第3話 鷲と男女の労働者

 プルキネンはフィンランド館からシャイヨー宮に行き、中央部から万博の会場を見渡した。

 すると、エッフェル塔を眺めていた作家のミカ・トイミ・ウォルタリに気が付き声を掛けた。

 ウォルタリはヘルシンキで生まれ、大学卒業後パリで活動していた。

 これからドイツ館を見に行くと言うので、それでは一緒にと相成った。

 ウォルタリが眺めていたエッフェル塔は、1889年のパリ万博のために建設された。設計はシャルル・レオン・ステファン・ソヴェストルだが、建設者であるギュスターヴ・ エッフェルに因んでエッフェル塔と名付けられた。

 フランス革命100周年を記念して臨時の建築物として建てられたが、美観論争や 解体議論を乗り越えて、パリのシンボルとして市当局は保存する決定をした。

 エッフェル塔は、人気の観光スポットとしてだけではなく、無線電信塔として重要であったからである。

 今回の万博では目玉となる建築物として、土木技術者のウジェーヌ・フレシネによって設計された高さ701 m の「ファレ・デュ・モンド(世界の灯台)」というコンクリート造の展望タワーを建設する予定であったが、

「カネがかかりすぎる!」でボツに。

 エッフェル塔を中心に、左にドイツ館、右にソ連館。

 左右の館の頂上には、それぞれの像がお互いを見るように置かれている。

 ドイツ館には威嚇しながらしゃがむワシ。片やソ連館には鎌を掲げる女とハンマーを掲げる男が手を繋いでいる。

 ソ連館の像は、当時ロシア帝国領であったラトビア出身のヴェラ・イグナティエヴナ・ムヒナによってデザインされた、ステンレス製の「労働者とコルホーズの女」。

社会主義国ソ連の労働者と農民の団結をあらわしている。

 ソビエト館の設計は、オデーサ出身のユダヤ系建築家でスターリン主義建築を手掛けたボリス・イオファン。

「共産主義の風格。ソ連の力量を世界に示す」と鼻息荒いソ連。

 ドイツ館の設計は、国家社会主ドイツ労働者党(ナチス)党員の建築家であるアルベルト・シュペーア。内装設計はウォルデマー・ブリンクマン。

 鋼鉄と石をふんだんに使い巨大なパビリオンを建設するため、大量の資材と多数のドイツ人労働者を、列車でライン川を渡って運んだ。

 この日は、シュペーアが来ていたので、案内してもらうことに。

 館に入る前に、ウォルタリが向かい合うドイツ館とソ連館を見比べて、

「貴館の鷲の彫像の方がソ連より高いようですね」と聞いた。

「そうです、わが館の鷲がソ連の男女を見下ろしているのです」と答えたシュペーアはさらに小さな声で、

「フフフ、実は設計段階でソ連館の高さを知っていたのです」

 これにウォルタリはビックリ。

「貴国の情報網恐れ入ります……」

 話の経緯はこうである、

 シュペーアがパリを訪れた際、偶然にもソ連館の模型が置かれている部屋に迷い込んで知ったのだ。

「万博事務局の秘密保持がズサンだったので知ることができただけです。決してスパイしたわけではありませんよ」

 とシュペーア。

 ドイツ総統のヒトラーは、万博への参加を拒否しようとしたが、パリ滞在中にソ連館の模型を見たシュペーア。自身のドイツ館の計画を示して参加を説得した。

「ドイツが共産主義に対する防波堤たらんことを表すために、ドイツ館を設計した」

 とシュペーア

 シュペーアの目論見は、第一次世界大戦で敗れたドイツは国家としての尊厳を取り戻し、ナチス政権のもと新しくそして強力なドイツになったことを世界にアッピールすることであった。

 テーマは「ドイツの誇りと功績の記念碑」である。

 パビリオンの前には二組の彫像があった。「友情」と「家族」である。

 デザインは、ナチスで最も人気のあったオーストリア人彫刻家のヨーゼフ・トーラック。

 この像もまた、真向いの館に対抗するための人種的友情と相互防衛をあらわしている。

 ドイツ館を見た後、プルキネンと別行動のウォルタリは、万博のために二倍に拡幅されたイエナ橋で、ばったり建築家のル・コルビュジエと出会った。

 ル・コルビュジエ(本名:シャルル・エドゥアール・ジャンヌレ・グリ)は、両親のために設計したスイスのジュネーブ湖畔にある住宅建物ヴィラ・ル・ラック。パリ郊外にあるサヴォア邸。1927(昭和2)年にドイツ工作連盟が展示会のためにシュトゥットガルトに建設した住宅団地ヴァイセンホフエステート。ジュネーブにあるアパートメントのイミューブル・クラルテを手掛けたスイス生まれの建築家。

 この万博では、共に活動してきた従兄弟のピエール・ジャンヌレとの作品であるテントパビリオン「パビリオン・デ・タン・ヌーボー(新しい時代のパビリオン)」について設計。 

  ル・コルビュジエは、万博計画の発表を聞くと、大胆で野心的な計画をすぐに発表した。

 が、ル・コルビジェの計画は大風呂敷すぎて、実現するだけのカネのメドがつかなかった。 

 カネが集まらなかったので、何度か計画の縮小案を出したが、結局どれも上手くいかず。 

 結果、限られた予算で、都市の理想的なあり方を示すパビリオンを建設した。

 別れ際に、

「今日は軍事最高会議事務長が来ているから会うといい。シャルル・ド・ゴール、帽子の男さ」

 とスペイン館の前に立っている背の高い軍人を指さすコルビジェ。

 それでは、とウォルタリはスペイン館に向かう。

「はじめまして。ミカ・ウォルタリと申します。コルビジェ氏から教えていただき、声を掛けさせていただきました。背がお高いのでド・ゴール帽を目印に、すぐわかりました」

 すると、フランス陸軍の制帽であるケピ帽をとって見つめるド・ゴール。

「私はいつから帽子になったのだ」

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