第5話 セーヌ河畔のパビリオンを歩く
スペイン館を出るウォルタリとドゴール。
「万博に浮かれるフランス国民だけじゃない、世界中の“平和ボケ”した人たちに見てほしいということだ」
とドゴール。
スペイン共和国政府の目論見は、万博の芸術と科学に関するテーマに反したが、内戦によって生じたスペインの分断に、世界各国の同情と支援を求めること。
それは困難な状況にあるアサーニャ政権が正統政府であり、反ファシストへの団結を訴えることであることをウォルタリもドゴールも感じ取った。
二人は続いて隣のノルウェー館に向かった。
ノルウェー館は、クヌート・クヌーセン、アルネ・コルモ、オーレ・リンド・シスタッド達によって設計。
館内の展示でウォルタリとドゴールを驚かしたのは、スウェーデン出身のテキスタイルアーティストのハンナ・ライゲン作のタペストリー「エチオピア」である。
「エチオピア」は、ムッソリーニが引き起こしたイタリアのエチオピア侵略を題材とした作品であるが、ムッソリーニと思しき顔に、矢がグサリと刺してある場面があり、
「これからイタリア館に行くのに、エグイもの見たな……」
とドゴール。
イエナ橋を渡ってカナダ館に向かうウォルタリとドゴール。
橋の上から北東を見ると、オリバー・ヒル設計のイギリス館とスヴェン・アイヴァー・リンド設計のスウェーデン館が見える。
イギリス館の設計に、造園家・ガーデンデザイナーでもある建築家オリバー・ヒルを任命したのは、弁護士で芸術産業評議会会長のフランク・ピック。
商業アートに大きな関心を持っていたピックは、ロンドン地下鉄のトップの時に、ブランド向上のためにグラフィックデザインを活用している。
イギリスは各国が競い合って万博に力を入れるとは思ってもいなかったので、与えられた予算はほんの少し。
対岸で競い合うように立つドイツ館やソ連館より小さく、白い箱のようなパビリオンを建設したことに国内から猛批判を受けた。
スウェーデン館の設計者であるリンドは、ストックホルム市都市計画局や、ストックホルム市立図書館や森の火葬場・森の墓地を設計したエーリック・グンナール・アスプルンドのもとで働いた後、パリで自分の事務所を開業。
この年5月に開業したロスンダスタジアムを、ビルガー・ボルグストロムとの共同設計で手掛けている
さらに奥には、フランスの二五地域のパビリオンを集めるエリアの地域センターがある。
エッフェル塔のふもとにあるカナダ館。
設計はジャック・アンリ・オーギュスト・グレーベール。
グレーベールは、カナダのオタワやアメリカのフィラデルフィアで活躍していたフランス人建築家。
ケベック出身の彫刻家ジョゼフ・エミール・ブリュネが、展示絵画や外壁の彫刻パネルを担当した。
ウィリアム・ライアン・マッケンジー・キング首相とケベック出身の国会議員で法務大臣のアーネスト・ラポワントに対し、
「是非、パリ万博にパビリオンを出していただきたい」
と参加することを強く要請。
これにキング首相は「カネが掛かる」と渋い顔。
さらに英国王が「カナダはパリ万博のパビリオン建設費用を賄えるのか?」と言っているとの情報も。
「このままカナダがパビリオンを出展しないとなれば国内がザワつく」
と、世論を恐れたブルジェールは一計を案じた。
パリの事務局に「カナダ参加」の電報を送り、それをもとに事務局は発表。カナダに対して感激、感謝、歓迎を表した。
既成事実を作られたキング首相は渋々万博参加を決定した。
館内はカナダ文化の紹介で溢れていたが、フランス文化が色濃く、フランス語を公用語とするケベック出身者が関わっていると知って感激するドゴール。
「スバラシイ。ケベックのますます発展を祈念するばかり。ケベック万歳。だ」
と興奮気味に語る。
カナダ館から続いてイタリア館へ。
川辺に面し、イタリア人を両親にもつフランス生まれの彫刻家ジョルジュ・ゴリ作の「ファシズムの天才」と題する騎馬像が立つイタリア館。
ローマ大学本館を手掛けた建築家で都市理論家でもあるマルチェロ・ピアチェンティーニがデザインを担当。
ジュゼッペ・パガーノが展示品の全体をコーディネート。
パガーノが信奉するファシズムのあらゆる側面。労働者だけでなく芸術家、知識人、職人の結束。社会の進歩と調和。技術革新を生み出す政府の強力な指導。
展示は技術の発展の歴史に対するイタリアの重要かつ多大な貢献をアッピールするだけではなく、イタリアが規律、秩序、団結を重んじる慈悲深いファシズム国家なのだということを強調する。
「イタリアがナチス・ドイツとソ連の間で注目を集めようと必死なのが良く伝わる」
と評するドゴール。
鑑賞を終え、イタリア館のレストランで、イタリア料理に舌鼓をうつウォルタリとドゴール。
食事が終わってレストランを出るときに、朝日新聞欧州総局長の古垣鉄郎が声を掛けてきた。
「どうでしょう。我が国のパビリオンをご紹介させていただきたい」
との提案である。
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