第25話:恋心と王太子




「セシィ」

 愛しい婚約者の名前を呼びながら、アレクサンデルはセシリアの手を両手で包み込んだ。

 その頬をこらえきれなかった涙が伝う。

 セシリアは空いている方の手でハンカチを取り出し、そっと涙を吸わせた。


「魔女の封印を破るなど、普通では出来ませんわ」

 セシリアが同意を求めるように、魔女を見る。

 視線を受けた魔女は、胸を張って「当然でしょう」と声をあげる。

 更に続けた言葉は、二人の表情を明るくした。



「封印を解けば、魅了も解けるわよ」

 あっけらかんと魔女が告げた内容に、今までの苦労は何だったのかと思わなくは無い。

 それでも高等学校が始まって、まだ1ヶ月にも満たない期間だ。

 何もしなければ、魅了に掛かった期間は3年におよんでいただろう。


「何であんな女に惹かれていたのか解らないって、手のひら返しな態度になるわよ。勿論、貴女の事も溺愛間違い無し!」

 魔女がニヤニヤと笑う。

「じゃあすぐに封印を解いてもら」

「待ってください!」


 封印を解くようにお願いしようとしたアレクサンデルの言葉を、セシリアが遮った。

 淑女の鑑のようなセシリアの珍しい行動に、アレクサンデルは横に立つ婚約者を見る。

 その顔は怒っているのかと思うくらい、真剣な表情をしていた。



「何で惹かれたのか解らなくなる、とおっしゃいましたよね」

 気のせいではなく、セシリアの声がいつもより低い。

「今ここで、魅了のせいだとアレク様が聞いているのに、なぜ解らなくなるのですか?」


 セシリアの指摘に、アレクサンデルもそういえば、と首を傾げる。

 封印された恋心である夜のアレクサンデル。その彼が聞いているのである。

 その恋心が封印を解かれ、王太子の中へ戻るのに、なぜ、魅了の話を知らないのか。


「恋心君は、私が封印した恋心とは別の、彼自身が作り出した防衛機能みたいなものだからね。危機がされば、おそらく消えるわよ」

 セシリアが危惧した通りの事を、魔女は口にした。




 魔女は、今のアレクサンデルの事を「王太子」とも「アレクサンデル」とも呼ばず、「恋心君」と呼んでいた。

 魅了された王太子の事は、会話の中で「王子様」と呼んでいたのに。


「そっか……封印が解けたら、僕は消えちゃうのか」

 ふふ、とアレクサンデルが笑う。

「でも、今の記憶が無くても、恋心が戻れば絶対に王太子の態度が昔と同じになるし、セシィの辛い状況は改善されるよ」

 自分が消える不安よりも、アレクサンデルはセシリアの幸せを優先する。


 どこか淋しそうな笑顔で、最適解を選ぶアレクサンデル。

 このままでいても、どちらにしても卒業時には封印が解かれてしまうのだから、それならば早い方が良いだろう。



「今のアレク様が居なくなるくらいなら、王太子殿下など猿にあげます!」

 セシリアは興奮しているからか、自分の発言のおかしさと不敬に気付いていない。

 アレクサンデルも王太子も、同一人物なのだ。


「セシィ。でも先延ばしにしても、僕はいつかは居なくなる」

 アレクサンデルが静かに、まるで駄々をこねる子供に言い聞かせるように言う。

 今まで会っていた可愛い夜のアレクサンデルとは違い、とても王太子らしく見えた。



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