第27話:限りある未来
「封印を解除しない、という事は無理よ」
魔女の静かな言葉が妙に響いて聞こえた。
アレクサンデルの胸に顔を埋めているセシリアの体がビクリと震える。
「私に出来るのは、少しだけ期限を延ばす事。それも最長で1ヶ月」
魔女の指が1本立てられた。
先程までとは違う、押し殺した泣き声がセシリアから聞こえた。現実を突きつけられ、堪えられずに漏れた泣き声。
「それだけあれば、初夜と新婚旅行くらいは行けるでしょう?」
昼間は頑張って逃げなさい、と魔女は笑う。
驚きで目を見開いたセシリアは顔を上げ、アレクサンデルを見た。目が合ったアレクサンデルは、嬉しそうに笑っている。
それからセシリアは、兄のフェリクスを見た。
「判ったよ。父上の説得は任せろ」
諦めたような溜め息と、少しだけ嬉しそうに上がった口角でフェリクスが応える。
高等学校卒業後、すぐに結婚式を挙げなければならなくなった。
今の王太子の態度を見ているヴォルテルス公爵は、婚約解消を視野に入れている。それを説得して結婚式の準備をしなければいけないのだ。
かなり苦労するだろう。
「国王陛下は封印の事を御存知なので、詳しく説明しなくても「封印が解けるので急ぎましょう」と言うだけで大丈夫でしょう」
ミランが言う。自身の暴走を恐れて封印の魔女を頼ったアレクサンデル。それを許可した国王。
封印が解ければ、また暴走の危機が来るのだ。
実際には封印が解ける前に結婚したいからなのだが、それは本人達が知っていれば良い事だ。
「でも、それだと昼間のセシリアの苦しみは続くの?」
問題に今気が付いた、というようにハッとしたアレクサンデルが魔女とミランを見ながら質問をする。
魔女は首を傾げてから、ミランを見た。魔女にとって範疇外の事だからだ。
「問題の女生徒は、無意識なのか意図的なのかは関係無く、魅了を使用しているのならばまず拘束されます。国家魔術師として責任を持って、明日、私が捕縛に行きましょう」
ミランが
「無意識ならば封印がほどこされるだけですが、意図的ならばそのまま監禁となるでしょう」
実験動物のように研究されるのか、他国の要人相手に能力を使うように強要されるのか、とにかくまともな人生は歩めないだろう。
その後、国家魔術師と魔女は帰って行った。
アレクサンデルとセシリアは、期限付きの時間を幸せになる為に使う事に決めていた。
お互いに話したわけでも、話し合ったわけでもない。ただお互いが、お互いの為に、そして自分の為に、残りの時間を幸せに過ごすと決めたのだ。
その第一歩は、今日の夜のデートである。
夜にしか咲かない月光花を、二人で手を繋いで見た。
ゆっくりと開いていく青白い花弁の中から、ヒラヒラとした薄紫の新たな花弁が開いていく。
下向きで花が咲くので、まるで貴婦人のドレスのようである。
「このようなドレスでアレク様に嫁げたら幸せですわね」
セシリアが花を見上げながら、小さな声で隣のアレクサンデルへと話し掛ける。
この幻想的な世界が崩れてしまわないように。
「うん。セシィに似合いそう」
アレクサンデルも花を見上げながら、同じように囁くように話す。
この幸せな時間が壊れないように。
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月光花は、架空の花です
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