第26話:決壊したようです




「嫌です! アレク様が居なくなったら私、婚約破棄します!」

 わあぁぁあん! と子供のように泣き出してしまったセシリアに、アレクサンデルはもとより、魔女も国家魔術師も困ってしまった。

 今まで我慢していたもの、堰き止められていた鬱憤が全て、その慟哭どうこくには込められているように見える。


 先程の王太子然とした態度はどこへやら。あわあわしだしたアレクサンデルは、魔女の『抱きしめなさい!』の身振りに頷くと、そっとセシリアの体に腕を回した。



「何をしている! 王太子といえど、セシリアに無理強いして泣かせるとは!」

 セシリアの大きな泣き声に驚いて走って来たのだろうフェリクスが、二人を見るなり叫んだ。

 その後ろには焦った様子のロドルフが居る。


「セシリアから離れろ! この節操無しが!」

 王太子に対しておそろしく不敬な台詞だが、今のアレクサンデルは見た目はともかく、中身は13歳の子供である。素直にセシリアから腕を離した。

 しかしそれを不満に思ったのはセシリアで、今度は自分からアレクサンデルに抱き着き、しっかりと腕を背中に回して体を密着させる。


「嫌です! 離れません!!」

 抵抗したのがアレクサンデルではなく、妹のセシリアだった事に衝撃を受けたフェリクスは、思わずその場で足を止めた。

「は?」

 呆然と見つめるフェリクスの前で、尚もセシリアは癇癪を起こす。


「私はアレク様が良いの! それ以外は嫌なの!」

 うわあぁん! と、今まで見た事の無い泣き方をする妹を見て、王太子とは不仲なのでは? と、思わず後ろのロドルフを見たフェリクスの行動は当然だろう。

 目の前の混沌とした空気に耐えきれず、ロドルフは重い溜め息を吐き出す。


「とりあえず場所を変えて話をしましょう。私もそちらから詳しい話を聞きたいですし」

 場所変えの提案をしたロドルフは、魔女をチラリと見てから、国家魔術師を見て片側だけ口の端を持ち上げる。

 国家魔術師は、この場の責任者的立場になるのだが、密かに心の中で「理不尽な」と嘆いていた。




 夜のアレクサンデルとセシリアの様子を見られてしまった為に、フェリクスと国家魔術師ミラン・デュルフェルには、詳しい説明をする事になった。

 ミランはそもそも恋心封印時に付き添いで行っていたし、魔女とアレクサンデルのやり取りで何となくの状況判断は出来ていたようだ。


 狼狽するほど驚いていたのはフェリクスで、今はアレクサンデルの膝の上に座り、その胸に顔を埋めながら抱き着いてしまっている妹を困ったように見つめている。


「セシリア、とりあえず膝から降りようか。淑女として、王太子の婚約者として、それは駄目だろう?」

 優しくなだめるようにフェリクスは声を掛けるが、セシリアはかたくなに拒否をする。

 今のアレクサンデルが消えてしまうという事実を、どうしても認められないのだろう。



「何とかなりませんか?」

 静かに魔女に問い掛けたのは、ロドルフだ。

 まだあわあわしているアレクサンデルと、頑ななセシリアに、説得しようとしているフェリクスの三人から少し離れて様子を見ている、こちらはロドルフと国家魔術師と魔女の三人だ。


「え? あの面白い状況の事? それは無理ね」

 魔女が答えるのに、ロドルフは冷たい視線を向ける。

 それを受けて咳払いをしてから、魔女はニヤニヤ笑いを引っ込めて真面目な表情になった。



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