第3話 マヨイ大森林

「う、眩しい。ここは森なのか」


 太陽の眩しさで目が覚めて、あたりを見渡すと大樹に囲まれずっと奥まで続いていた。一言で表すと、森のような場所だった。


「これはまずいなぁ」


 引き篭もり生活が長かった身からすると、まず体力がない。次に、この異世界の知識が全くない。最後に、靴がない。最後の靴は引き篭もりと関係ないと思うかも知れないが、大いに関係している。家にずっと引きこもっていた足裏はとても柔らかい、だからこんなどこだかも知らない場所を裸足で彷徨い続けるのは一種の苦行のように感じる。


「はぁ、死ぬのは大歓迎だけど、普通に痛いのは避けたい。だけど、歩かなきゃ魔王討伐できないよね」


 そうだ、どこかで聞いた知識では、川の周りに集落があったり、川の先には海があったりするって聞いたなぁ。とりあえず川探すか。


 だが、ここは魔王がいる世界だ。そう考えると、魔物がいても不思議じゃない。いや、異世界もののラノベで魔王がいて、魔物がいないそんなファンタジーのファの字もない世界なんて見たことがない。ここは、魔物がいる前提で慎重に行動しよう。力も装備もない状態で魔物に出くわすなんて危険すぎる。



ーーーーーーー

 それから歩くこと10時間後、川は見つからなかった。


「あぁ〜もぅー!なんでなんでこんなに歩いてるのに川の一つも見つからないの!?足裏も回復するとはいえ、痛いものは痛いし、こっちの世界も冬でめっちゃ寒いし、もう死にたいーー!!」


 足裏は傷付いては回復し、傷付いては回復するを繰り返す無限地獄だった。また、半袖のTシャツの上にジャンパーを羽織っただけなので、寒い。


 文句を言っても時間は進んだ。日は沈み、もうあたりは真っ暗になってしまった。日本のように街灯があるわけではないため、森じゅう真っ暗だ。こんな状況で、森を探索するのは危ないと感じ、今日は見つけた洞窟の中で朝まで休む事にした。


 ここの世界も冬なのか、夜になると昼間と違い、いっそう冷える。体感で、氷点下に達してある気がする。それぐらい寒いのだ。だから、体を温めるための、火が欲しい。


 待てよ、ここは異世界なんだし、魔法が使えるかもしれない。そうと決まれば朝まで暇だし魔法の練習だ。


「えっと、確か、ラノベとかでは、よく想像力が大事だと言っていた。そうだとすると、火を出そうとする時は、自分の中に眠る魔力を解き覚まし可燃物と酸素の反応を意識すればできるみたいな感じでいいと思うんだけど。まぁ、やってみるか」


 まずは、体内の魔力を感じる作業から始めてみよう。ラノベでは、鳩尾ら辺によく魔法器官があるって話だよね。硬い石の上で瞑想する時のように座り、鳩尾を深く意識してみる。しかし、精神的に落ち着いただけで、魔力なんて全く感じることができなかった。また、ステータスオープンとつぶやいたり、目の前を指でクリックしたりしたが何も起きなかった。


 その後、朝まで全身の思い当たるところ全部をしらみつぶしに実験してみたが魔力なんて品物は存在しなかった。もともと魔力なんて無関係な地球で過ごしてきたのだから、当たり前といえば当たり前の結果だと思う。でもさぁ、異世界に来たんだから魔力ぐらい感じさせてよ!そんな苛立つだけの時間を過ごした。


 次第に、魔法を使えない苛立ちが段々とこんな何もかもわからないところに転移させたあの少女に対する怒りに変わっていった。


「そもそも、最高な状況で命を散らそうとしたのに邪魔されたことがイライラする!そのうえ、魔王討伐しないと死ねない?あのガキは何考えてるんだよ!しかもあっかんべーとか、ちちんぷいぷいとかどんな精神力してるんだ。あんな恥ずかしい事よく言えるよな」


 どこかで会ったら、文句を一日中いってやる!絶対だ!絶対にだ!そう言って、再び川探しを始めた。




ーーーーーーー

 それから歩くこと48時間後、「へぇ?川何それ美味しいの?」川は見つからなかった。もうこの世界に川なんてないと思えてきた。


 幸いめっちゃ寒い以外は、飲まず食わずでも体の調子は良い。


「どうやらこの不死という身体は、何も摂取しなくても大丈夫らしい。水分がなくなったら、それがすぐに回復しているのだろうか。うーん………、よくわからないなぁ」


 不死という呪いについては、まだわからない事だらけだ。


 さらに、収穫もあった。地球では見たことがない、2本の角が光っている鹿を発見したのだ。ついに、植物ではないものに出会えて感動した。普通はこう言う時にファンタジーを感じて感動するんだろうけど、動く物体を見つけたという喜びの方がそれを勝った。お腹は空いていないのでそのまま角ピカ鹿とは別れた。


「今日はアニマルセラピーできたし、明日は頑張って川探そう」








ーーーーーーー

それから1ヶ月が経過した……。


「死なせてくれ、死なせてくれ……」


 僕は人から廃人へとジョブチェンジした。引き篭もりの生活では、あまり人と触れ合ってこなくても大丈夫だったから、1人でも余裕で生きていけると考えていた。所詮引き篭もり時代の僕は、本物の孤独を知らなかった井の中の蛙だった。


