第4話 ハル

「ここは?」


目が覚めると夜だった。


 かけられていた毛布を退け、体を起こして周りに注意すると、焚き火が柔和の音を立ててはぜる音、川から聞こえる瀬音が静かな冬夜に彩りを与えていた。


「この世界に来てから一番落ち着くなぁ、また寝てしまいそう」


 異世界に転移して1ヶ月ほど、目的が達成されない焦り、魔物への警戒や氷点下を下回る寒さからろくな休憩を取れていなかった。そんな状況で、身体の芯からほぐしてくれる焚き火の暖かさと川の流れる心地よい音は眠気を誘った。このまま眠るように死ねたらな。そうして目を閉じた。


「いや、寝ちゃだめだ!思い出せ思い出せ、えっと、たしか、あのゴブリンどもに殴られてて、意識が飛びそうになった時に、誰か助けに来たような気がする。それでその人に助けられて、惰眠を貪ることができる状況になっている感じかな」


 だけど、わざわざ危険を顧みず、人助けするなんて本当にそんな人間いるのだろうか。本物の善は、自分の顔をお腹が空いた子供にあげるヒーローとか、趣味で勝手にヒーロなっているとか、創作の世界にしかないと思っている。というのも、現実の善なんて、何かの打算のためになされている偽善でありふれているからだ。そんな偽善に期待していた時期もあった、だが、期待しては裏切られて期待しては裏切られを繰り返していくうちに悟った。真の善はないのだと。


 だから、今僕を助けてくれた人を信じられないでいた。そんな恩人も信じられない自分が嫌いだ。


「僕が1番醜いな」


「そうかな?君はかっこいいと思うよ」


「わぁ!びっくりした……」


 急な声に脇腹を突かれた気がした。瀬音よりも澄んだ声の方を見ると、20代前半の身長は150cmぐらいのルビーのような髪と目をもつ燃えるように美しい女性がいた。その髪と目とは反対色である青色のペンダントを首から下げているのが印象的だった。


「ごめんごめん、脅かすつもりはなかったんだよ。よいしょっと」


 焚火を通した向かい側にその美しい人が座る。火に照らされたルビー色の髪と目はよりいっそう輝いていた。


「そうなんですね……えっと、色々とすみません!」


「ほんと、大変だったんだから。君の汚れ落とすために服脱がせて体拭いたり、喉乾いてると思って水飲ませたりしたんだよ少年」


「そんなことさせてしまったんですか!?あのあの、すみません!そ、それに、少年じゃないです、青年です」


 こんな綺麗な人に、1ヶ月も洗っていない臭くて汚い体を拭いてもらったことを知りはずかしさのあまり、声が裏返ってしまい恥ずかしい。


「謝る必要なんてないよ、こう言う時は、ありがとうって言うんだよ」


「えっと、ありがとうございましゅ……」


 優しい笑顔の女性が眩しくて、照れ臭くて、最後に噛んでしまった。絶対にキモいって思われた!うわ〜死んでしまいたい。


「あはは!ごめんごめん、可愛くてつい。ぷっ、はははは」


「もうやめてください!」


 恥ずかしくてどうにかなりそうだ。でも、なぜかこの人の笑い声は落ち着く。思えば、人と長い間話していなかった。それは、地球にいた頃からもそうだった。会話をしても返ってくるのは胸を刺す言葉か返ってこないかのどちらかだった。だから、この時間は悪くなかった。


「そういえば、青年って呼ぶのも変だから、なんて呼べば良い?」


「いき、いや、セイと呼んでください」


 昔、いきると言う名前が好きだったことをよく覚えている。自分以外の人でこの名前の人がいなかったから、特別感を感じていた。だが、不登校になってからは、嫌いになった。自分の望みと真逆の名前、そんな名前が大っ嫌いだった。だから、この世界では呼び方を変えた。特に、セイに意味はない。いきる以外ならなんでも良い。


「セイ、良い名前だね!」


「ありがとうございます。あなたのお名前も伺ってもよろしいでしょうか」


「もうかたいよ、敬語じゃなくてタメ口で話さないと名前言ってあげないよ」


「え、でも急には、、」


「敬語を使うと、他の冒険者に舐められちゃうからら、冒険者はあまり敬語を使わないのが普通なんだよ」


日本人としては敬語は当たり前だったけど、これから会う冒険者にいちいち舐められるのもめんどくさいから、敬語使わないようにする練習をしていこう。それに、この世界では、あの見下されるような冷笑をもう受けたくない。


