ep5「なぜ、その拳は燃えるのか(後編)」
『それじゃあ、初配信は明日の、
午後6時から始めましょう!!
これからよろしくお願いしますね、
届いたメッセージに、軽く返信をして、
家の最寄り駅の改札を抜けて、
歩きなれた帰路を進む。
5分ほど歩けば、
「
どこにでもある、一軒家が建っている。
インターホンを押して、
扉が開くのを待っている間に、
決してバレないように、『仮面』を被る。
ガチャリと音がして、
大っ嫌いな声が、大っ嫌いな笑顔と共に、
わたしの帰りを出迎えた。
「おかえり奏!!
今日も朝から夜まで塾で
本当に偉い娘に育って、お母さん嬉しいわ!!
すごく長い時間勉強していたから、
お腹も空いているでしょう?
美味しいご飯出来てるから、
一緒に食べましょう?」
「美味しいご飯なんて、嬉しいな。
お母さん、いつもありがとう」
決して、心のこもることのない
セリフを、何度も何度も使いまわして。
『優等生の音無奏』は、
今日も
母親の前に立って家の中に入ると、
リビングで休んでいた父親が、
私を見るやいなや、声をかけてくる。
「お、やっと帰ってきたのか奏。
お前は本当に勉強熱心だよなぁ」
「ただいま、お父さん。
塾に行かせてもらったお陰で、
特待生にもなれたから。
クラスのみんなに、負けないようにしないと」
その学校を受験したのは、
お前たちが決めたことで、
特待生として合格出来たのは、
学費を節約したいお前たちが、
わたしを徹底的に管理して、
死ぬまで勉強させたからだけどな。
何千回と飲み込んだ言葉は、
今日も吐瀉物のような味がする。
歓喜のあまり、
私を抱きしめる母親の感触は、
鳥肌が立って、ゾワゾワと気持ち悪い。
「本当に奏は良い子ね!!
そのままいい大学に入って、
いい企業に就職して、
いいお相手を見つけてね」
「そうだな。
きっと、それが奏にとって
一番幸せな人生だろうしな」
2人が浮かべる笑顔の、
なんと幸せそうなことか。
あの教育漬けの日々のお陰で、
自慢の娘に成長したのだと、
嬉しくも、誇らしく思っているのだろう。
あぁ、その趣味の悪い笑顔を、
殴り飛ばすことが出来るのならば、
アタシの心は、快晴のようにスッキリするのに。
それが出来ないのなら、
せめて少しの時間だけでも、
その顔を見ていたくなくて。
母親の拘束を優しく振りほどいて、
2階の自室に向かうべく、
少し速足で、階段へと向かう。
「......あら? 奏、ご飯を食べないの?
自分の部屋で、また勉強してからにするの?」
「ううん、荷物を置くだけだから」
階段を登って、
両親の寝室を通り過ぎて、
一番奥にある自分の部屋へ。
ダンジョンまで持って行った教材を、
自室の本棚の中に、丁寧に戻していく。
そして、ベッドに身を投げて、
大きく安堵の息を吐いた。
とはいえ、気を抜くことが出来るのは、
本当に束の間の時間だけだろう。
どうせ、1分もしない内に、
しびれを切らした両親が、
しつこく声をかけてくる。
「……欲しいなぁ、自由」
天井の照明に手を伸ばしながら、
ぽつりと心を声を漏らしていた。
確か、魔法少女のスカウトを受けた時も、
こんな風に奇跡を願っていた気がする。
「ラヴィの言う通り、配信でお金が
本当に手に入る様になれば......」
子どもは、親の庇護下から離れられない。
その理由はたくさんあるが、
一番大きな理由は、子どもには1人で
生活費を稼ぐ能力がないからだと、
個人的な意見ではあるが、そう思っている。
お金がなければ、衣食住も満たせない。
だからこそ、願いが叶うのならば、
奇跡の力で、両親から離れて、
1人で生きて行ける自由が欲しいと思っていた。
「奇跡でも起きないと
不可能だって思っていたけど」
ラヴィは熱く語っていた。
世界中が注目している、ダンジョン配信。
その中で最も熱いジャンルが、
高難易度ダンジョンに挑戦するもの。
そして、有名配信者の、
ラヴィを助けた謎の実力者として、
今、たくさんの人が私を注目している。
これだけ追い風が吹いているのだから、
ラヴィのプロデュース力をかけ合わせれば、
1人で暮らす金額程度、間違いなく稼げると。
だから、勝負は明日。
華々しい配信者デビューを決めて、
私は監獄から逃げ出して、
自由な生活を手に入れる。
絶対に。
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