第29話:月光花




 大聖堂での結婚式。

 神の前で誓いの言葉を交わし、婚姻契約書に署名をする。

 その後は国民へのお披露目の為に、馬車で街中をゆっくりと行進となる。

 次に王宮に戻り、広場に集まった民衆へ顔見せを行い、そして次は他国の王族や高位貴族を招いた晩餐会だ。


 全身を映す鏡の前で、セシリアは嬉しそうに微笑んでいた。

 あの日に見た月光花のようなウエディングドレス。

 選んだのは王太子ではなく、夜のアレクサンデルだと判る。

 結婚式の打ち合わせは全てロドルフを通してだったのは、アレクサンデルの意見を取り入れる為だったのだろう。


 さすがにここ数日は、アレクサンデルも夜に訪ねて来なかった。おそらく、警備が厳しくて来られなかったのだろう。


「誓いの言葉を交わすのも、夜に出来れば良いのに」

 思わず口から零れた言葉に、身嗜みを整えていた侍女が「何かおっしゃいました?」と反応したので、セシリアはいいえ、と笑顔で答えた。




「誓いますか?」

 問われたセシリアは、薄く笑ってから誓います、と答えた。

 とても花嫁とは思えない酷薄な笑顔は、ベールに隠れて誰にも見えなかった。


 その後全ての行事をつつがく終えたセシリア。今は湯浴みを済ませ、夫婦の寝室へと足を踏み入れようとしていた。

 本来は花嫁が先にベッドで待っているものだが、緊張しているからもう少し待って欲しいと、新妻らしく可愛い我儘を通した。



「アレク様?」

 扉を開けてそっと中へ声を掛ける。

 返答によっては、自室に籠る気満々だったセシリアの耳に、優しく自分を呼ぶ声が聞こえる。

「セシィ?」

 ソファに横たわっていた体が持ち上がる。

 待つ間にワインでも飲もうとしたのか、テーブルの上にはグラスがあり、床に開けかけのワインが転がっていた。


「途中でのか。良かった」

 ワインボトルを拾い上げてテーブルに置いたアレクサンデルは、表情が無く、緊張している。

 その様子を見て少しだけ笑ってから、セシリアはソファへ近付いた。そしてクルリと回って見せる。


「月光花の妖精みたいだ」

 淡い薄紫と白で作られた夜着は、月光花を彷彿させる意匠で、ヴォルテルス公爵家側が用意したものである。

 しくも、昼間のウエディングドレスととても似ていた。


 昼のウエディングドレスは、アレクサンデルがロドルフを通して意匠デザイン印象イメージを伝えて作られた物であり、夜着はセシリアが実家のお抱えデザイナーに月光花のような夜着を、と頼んだものだった。



 ソファに座るアレクサンデルへとセシリアが手を差し出す。

 その手を掴んだアレクサンデルは立ち上がり、強く腕を引いてセシリアを自分へと引き寄せた。



「愛しているよ、セシィ」

 腕の中へ閉じ込めたセシリアの耳元でアレクサンデルが囁く。

「私も、愛しています」

 セシリアが顔を上向けて、目を閉じた。

 ゆっくりと重なる唇。

 触れるだけの、くちづけ。


 唇を離すと見つめ合い、微笑み合う。

 アレクサンデルはセシリアを抱き上げ、ベッドへと向かった。

「間に合って良かった」

 誰に言うでもなく呟いたアレクサンデルの言葉を、セシリアは聞こえない振りをした。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る