第2話 デザインの国のパビリオン
1937(昭和12)年6月27日の日曜日。
ブローニュの森にあるロンシャン競馬場。
1857年に開設されたこの競馬場で“パリ大賞典”が開催された。
パリ大賞典は1863年にフランス初の国際競走として創設されたレース。
この年のレースは博覧会祝典の一環として施行された。
なお、一年前の1936(昭和11)年のパリ大賞典では、女性参政権活動家たちが場内で、
「フランス人女性よ、投票せよ!」
と書いたプラカードを振り回してデモを行っている。
世界に先駆けて1848年に男子普通選挙制を実施したフランスは、女性の参政権をまだ認めていない。
フィンランドは1906年、まだロシア帝国の支配下にある中、世界で 3 番目、ヨーロッパ大陸では初めて女性の選挙権を認め、被選挙権も認めたが、これは世界初のことで、翌1907年には世界初の女性国会議員が選出された。
他のスポーツ行事としては、翌28日に、ブローニュの森近くのポルト・マイヨからフランス南西部のピアリッツまでのパリ・ピアリッツ間大乗馬リレーが開催され、7月3日には、1934(昭和9)年からロンシャン競馬場の初夏の恒例行事となっている夜祭が行われる。この日には、繋駕速歩競走のウラニ賞が開催される。
フィンランドパビリオン展示委員会委員長のイルヨ・プルキネンはパリ大賞典当日に競馬開催で盛り上がるパリ万博会場を訪れた。
「フィンランド館がスバラシイ」とフランスでも大評判。
まずはシャイヨー宮近くのフィンランド館を観覧。
1917(大正6)年にロシア帝国からの独立を果たしたフィンランドは、パリ万博でフィンランドの文化と産業を紹介することで社会的進歩をアッピールしたいと考えていた。
フィンランド館は、アルヴァ・アールトとその妻アイノ・アールトによって設計された。
アールトは、フィンランドではパイミオの結核療養所と職員住宅、ヴィイプリの市立図書館などすでに多くの建築作品を手掛けており、他国でもユーゴスラビアのザグレブ中央大学病院の設計をしている。
さらに、工科大学を卒業したヴィリヨ・レベルもこの作品の設計に参加。
ヴィリヨ・レベルは、この前年、ヘルシンキにある商業ビルのラシパラツィ(ガラスの宮殿」を手掛けている。
フィンランドは、会場敷地としてトロカデロ庭園近くの傾斜した樹木が茂る困難な土地が与えられたが、アールトは地形をうまく利用して、木陰のある庭園を中心に馬蹄の形を描き、二つの大きな建物に小さな立方体の建物を接合させた。
建物はすべて木材で建てられた。
それはこの国の主要輸出品である木材を広くアッピールする狙いがあった。
「木をふんだんに使ったスバラシイ建物ではないか」
とプルキネンも絶賛だ。
館の前には、フィンランドで最も成功したオリンピックの長距離走選手であるパーヴォ・ヌルミの彫刻像が置かれていた。
制作はアウクスティ・ヴェウロ。
パーヴォ・ヌルミは1920 年アントワープ、1924 年パリ、1928 年アムステルダムのオリンピックで金メダル9個と銀メダル3個を獲得し、「キング・オブ・ランナー」、「空飛ぶフィンランド人」と呼ばれている。
館内は、フィンランドの工業製品や農産物が展示されていた。
陶磁器、ガラス工芸品、陶器の展示の中には、アールト夫妻が設立にかかわった家具メーカーのアルテックが製造した家具。
インテリアデザインと食器を専門とするイッタラのためにアールト夫妻がデザインした花瓶。いわゆるアールト花瓶もある。
社会部門の展示では、家庭と職場、両方におけるフィンランド女性の社会的役割。 医師の応接室と病院と医師の応接室の写真パネルでは医療の充実を紹介。
展示を通じて、フィンランドは自国の国家ビジョンを提示する。
30代のアールト夫妻と20代のレベルという若い建築家に手掛けられたフィンランド館。
プルキネンは帰りに、美術工芸部門担当のカール・アルトゥ・ブルマーと、同じく美術工芸部門担当でフィンランド政府の万博代表でもあるエーロ・スネルマンと会い話を聞いた。
ブルマーは中央美術工芸学校教師で、ヨハン・シグフリッド・シレン設計の国会議事堂とヘルシンキ大学本館のインテリアデザインを手掛け、フィンランド美術界に影響力をもっていたデザイナー。
エーロ・ユハニ・スネルマンは、装飾画家のブルーノ・トゥッカネンと共にフィンランド国旗をデザインした画家。
パリの他、イタリア、ドイツ、アメリカ、メキシコ、イギリスで美術を学んでいる。
「我が国が30年後に達成せんとする、福祉国家としてのフィンランドのビジョンが提示された素晴らしいパビリオンに仕上げられたと思います」
とブルマーが言えば、
「私達の国がデザインの国として歩んでいこうという想いを世界の人たちに感じていただけると思います。そして、フィンランドが世界一幸福な国と呼ばれるようになれば。そう思っています」
とスネルマン。
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