第28話:結婚式前日




 卒業式。

 何事も無く、それこそ感動も無く、セシリアの中では静かに終了した。


 あの夜のデートの翌日から、リシェ・スヒッペル伯爵令嬢は学校へ来なくなった。

 学校へは体調不良での領地療養を理由に退学届が提出されたらしいが、移動する馬車や本人を見た者はいない。

 そしてあれほど執着していたのに、王太子が平然としており、顔色一つ変えないのも皆の噂に色を添えた。


 実は王城で王太子に監禁されている、だとか。王家の影に始末された、とか、いやいやヴォルテルス公爵家に抹殺されたのだとか、果てはセシリアが闇ギルドに依頼して拉致したのだとか。

 闇ギルドなど本当に存在しているのだろうか? それが噂を聞いたセシリアの感想だった。


「王城ではなく、王宮に監禁ですけどね」

 セシリアは、誰にも聞こえない音量でこっそりと囁いた。



 約3年間。相変わらず王太子との交流は無かった。その代わり、夜のデートはほぼ毎日行われた。

 大抵は公爵邸のセシリアの部屋だったが、夜の植物園や特別な博覧会など、都合が合えば積極的に出掛けた。


 夜空を観察するだけの、周りに護衛役であるミランやロドルフ、フェリクスも居る状態での近くの丘へのデートも、セシリアには大切な思い出だった。

「後は、初夜の思い出だけ、なのね……」

 アレクサンデルから贈られたウエディングドレスを見つめて呟いた後、セシリアは静かに目を閉じた。




 卒業式が終了しても様子の変わらない王太子を見て、国王は焦っていた。

 高等学校を卒業したら封印したセシリアへの気持ちが戻り、元の仲の良い婚約者同士になるはずだったからだ。


「アレクサンデルよ。セシリアとの結婚式の準備は進んでおるのか?」

 執務中の王太子を呼び出した国王は、それとなく息子へ探りを入れる。

 今までの自分が恥ずかしくて、わざと素っ気ない態度を取っているのか、とも思ったからだ。


「あぁ、それならばロドルフに一任しております。ヴォルテルス公爵家と王宮側の話し合いも問題無く進んでおります」

 他人事な王太子の様子に、国王は言葉を失う。

「用件がそれだけならばもう良いですか? 片付けてしまいたい書類がありますので」

 セシリアにも、自身の結婚式にも、興味を示さない王太子。

 執務は充分以上に出来ている。

 しかしどこか人間味に欠けていた。




 結婚式前日も、何も、喜びを表に出す事も、逆に不満を口にする事も無く、ただ淡々と王太子は結婚式の準備をしていた。

 明日の結婚式の予定表を見て、顎に手を当てて何やら考え込んでいる。


「どうかされましたか? 王太子殿下」

 側近に確定したヘルベン・レイケン侯爵令息が結婚式で使うサッシュや飾緒しょくちょを準備しながら問い掛ける。

 その横では、デルク・フェルヴェイ伯爵令息が衣装の不備が無いかを調べていた。

 フース・フラート子爵令息は、残念ながら候補で終わっており、この場には居ない。


「いや、随分と遅い時間まで予定が入っていると思ってな」

 行う事は通常の王族の結婚と変わりない。それぞれの合間にある休憩時間が少しだけ長めで、積もり積もって終了時間が遅くなっているだけだ。


「コーネイン卿が組んだ行程ですし、問題は無いと思いますが……」

 側近の言葉に王太子は緩く首を振る。

 確かに問題は無い。

 ただ、湯浴みを済ませて寝室へ行く頃には、いつも記憶が無くなるように寝てしまう時間だな、と思っただけだった。



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