「教えてくれて、ありがとう」


「やればできるじゃん、いい子いい子」

そう言って、頭をなでてくる。


「やぁやめて、子供じゃないから!」


「ほんとは嬉しいくせに、ほれほれ」 


「あぁーもう、やだこの人」


「あははは!」


 しばらく、撫でられ続けた。頭を撫でられるのは嫌だと思ってるのに、心は温かく気持ちよかった。


「それで名前は?」

いい加減、鬱陶しくなり頭に乗せられた手をどかしながら聞く。


「名前は、ハル。ただのハルだよ」


「悪くないと思う」

褒めるのは負けた気がして褒められなかった。


「何が悪くないだ、可愛いって言え〜」


「僕に可愛いって言われたいの?」

撫でれた仕返しのつもりで、言ってみた。


「そんなこと思ってないし」


 顔を下に向けながらそう呟いたハルの耳は真っ赤だった。寒さで赤いのか、照れて赤いのかそれは神のみぞ知るものだろう。


 不覚にも、少しハルさんを可愛いと思った事は封印しようと決めた。これから、魔王討伐する過程でハルさんを利用することになるだろう未来を見据えて。


「どうしたのセイ?少し暗いよ、疲れちゃった?」


「もうたくさん寝たから、大丈夫。それよりも、お願いなんだけど、街まで連れて行ってくれないか。この森で遭難しちゃって、帰れなくて困ってるんだ」


 ハルさんの案内で、まずは街に行く。まだ、信用する勇気がないから、転移のことは話せない。いつか話せたらいいな。

いや、そんな簡単に人を信用するな。散々痛い目にあって来ただろ。


「そのつもりだったから、全然いいよ!」 


「あ、ありがとう」 

笑顔が引き攣ってしまった気がする。

その優しさが自分とは違い痛い。


「もう〜こうやって笑うんだよ。こう〜!わかる?もう一度見せるね、こう!」


 お手本のようにハルが見せてくれる笑顔が空に輝く星々よりも綺麗で美しかった。


「本当にわかった?そうそう!気になったんだけど、どうしてこの森に1人で入ったの?」


「えっと、記憶がないんだ。起きたら、この森にいて、彷徨って、ゴブリンに襲われた。そんな記憶しかない」


「そっかぁ、大変だったね、でも大丈夫このお姉さんに任せればここからの無事は約束してあげる!」

そう言って無垢な笑顔を浮かべるハルに嘘をついてしまったことを申し訳なく思った。


 だが、この世界で僕がやる事は仲良しごっこなんかじゃない、魔王討伐の先にある死、それが僕の成し遂げることなんだ。それを忘れるな。そう自分に言い聞かせた。


「ハルさんありがとうございます、助かりました」


「いえいえ!また敬語になってる!気をつけてよね」


「ごめんなさい」


「徐々に慣れていけばいいよ、ここから、街まで20日間ぐらいかかるからね」


「20日間!?そんなにこの森深いの?」


 確かにどこまで見渡しても、森だったから深いとは思っていたが、そこまでとは予想はしていなかった。


「うん、大陸の南西から西の地域にかけて大森林が続いているよ。大きすぎて、よく人が迷うからマヨイ大森林って呼ばれてるよ」


「あと20日間もここマヨイの森にいるなんて、物資とか大丈夫なの?」

飲食しなくても生きていけるが、怪しまれないよう聞いてみることにした。


「大丈夫だよ!食べられる植物しってるし、狩りもできるからね!水も魔法で出せるし、どんとこのお姉ちゃんに任せてよ」


「ま、魔法って言った!?」


「うん、言ったけどどうしたの?もしかして、魔法のことも忘れちゃったの?」


「そうみたい」


「大丈夫だよ、1から教えてあげる。まず、魔法を使うには、魔力って呼ばれる力が必要だよ。魔力は身体の中でも生成されるし、自然界でも生成される。つまり、魔力は世界中至る所にあるんだよ。ただし、自分の体内にある魔力はほとんどの人が操れるけど、外にある魔力を扱える人は今まで見たことがないけどね。それで魔法を使いたい時は、魔力を集めながら、発生させたい魔法の言葉を唱えると、魔法ができるって言う仕組みだよ。わかったかな?」


「わかったけど、実際に見てみたいかな」


 大体、予想通りであるが見てみないとわからないものもある。百聞は一見にしかずとも言うし魔法を見てみよう。決して、ただ魔法が見たいからっていう理由ではない。


「じゃ見てて」


 そう言うと片手を前にして集中している。


「ファイヤーボール!」


 そう唱えると、丸い火の塊が川に向かって撃たれた。川の水にぶつかると、火の玉は爆発しながら消えた。興奮した。確かに、魔法はずっと使いたかったが、そんなに固執してはいなかった。今回の魔法を見て考えが変わった。魔法最高!それが今の気持ちだ。


「すごい!ハルさん!かっこいい!」


「そうでしょ!そうでしょ!」


「はい!ぜひ教えていただけませんかハル師匠!」


「師匠なんていわれたら、もう教えてあげちゃう!」


 ハルさんは、僕の頭をなでながら顔が喜びのあまりとろけていた。


「ありがとうございますハル師匠!」


 どうやら、うちの師匠はちょろいらしい。


「それじゃ、今すぐ練習しよう!」


「今私のことちょいって思ったでしょ?だから、明日の朝からしか教えてあげない」


「えーーー!そんなこと思ってないので、そこをなんとか」


「だーめ、あははは!」


 師匠は全くちょろくはなかった。

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