第31話:魅了の利用価値




 リシェ・スヒッペル伯爵令嬢は、ある日突然貴族籍を抹消された。


 それは高等学校に入学して王太子を籠絡してから一月後に、国家魔術師に拘束された時では無い。

 その後に自白剤と自白魔法を併用され、自分で判っている魅了の能力の事を話した時でも無い。


 囚人相手に魅了の能力を検証され、利用価値が有ると判断された時だった。


 貴族では無くなったリシェは、王家の裏の仕事を担う組織に所属するようになった。

 自由などなく、任務中に負った傷も自己責任という、組織の中でも冷遇されている立場に居た。

 リシェが配属になった理由は組織内で周知され、王家に仕える事をほまれと思う暗部など生粋の組織人からは特に冷遇されていた。


「せめて王太子じゃなくて、高位貴族くらいで我慢してれば良かったのに」

 ある日、リシェと同じように犯罪が原因で組織に入った同僚の女性が話し掛けてきた。

 彼女の能力は、どれほど荒唐無稽な話であっても、相手に信用させてしまう特殊な話術だ。


 多くの貴族を巻き込んだ投資詐欺を働き、他国へ逃亡する寸前に捕まったのだった。




 リシェが相手するのは、国内の貴族では無い。

 表面上は不可侵条約が結ばれている敵対国や、同盟国ではあるがいつ関係が破綻してもおかしくない国の特使達だ。

 メイドとして近付いたり、視察先で町娘に扮していたり、時には依頼された娼婦のフリまでした。


 そして国の為の情報収集を行うのだ。


 好みとは真逆の、狒々ヒヒジジイという形容が似合う年寄りにも、体を預けなければいけない屈辱。

「再従兄弟を見返してやりたいだけだったのに」

 上司に提出する書類を書きながら、リシェは呻くように言葉を紡ぐ。

「あのまま王太子とヤリ続けられてれば、私が王妃になれたのに!」

 リシェは持っていたペンを壁に投げつけた。



 今日は王太子アレクサンデルと、公爵令嬢セシリアの結婚式だった。

 他国から王族や重鎮も数多く招かれている。

 その為に使用人達は休みもなく動き回っているが、リシェも大忙しだった。

 場末の娼婦でも、もう少し体を休める時間があるだろう。


「ねぇ、王太子とよりを戻せば良いんじゃない?」

 疲れ切ったリシェの脳に、例の同僚の言葉は麻薬のように染み込んだ。

「だって3年前はそれでうまく行ったんでしょ?」

 そうだ、とリシェも思い込む。


 前のように手に触れられれば、次に唇に触れられる。そこまで出来れば、後はベッドへ直行だ。

 人目の多い所の方が効果的だろう。

 学生時代に相思相愛だった、権力に引き離された恋人同士が、結婚式の後に真実の愛を取り戻す。


 なんて平民や下位貴族の、夢見る乙女達が好きそうな内容だろうか!

 世論はきっと、自分と王太子の味方になってくれる!


 リシェは書いていた書類を投げ出して、体を清める為に浴室へ向かった。

 だから気が付かなかった。

 書き途中だった書類が燃やされ、せっかく手に入れた情報を無かった事にされた事を。

 その自分そっくりの筆跡で書かれた嘘の書類を、同僚が提出してしまった事も。




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皆様、良いお年を!

来年もよろしくお願いします(*^^*)

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