 その上、1ヶ月ほったらかした体から発する匂いは、硫黄のような刺激臭だった。お風呂に入りたいよぉ。日本の温泉文化の素晴らしさにここ最近はひれ伏している。伸びて邪魔な髪は、鋭利な石で擦って切った。


「はぁ、この1ヶ月間、何をしてたんだろう」


 角ピカ鹿でアニマルセラピーをして1週間で迷子になってしまった。一度迷うとどこも似たような景色で、どこがどこなのかわからなくなり、迷子の迷子の子猫ちゃん♪状態になってしまった。迷子の子猫ちゃんは、犬のおまわりさんがいるから良いけど、つまるところ僕はボッチだ。大事のことなのでも一度言うボッチなのだ。


 魔王を倒すために、そこら辺に落ちていた1mぐらいの棒を使い特訓してみた。特訓では、前に魔王がいると仮定して棒を振り回すということをした。1ヶ月続けたが、強くなった実感は全くなかった。どこかで魔物と戦って実戦経験をしたいなぁ。


 にしても、魔物なんて本当にあるのか怪しい。1ヶ月間魔物がいそうな森を彷徨ったのに、1回もでくわすことはなかった。魔物よけ体質なのだろうか?


「はぁ、探索しよ」


 それから、1時間後……


「あー誰か僕をヤッてくれー。不死は辛すぎるよ〜。死こそ救くい〜♪死こそ救い〜♪」


 この1ヶ月間で作詞作曲したデスソングを歌っていると、水の音がした。僕は、まるで女に飢えたゴブリンのように音の方に走った。そして川が見えると別の音も聞こえてきた。


「グギャグキャキャ」

「グキャ!」

「グキャキャキャキャ」


 音に釣られて見てみると、緑色の肌の小さい鬼が3体いた。間違いない、奴らはゴブリンだ!どうやら、ゴブリンがゴブリンをからかいそしてゴブリンが笑っているようだ。ゴブリンがにすぎていて、区別などできなかった。


 正直、魔物の中でもゴブリンは嫌いだから、識別なんてしたくない。僕的魔物嫌いランキングを作ったら、ゴブリンが堂々のナンバワンだ。理由は、ファンタジーものに出てくるゴブリンが畜生すぎるからだ。多種族の女を攫って犯し、男は皆殺しにする。まさに、下衆の極みだ。


「よし、1ヶ月の特訓の成果を見せてやろう」


そう言って、木棒に力を込めたが、反応がない。


「はへぇ?」


 つい変な声を出してしまった。あれ、おっかしいなぁ、よく見ると手に棒などなかった。記憶を辿ってみるとわかった。おそらく川の音が嬉しすぎて、走るのに邪魔な棒を投げ捨ててきてしまったらしい。


 落ち着け落ち着け、状況を整理しよう。川の音に喜び、僕は棒を捨てながら走って、川に辿り着いたら厄介なゴブリン達がいた。そのゴブリン達は、棍棒を持っており倒すのは難しそうだ。


 だったら別に、川のすぐ近くを辿らなくてもいい、川のある程度近くを沿って村とか海を目指そう。


「ふん、僕は優しいですからね。ここは、ゴブリンを見逃してやるとしますか」


 そう小声で呟いて歩き出したが、「パキッ!!」

乾燥した大きめな木枝を踏んでしまい大きな音が鳴ってしまう。ゴブリン達の方をみると、僕を見てニヤニヤしていた。オーマイゴット、信じている神などいないけど、神に嘆かなければやってられない時ぐらいある。それが今だ。


「ちょっと、やばいかな」


 そう言った直後、ゴブリン達は一斉に襲いかかって来た。その獲物を狙う表情に怖気付いてしまって、腰が抜けてしまった。立とうと思っても立てない、そんな焦りから、汗が止まらない。20mぐらいあった距離は、今や10mしかない。


「死ねないのに、痛みだけ味わい続けるのはやだなぁ……」


 自分で舌を噛んだ時のことを思い出す。痛い思いをしても再生して、死ぬことができないのだ。あれは、まさに生き地獄だと言える。そんなことを考えていても、ゴブリンは待ってくれない。ゴブリンは、ジャンプをして持っている棍棒を振り上げ獲物である生をぶん殴ろうとする。


 その一瞬は、スローモーションのように駆け抜けた。だが、腰が抜けた僕はただゆっくりとその時間を待つしかなかった。


「グチャ……グチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャ」

「「「グキャキャキャキャ!」」」


棍棒についた鮮血が僕を殴るたびに宙を舞う。


 何度殴られただろうか、わからない。ただわかるのは、ゴブリンが楽しそうに僕の体を殴っていることだった。その光景が自分をサンドバックとして殴って来た父と重なり、頭が怒りでどうにかなりそうだった。痛みよりも何倍もその怒りが僕の脳を占め尽くした。


「このぉ、ゴブリンだけぇ、は、許さ、ない」


 意識は消えそうだったが、目は復讐の色で染まっていた。


「大変!大丈夫だからね、今助けるから!」


 どこからか女性の声が聞こえた。

危ないから逃げろって叫びたいが、もう無理だった。


 生は完全に気を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る