを神聖国中央銀行で発行している。その上、湖から通ずる川を各国に作ったことで、流通路の掌握、各国の監視、宗教や文化の伝達、を成し遂げている。つまり、神聖国サンは、この大陸の覇者なのだ。
そこに待ったをかけるように対立しているのが魔之王国、中立を決めているのが龍之王国だ。そう言った態度を取れるのは、どちらの国も神聖国の支配国との間に山脈があり、神聖国の影響を受けていないからだ。それに加えて、単純に武力が強いことも理由にあげられている。
龍之王国は、龍の牙に例えられるほど危険な針牙山脈に囲まれ他国と接触することは全くない。
しかし、魔之王国は、神聖国支配域の各地で活発にテロを起こしており、多くの人や獣人などが犠牲になった。神聖国はその蛮行に対抗するために、勇者計画をたて、魔王を倒す勇者を育てているらしい。死にたい僕からしたら、勇者に魔王を殺されたらもともこうもないので、勇者が魔王を殺さないように心から祈った。
ハルさんは、魔之王国から1番遠い国のムーン王国の出身のため、これ以上の魔之王国の情報はわからないそうだ。情報収集は、トゥーラに着いてからも続けていこうと思う。
ちなみに先ほどの通貨オーロは、商品の価格を比較した結果、1オーロが約1円ぐらいであることがわかった。今思えば、なぜか言語が日本語だし、円オーロ為替が均一だし、何か日本と繋がりがあるんじゃないかと考えたが、まぁ、ご都合主義だと考えることにした。いろんなこと考えても意味がない、魔王討伐して死ぬことだけが目的なのだから。そう考えていると、食べていたスープはもう無くなっていた。
「ご馳走様でした。魔法練習しよう」
「おそまつさま!寝るの遅くなるけど大丈夫そう?」
「疲れてないから、大丈夫」
スープのおかげなのか、魔法の魅力なのか、疲れが吹き飛んでいた。もしスープのおかげなら、あのスープ相当すごいのではないかと頭に浮かぶ。そう考えていると、ハルさんが僕の隣に座っていた。
「それじゃ、両手を出して」
そう言われたので両手を出すとハルさんに握られた。心がなぜか跳ねた。
「魔力を感じさせるために、私の魔力流すね」
そう言って魔力が流された瞬間、心の異変を考える暇なく目の前の景色が暗転した。
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