第4話 スペイン館とゲルニカ

「ゴール人の帽子がお似合いだな……と思いまして」

 と言いつくろう古垣。

 フランス最北部の町、リール生まれのシャルル・アンドレ・ジョセフ・マリー・ド・ゴールは、第一次世界大戦で何度も負傷し、ドイツ軍の捕虜となった経験もある。

 今はパリにある国家防衛総局の将校。

 ド・ゴールもスペイン館を観覧するとのことで、それでは一緒にと相成った。

 スペインは、大統領のマヌエル・アザーニャ・ディアスの肝いりで参加。

 スペインの万博参加は、内戦中ということもあり、大きな注目を集めた。

 館の前には、赤・黄・濃い赤紫色のスペイン共和国旗が翻る。

 スペイン館は、ジョゼップ・リュイス・セルトとルイス・ラカサの共同設計。

 セルトはバルセロナ工科大学で建築を学び、卒業後は、パリでル・コルビュジエやピエール・ジャンヌレとともに働き、バルセロナに自身の事務所を開設。

 バルセロナの学校建築や都市マスタープランを手掛けた。

 セルトはパリに戻ると、万博のスペイン館設計の他、パリに亡命していた多くのカタルーニャ出身の芸術家に参加を説得した。

 構造にはセルトの意見が優先され、ラカサは展示内容を担当した。

 前年の12月17日に設計を依頼されると、月末には設計プランを発表。

 2月27日から建設が開始されたが、まだ工事中。

 仮設を基本としたスペイン館は、非常に限られた予算の中、トロカデロ庭園の小さく不規則な傾斜地に立っていた。

 与えられた敷地に、組み立てが容易なプレハブ構造の建築物である。

 建設には、二十代の若い建築家アントニ・ボネット・イ・カステラーナも参加。

 バルセロナ出身で、パリのル・コルビュジエのもとで働いている。

 館内では、美術総監督を務める芸術家で共産主義革命家でもあるジョゼップ・レナウが案内してくれた。

 展示内容についての重要な決定は彼がしていた。

 エントランス中央には、フランコ軍によって包囲されていたアルマデンを表したアレクサンダー・カルダーの作品「水銀の泉」がある。

 アルマデンは世界の水銀の六〇パーセントを供給している。

 実際の水銀が噴出し、たたえる様を見て、

「……気持ちが悪くなってきた」

 と古垣が言えば、

「何かヤバそう」

 とド・ゴール。

 一階は、スペインの産業、農業、教育、健康などに関するテキストを含む写真や経済活動に関する様々なモンタージュ写真が展示。

 これらはポスターアートを得意とするレナウによって製作されている。

 スペイン内戦の戦禍に関するもののあり、内戦の犠牲者、孤児の写真。

 なかには、前年八月に内戦の犠牲になった詩人で劇作家のフェデリコ・ガルシア・ロルカの大きな写真。

 そして戦争で失われていく文化的、歴史的な貴重な遺産の喪失などの大きな写真が掲載されている。

 一階と二階の間の開口部には、ジョアン・ミロによる大きな壁画「カタルーニャの農民」があり、壁画の下にはカタルーニャの“国歌”の歌詞が書かれている。

 レナウは準備作業中の部屋にある暗幕の張られた一角を指さした。

 レナウの指示で暗幕が取り払われると、パリ在住の芸術家であるパブロ・ピカソが描いた「ゲルニカ」が姿を現した。

 暗幕の中に納められていた「ゲルニカ」は、共和国政府のたっての希望でパブロ・ピカソに依頼された。

「う~ん……なんだろう」

 と古垣は唸る。

 上手いか下手かと言われれば、「子供の落書きか?」と言われそうな、絵的には下手な絵ともいえなくはない。しかし、

 なんだろう……。絵の美醜を越えたこのガツン!とくる、この衝撃は。

 小さい子が見たら泣いてしまいそうな、理屈を超えた、ただただこの絵が訴えてくる恐ろしさ、悍ましさ。

 美的そして絵画的な価値とは別に、この作品が訴える戦争の野蛮さに対する抗議と犠牲者の叫び。

 館内にはまた、フランコ将軍を痛烈に批判したピカソの版画作品「フランコの夢と嘘」も展示されている。

「スペインは今も、今も、だ。多くの市民が空爆で、戦禍で苦しんでいる。スペインが、世界が平和になってこそ、現代生活に芸術と技術が応用される、命が輝く社会が実現できるんじゃないのか!」

 と気持ちが昂って大きな声で言うレナウ。

「なるほど……」

 とただただ小さく頷く古垣。

 古垣とドゴールは黙って作品を後にした。

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