第32話:リシェの画策




 市井にも知られている王太子夫妻の予定は、リシェでも簡単に知る事ができた。

 結婚式の後、2日間は仕事も休みゆっくりと王城で過ごし、その後風光明媚で有名な領地へ新婚旅行へと出発すると。

 行き先も、どうせ知られるのならばと、公表されていた。

 隠れて行くよりも、大勢騎士を連れて行けるので護衛もしやすいようだ。


「最後の領地は……子爵領なのね。子爵の屋敷に1日泊まり、その後は港町の宿。先回りして、護衛任務として宿に潜入すれば良いわ」

 リシェは行程表を見ながらほくそ笑む。

 高級宿への潜入は、今までも任務で行っていた。

 手続きの方法も知っている。


 リシェの任務は内容が内容だけに、手続きも詮索されないで受理される事が多い。

 不正をする者がいるなどとは微塵も思っていないのだろう。


 リシェの計画では、旅程の最終日に王太子とヨリを戻し、王都へ帰る馬車に同乗してそのまま王城へ住むつもりだった。

 あの女も同じ馬車でも良い。むしろ、同じ馬車で高等学校時代のようにないがしろにされる様子を笑って見てやろう。


 正妻の部屋はそのままにして、自分は王太子の部屋に一緒に住めば良い。

 自分のが有れば、普通は無理だと思う事でも許可されるから大丈夫。




 潜入許可の書類を手に、リシェは足取り軽く子爵領へと向かった。

「王太子夫妻の護衛の為です。ご協力お願いします」

 宿泊予定の宿に書類を提出し、リシェはまんまとメイドとして潜入した。


 貴族用の高級宿は、夫婦用の部屋でも寝室だけが一緒で、それぞれ別に部屋があるのが普通だ。

 リシェは勿論、王太子の部屋の担当になる。

 部屋の中を本当のメイドに整えさせると、リシェはニコリともせず背筋を伸ばして言い放つ。

「他の方は出て行ってください」

 その堂々とした様子に、そういうものなのだろうとメイド達は大人しく部屋を出た。


 王宮で発行され正規の書類を持った人間が嘘を吐くとは誰も思わないだろう。

 リシェはメイド達が出て行った後、部屋にあるソファへドカリと腰を下ろした。




 リシェがソファでくつろいでいると、王太子の荷物を持った侍従が部屋へとやって来た。

 驚いた顔をする侍従に近付いて、リシェはニッコリ笑って手を差し出す。

「組織から潜入護衛を任されたものです」

 王太子の側に居る者には、それだけでリシェの所属する組織の事だと解って貰えるはずである。

 侍従はいぶかしげな表情をしながらも、その手を握り返した。


「あぁ! お疲れ様です。よろしくお願いします」

 先程までの疑いなど無かったかのように、侍従は笑顔を返した。

 この能力のお陰で、今までも標的に容易く近付けたのである。


「私の事は誰にも内緒にしてくださいね」

 耳元で囁いた後、その頬へとチュッとくちづける。これで王太子本人や妻、それに側近にもリシェの存在がばれる事は無いだろう。

 後は王太子本人が部屋を訪れるのを待つだけ……だったのだが、予想外に早い対面となった。



「荷物の中に持って行くはずの物まで……誰だ?」

 いきなりノックも無く部屋の扉を開けたのは、今回の標的の王太子だった。



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