第33話:リシェの誤算




「久しぶりね、アーシャ」

 先手必勝とばかりに、部屋に入って来たアレクサンデルへとリシェは抱きついた。

 首に腕を回し、飛びつくようにしてお互いの頬を触れさせる。


 前回は握手したすぐ後に、くちづけする事に成功している。更に何度も何度もベッドを共にした経験もあった。

 その前提があるので、他の人間よりも自分の魅了に掛かりやすいはずだ、とリシェは思っていた。


 頬が直接触れる距離から少しだけ顔を離し、今度は唇が触れるように顔を近付け……気が付いたら部屋の壁まで飛ばされていた。



「い…た……何?」

 背中を思いっ切り壁に打ち付けたせいで呼吸もままならないリシェは、立ち上がる事も出来ずにいた。

 視線の先には、手を前に伸ばしたアレクサンデルがいる。

 ただ突き飛ばされただけではない。おそらく風魔法を使ってまで、体から引き離されたのだ。


「酷いわ、アーシャ! 私の事を愛してるって何度も抱いたじゃない!」

 リシェが叫ぶと、アレクサンデルは害虫でも見るかのように表情を歪めた。

「こんなののどこが良かったのか、自分でも理解に苦しむ。たとえ魅了に掛かっていたとしてもな」


 ポケットからハンカチを取り出したアレクサンデルは、リシェが触れた部分の頬をそれでゴシゴシと擦った。そのあまりの勢いに、驚いた侍従が腕を掴んで止めるほどだった。



「誰か! この女を拘束しろ!」

 アレクサンデルに呼ばれた護衛騎士は、壁に寄り掛かり座っているリシェを無理矢理立たせた。

 リシェの能力を発動するには、自分の意志で触れないといけない。後ろ手に拘束されてしまっては、手で触れる事はほぼ不可能だ。


「待って! 私はアーシャに純潔を捧げたのよ!? 責任取ってよ!」

 最後の切り札に取っておいた台詞をリシェは口にする。

 本当は、まんまと正妃に収まった女の前で、もっと違う形で言ってやるつもりだった。だが今言わなければ、おそらく一生言う機会がなくなるだろう。


 しかし、リシェの台詞を聞いても、アレクサンデルの態度は変わらなかった。

「……子供が出来ていなくて幸いだったな。そうなっていたら、始末しなくてはいけないところだった」

 それはリシェに対してなのか、それとも子供に対してなのか、その両方か。



「封印などしなければ、コイツに触れる事も無かっただろうに……クソッ」

 吐き捨てるように言うアレクサンデルを、リシェは信じられない気持ちで見つめた。

 3年前には、婚約者に関心が無く、簡単に落とせたのだ。

 それなのに今のアレクサンデルは、リシェを嫌悪している。


 魅了の力が一切効いていない。


 会わなかった3年の間に、自分の魅了が効かないほど心から愛する人が出来たという事なのか。

 しかも、リシェに全然好意を持たないどころか、嫌悪感丸出しなのだ。

 連行されて隣を通り過ぎる時、リシェは信じられないものを見るように、アレクサンデルを見上げた。




───────────────

長くなったので、分けました。

次話で最終回(のはず)

キャッチコピーが決まらない……

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