第30話:アレクサンデル




「え? あれ? セシィ?」

 明るい光の中、自分を呼ぶ声でセシリアは目覚めた。

 自分を呼ぶ声の優しさと、今までは夜にしか呼ばれなかった呼び名に、笑顔を向ける。


「すまない、セシィ。

 アレクサンデルから発せられた言葉に、セシリアの笑顔が固まった。


「それから、学校での態度もすまなかった。これには理由があってだな……」

 何やら言い訳をしているアレクサンデルの声を、セシリアはどこか遠くに聞いていた。

 内容など頭に入って来ない。



 あぁ、もう居ないのだ。



 ただそれだけを思い、自然と涙が溢れていた。

「初夜は今日の夜に済ませば問題無いし、お願いだから泣き止んでくれ」

 アレクサンデルがセシリアの頬の涙を親指で拭う。

 昨夜までとは違う口調に、あくまでも大人な対応。

 それがセシリアに、余計に涙を溢れさせた。


「初夜は昨夜済ませております。メイドが破瓜はかの証を持って行きました。、忘れてしまわれたのですね」

 セシリアは泣きながら、アレクサンデルへ笑顔を向けた。




 卒業式の後すぐに行いたかった結婚式だが、色々あり、どうにかギリギリ1ヶ月以内に行う事が出来た。

 反対していたのは、王太子の態度が変わらない事を心配した国王夫妻と、一時は婚約破棄まで考えていたヴォルテルス公爵夫妻である。


 その為に、新婚旅行に行くのは封印が解けたアレクサンデルとになった。


 結婚式の間は無関心無表情だった王太子が、初夜の儀を済ませてから態度が変わったとメイドから報告が有り、国王夫妻……特に国王は胸を撫で下ろしていた。


 回収された破瓜の証は、魔術によって誰の物かを検査される。

 それは血液は勿論、体液の方もであり、今回は間違い無くアレクサンデルとセシリアの物だと証明された。

 これならば反対せずに、さっさと婚姻をさせれば良かったと国王は思ったが、後の祭りである。




 高等学校の約3年の間に、どこへ行くか、どの順番で回るか、行った先で食べたい物などを、二人で話していた。

 新婚旅行の間は一緒にいられると思っていたのに……。

 事ある毎にセシリアの表情が暗く沈む。


 それを見て、アレクサンデルも申し訳無い気持ちになり、表情を曇らせる。

 アレクサンデルは、自分が初夜を覚えていない事がセシリアを傷付けたのだと思っていた。


 その勘違いにセシリアも気付いていたが、訂正するつもりは無い。

 本当の理由を言えないのもあったが、中等学校と高等学校の計6年間、王太子に傷付けられた心の傷は、おそらく一生消える事は無いから。

 意趣返しとでも言うのだろうか。



 この後、セシリアは良き王太子妃として、延いては王妃として、アレクサンデルを支えていくだろう。

 後継者が生まれれば、良き母にもなるだろう。

 良妻賢母。

 そう呼ばれるに違いない。


 アレクサンデルもセシリアを心から愛し、支えてくれる事だろう。

 しかし、その頑張っている彼女を本当に支えているのは、王太子アレクサンデルでは無い。


 あの、独りで魅了と封印に抵抗し頑張った、少し幼くて素直なアレクサンデルである。




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綺麗に終わりたい方は、ここまでです。

この後、猿ことリシェ・スヒッペル伯爵令嬢のその後の話になります。

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